013《密閉》
雄哉がマジェスティと対話していた頃、マーレン山から北の方へ向かって徒歩で三十分の距離に位置する【テスラ遺跡】内において少女数名とそれに付随した教師二人が囚われていた。辺りは暗く、蝋燭の火がゆらゆらと煌めく気味の悪い空間に放り込まれていた。全員が錠で両手両足を拘束され、魔法を放てないように力を封じる特殊な超音波を流された状態で放置されていた。レギウス以外は全員女性。男なのに不甲斐ないと、心境はネガティブな状態にあった。気絶していたらしく、正直どういう状況かわかっていない一同。その中、最初に口を開けたのはもう一人の教師リールだった。
「意識はある?」
その声に続々と反応していく。レギウスから順番に返事をしていくが。
「あれ、有栖川さんはここにはいないの?」
エリンの返事だけがどこからも聞こえなかった。リールの視界には背を向けて横たわっているフリージアの体だけ。声の位置から判断すると後ろにはレギウスがいることはわかっている。
「エリンは………ここにはいないと思います。」
「その声は四之宮さんね。どうしてそう思ったの?」
「さっき返事をしていった時、全て私の後ろから聞こえてきました。そして私の前には誰もいない。よって、この場にはいないかと推測したまでですよ。」
「でも、リーちゃんの点呼に反応せずに今もぐったり寝てる可能性も捨てきれないよ?」
「………神楽坂さん。せめて先生を付けて呼んで。」
「ごめんごめん‼ こっちの方が慣れてるからついつい。」
「そうですね。シオンさんは礼儀をちゃんとした方がいいですよ。名門の名に恥じない振舞いをしていく必要があります。」
「んーーーーー! アーちゃん厳しすぎぃぃぃ!」
「私にはその態度でいいですけど………さすがに先生にはしっかりとした振る舞いを心掛けてほしいものです。」
「わかったよー! これから努力努力ぅ!」
「―――で、有栖川さんがいない件ですが。霜月さんは何か知りませんか?
」
ここまで会話に入ってこなかったのはフリージアのみ。返事はしたがそれ以降の会話には参戦する気配もない。そもそも起きているかもわからない状態。しかし、フリージアからの返事は割と早く返ってきた。
「―――はい………どこにいるかはわかりませんが、恐らく別の場所に………」
「別の場所?それはどうして。」
リールは【別の場所】というワードに引っ掛かったみたいで、フリージアに追及した。
「この部屋に入る前………私は微かに意識が残ってました………その時にエリンちゃんの声が聞こえたんです。」
「なんて言ってたか覚えてたりする?」
フリージアは少し考えこむ素振りを見せた後、目を閉じ当時の状況を思い出す。凍結されていた記憶を少しづつ解凍していく。
数秒考えこみ、フリージアは何かを思い出したかのようにハッと目を開けた。
「この部屋に投げ込まれる前………『にえって何よ』って………聞こえてきました。その後に私が投げ込まれて………気絶しました。」
「にえ―――生贄のこと?私はそれくらいしか思いつかない。」
「俺もだな。『にえ』と聞こえたのなら生贄という言葉がしっくりくる。」
「ということはリンちゃん。何かに食べられるってことー?」
能天気に聞こえるかシオンの口調に一同危機感のなさを感じる。けれど、それがかえってこの場の雰囲気を柔らかくしていた。
シオンの言葉に過敏に反応したのは一番落ち着いていそうなアクアだった。
「わ、私たちもその、生贄にされたり………するのかしら。」
「ええ、可能性は捨てきれない。しかも、この状態で魔法も使えないからどうしようもない。」
「ジュリちゃんの言う通り。みーんな捕まってちゃ………こんな時にユーくんいればね。意外と何とかなりそうなのにさー。」
「ユー………ああ、ユウヤのこと………ねぇ、『彼が居たらなんとかなる』って思ったのはどうして?」
シオンはあっけらかんと答えて見せた。
「私たちがいつも出ていって戦ってるじゃん?アレ、ほとんどユー君のおかげで勝ったことになってるだけなの。ここにいるみんなは知ってると思うけどさ。」
「そうだね。私は何度も助けられたし。」
「そもそも、あの方の援護がなければとっくの昔に死んでいるところでしたわ。」
「私も………あんまり関わりないけど、知ってる。」
雄哉が聞けばびっくりして心臓が止まるようなことを整然と告げる一同。この中で一番驚いていたのはレギウス。一人で「へぇッ!ほえッ!んー?」と意味不明なことばかりを呟いている。しかし、逆に驚きが少なかったのはリールだった。
「まあ、そんなことだとは思った。けど、有栖川さんは知ってる様子じゃなかったのは………どうして?」
「あーそれーユー君が禁句みたいな感じで、多分言ったら怒るし信じないんだよねー。リンちゃんはユー君が大っ嫌いだから。」
「確かに、自分の監視者をあそこまでひどく嫌うのも珍しいかと。」
「あたしらにはめちゃ優しいし。本当は何も悪くない子なのにね。」
「私の人見知りの性格………知ってくれてるみたいで、たまに、話してくれる。」
有栖川エリン。優秀、巨大グループのお嬢様、魔法師のエース………ありとあらゆる称号を生まれながらに手にしてきた生粋の天才。人当たりもよく、男子からの圧倒的人気を獲得している。そんな中、唯一嫌われ蔑まれ人間として扱われていない人物が………転生者、澤部雄哉である。彼がそうしてまで嫌われた理由の原因は雄哉がまだ自分中心で世界が回っていると信じてやまなかった頃に発生したのだが、当時のことを知っている人物はごく僅か。けれど、その過ちのおかげで現在の職を手に入れ、彼女に近い関係を築き上げることになったのは怪我の功名と言わざるを得ない。
雄哉が嫌われている理由を知らない彼女らが事実を知ればドン引き確定。知られていないだけ、雄哉は命拾いしている。
エリンのことについて話していた彼女らだったが、ここで超重要なことに気が付いた。その話題を切り出したのは意外にもフリージアだった。
「あの………今考えたらなんですが。」
フリージアはこの話題に触れることを恐れていた。誰がどの位置にいるのか、エリンはどうなったのか、エリン自身のことなど話題が切り替わっていくごとにどんどん話しづらくなっていったのだが覚悟を決めて言った。
「ここって………一体、どこなのでしょうか。」
「「「「「 あ、すっかり忘れてた。」」」」」
この場にいた全員がハモったこのセリフにビクつくフリージア。教師として真っ先にこの話題を出し、とりあえず脱出することを考え出せばよかったと後悔したリールは頭を談笑モードから切り替えて床をペタペタと触り始めた。
「どうやら、ここは石造りの建造物らしいね。暗くてほとんど何も見えないけど床は硬くヒンヤリしてるし………なにより手に砂っぽいものが付着してくる。」
「リーせんせーの推測は正しそうだねー。」
「けれど、それを知ったって脱出する手立てが………魔法は謎の超音波のせいで放つことができないですわ。」
「あたし、この超音波知ってる。たしか………」
「【サイレントロック】ってやつさ。監督者試験の過去問で見たことがあるが、出力している媒体を見つけ出さない限り解除は不可能っていう面倒な代物だ。」
レギウスがこの超音波について知識をひけらかしている最中、ジュリアは説明しようとした内容を完璧に言われムスッとした。もちろん、その表情は誰の目にも見えていない上感じてすらいないだろう。
【サイレントロック】とは誰にも気づかれない静かな超音波を出力し、魔法の行使を不可能にする魔法師殺しの道具。形は様々だが、適用範囲がかなり狭いのが難点。現在全員が行使できないとするならばこの部屋にはかなりの数のサイレントロックが仕掛けられているということになる。
灯りすらないこの部屋でただ横になっているだけの六人。だが、ここで好機が訪れることになる。
「足音が聞こえる。」
「ジュリア? 何を言ってるの………そんな音聞こえないわよ。」
「聞こえるよ。あたし、耳はいい方でさ。相手のいる位置はわからないけど音は聞こえる………来てる。徐々にこっちに来てる。」
「ジュリちゃんナイス! てことはこの硬いところから出られるチャンスってこと?」
「そうとは限らないですよ。私たちは今のところ魔法が使えませんし。」
「魔法使わなくたってどうにか行けたり………しないよねー。」
「寝たふり。それが一番いいんじゃないか? なあリール。」
レギウスの提案はごもっともかもしれない、とその場にいた他の五人は一同に感じた。抵抗すれば何されるかわからないし、話しかけたら逆に気絶させられたりするかもしれない。何もしないという戦術。逃げるのでもなく戦うのでもない、ただ存在するだけ。
リールはレギウスの提案に乗ることにした。
「ではみんな。四之宮さんが感じ取った足音の主が立ち去るまでもしくは遠ざかるまで寝たふりに徹しましょう。」
「「「「 了解。」」」」
こうして皆はもう一度、眠り(仮)についた。寝たふりをしてこの場をしのげればいいが逆に何をされるかわからないという不安もある。
部屋内は緊張の空気に包まれた。レギウスは冷や汗が止まらないほどだ。その次に不安を抱えているのはおそらくアクア。目尻が先ほどから痙攣しているかのように小刻みに震えている上、手には汗が滲み始めている。そして、全員が緊張する一瞬がとうとう訪れた。
「来たよッ。」
小声でジュリアが周りに合図する。完全スリーピングモードに移行する。息を正常に戻し、外に漏れそうな胸の鼓動を抑える一同。
そして今、密閉されていた空間に光が差し込んだ。
戦姫の守護者←彼は旦那志望 街宮聖羅 @Speed-zero26
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