012《不正》

 手掛かりがほとんどない中、雄哉たちは残骸撤去や生存者の捜索を日を越えるまで行った。しかし、見つかったのは武器や一部死体のみ。しかし、たった一つの重要証拠が挙がってきた。


 「古代兵器らしきものの足跡?なんだそれ。」


 「古代兵器は動物、という情報が………というか歴史の先生なら古代兵器がどういう形かも【運命戦争】の件で学んでいるはずじゃ。」


 「それはそうなんだが………足跡が残るってのがおかしいんだよ。」


 「動物は二足か四足歩行だから足跡が、もしくは蛇のように擦った跡が存在するでしょう。」


 「それはそうなんだが、違うんだよ。古代兵器ってのは………」


 「浮遊している、っていうのが常識ですよね。」


 ウルスと雄哉の会話に割り込んできたのは若い女性の声。雄哉たちとは年齢的には近そうだが、外見はいわゆるロリータろいうやつ。小さくて可愛らしいという印象を受ける。


 「古代兵器の三体は確かに動物の姿を借りただけに過ぎないものです。ですから足跡が付かない程度に浮いて行動していてもおかしくはありません。魔法の力なのか、それ以外の力なのかはわかりませんけれど。」


 「………話を補足してくれてありがとう。 って、お前は誰―――」


 「―――どうしてあなたがここにいる。マジェスティ。」


 「あら、鋼のスペシャリストさん。久しぶり。」


 「答えろッッ! あなたがなぜこんなところにいるのかをッッ‼」


 「おい!落ち着けよウルス! 何があったか知らねぇけどさ、俺は初対面………」


 「先輩は下がっててください。この人は危険です。近寄ると死にますよ。」


 「近寄ると死ぬなんて物騒なイメージ付けるのやめてよ。ウルス、あなたが驚くのも無理はないけれど私はそこのユウヤさんにお会いしに来たの。どいて頂戴。」


 「いけません。 この方は私の姉の友人であり同期。あの精鋭部隊【FreshOrange】を総括する監視者です。あなたが勝手に会うことが許されるような方じゃありません。」


 「でも、私はあなたの後ろにいらっしゃる方に用件があるの。少し時間をいただくだけよ。」


 「桜庭マジェスティ。こんな夜更けに来なくたって良かっただろう。」


 「こんな夜更けだから来たのよ。あんまり知られたくない話だから。」


 ウルスの激昂は本当に珍しい。しかも姉に関係ないことでキレるのは本当に稀だ。緊急で設営されたテント内で張り上げる声は防音シートで外漏れが防がれているとはいえ、かなり響く。この異様な油断ならない空気が流れ始めているのは重々承知しているが雄哉は痴話喧嘩に発展しうる会話に割って入った。


 「あの、良ければお茶でも飲みながら。とりあえず、ウルスは落ち着け。」


 「………ユウ先輩に言われると仕方ないです。ただ、マジェスティが変なことをしようとしたらすぐに戦闘態勢に入りますので。」


 「こんな若い子に求められるのは久々だわ。いいわ、いつでもかかってきなさい。」


 「すいません。戦闘なら外でお願いします。ここ俺の部屋なんで。」


 雄哉はお茶を出している間にテントが破壊されたら、と少しおびえていた。なにより、普段はそこまで怒らないウルスが怒りをぶちまけた相手。油断だけはしない方がいいと雄哉は心の中に誓った。

 テーブルに座る三人の間には異様な空気が渦を巻いていることには変わりなかったが、ウルスが少し落ち着きを取り戻してくれたおかげで一触即発はないと思われる。やはり、ハーブ茶の効果は侮れない。


 「で、俺に会いに来たというのは一体どういう。」


 「ええ、そうでしたね。あなたがあの巨大グループの加護を受けた存在というのを先日お聞きしまして、どういう人物なのか気になっていたんですよ。」


 「それでこんな山奥に来るとは、絶対裏ありますよ先輩。」


 「まあまあ落ち着け。 ―――それだけではないでしょうけど。」


 「そうですね。用件を直球で申し上げるのは気が引けますが………敢えて直球で申し上げます。」


 そういうとマジェスティは洒落たブラックのカバンから用紙を取り出した。それを向かい側の雄哉に渡し、雄哉はそれを一瞥した。その瞬間、雄哉の体から冷汗が吹きだした。表情が凍り付き、落ち着けと言っていたのに言われる側に回りそうなくらい動揺した。


 「―――精鋭部隊の監視者、戦果を不正に改ざん。有栖川グループの加護を受けた教師の存在。」


 「何ですかこのデタラメな記事は、先輩はそんなこと………」


 「今年の精鋭部隊は史上最弱。いえ、地域すべての精鋭たちのレベルが落ちていて気づけなかったということかしら。昨年から怪しいとは思っていたけれどとうとう表に出そうな気配ね。」


 「―――ターヘルの精鋭が最弱?ありえませんよ。今年のプレ模擬戦はターヘルの圧勝。うちの高校も負けましたし………しかも共学であのレベルのカリキュラムを組んでいるのは名門ターヘルくらいですよ。」


 「そう、けどそれが彼女らの成長を促していると、君は本気で思うのかしら?」


 「―――たしかに、僕がいたときよりは少しレベルが落ちていると感じてはいましたけど。昔から悪者を成敗するのは名門ターヘルの務め。その戦果が改ざんされているってのがいまいち理解しかねます。」


 「厳密にいうと、こんな悪者退治は大人がすればいいと私は思ってる。なぜわざわざお嫁さんに行く前の綺麗な女の子たちや未来のある男の子たちを戦わせるのか。そこに疑問がある。それに敵は意外と弱い設定にされてるけど………実際は彼女らより遥かに豊富な魔法力を持っているしそれは体が成熟しないと手に入れられない代物。」


 「つまり、誰かが代行でやらないと勝てない。」


 「そういうことかしらね。しかもそれが始まったのは君のお姉さんの代より前のことかららしいけれど。」


 「だからって姉さんが弱いという証拠にはならない。しかも、姉さんは強さを過信するあまり一度躓いた時が………ああ、そうだったのか。」


 「―――心当たりがあるようね。」


 「姉さん、たまに戦闘中に気を失っていた時があったって。けど、その勝負は大体勝っていた。犯罪シンジケートは着々と壊滅していたし。何も………」


 「けれど、その勝負を監視者の手によって終わらせられていたとしたら。」


 沈黙が広がり、お茶は遠の昔に冷めてしまっていた。雄哉は会話に一言も口を出さずただ沈黙を貫いていた。


 「先輩、このことを知っていたんですかッッ‼」


 「―――悪い。ちょっとクラクラしてきた。」


 雄哉はテーブルに両手を着いた。正直なところ、精鋭のポンコツな部分を知っていた身としてはバレることだけは何としても避けたかった。しかも直属の後輩がいる前で言われるとは思いもしなかった。情けないの一言に尽きた。

 冷汗の止まらない雄哉の隣でうつむく後輩を一瞥したあと、再び下を向く。マジェスティの不気味な笑みがこぼれかけたとき、声を出したのはウルスだった。


 「先輩………かっこいいことしてるじゃないですか。というか、めちゃくちゃカッコいいですじゃないですかッ‼」


 「………は? あなた何を言って………」


 「そ、そうだぞ。おい、俺はやってはいけないことをしてたんだぞ………」


 この時点で雄哉は認めたも同然。動揺しているように見えるマジェスティだが、心中は成り行きで言質をとれたことに大喜びだろう。しかし、問題はそこではなかった。


 「先輩が行ったことは確かに彼女らの戦果を改ざんして、世の中を欺いてきたことに変わりはありません。けれど、そんなこと問題ではありません。」


 ウルスの反応が明らかにおかしかった。普段のウルスは正義感が多少なりとも強い。不正は嫌い、正しいことは正しいと言える人間だ。だが、ことは思いのほか重大。身近な人間が世を巻き込むレベルの不正を犯した。それをあっけらかんと「カッコいい」といえるこのタフさは一体何なのか。その場にいた残り二名は両者ともこの思考に陥っていただろう。

 白髪をかき上げ、席を立ちあがる。数歩歩き振り返り、二人の顔を一瞥して言った。


 「僕の姉さんがその不正で大きな傷を負うことなく守られた、ただそのことに深い感謝を感じたからですよ。」


 一見ただのシスコン意見、しかし視点を変えてみればそれは親族からの謝辞ともとれる。窓の外を見つめるウルスは静かに語り出した。


 「あの時、姉さんはかなり追い詰められていた。肉体的、精神的、感情的な面で。けれど、「負けなかった」という強い自負が姉さんを突き動かしていたのは事実です。それが第三者による手助けで勝てていたからだとしても。だから姉さんは腐らずに最高の女性となって教師にもなった。人生を賭けて挑んでいたあの日々から解放され、後遺症が残ることなく生きている。」


 一息つくウルス。その場にいた他の二人は呆気に取られていた。


 「だから、それが悪いことではないと僕は思います。そもそも、生徒たちだけで勝たなければならないなんていうルールを作ったことに問題があると思います。教師の立場からして生徒を見殺しにしろなんて………僕はできません。これが姉以外だったとしても僕は助けてしまうでしょう。」


 マジェスティは返す言葉がなかった。彼女の狙いは。しかし、このように論破されては仕方がなかった。不正を突き付けられた雄哉自身も自分が思っていることとかなり類似している意見をウルスの口から聞けて目元に雫が浮かび上がっている。


 「だから、不正をしてでも彼女たちを助けていた先輩がカッコよく映った。」


 マジェスティは爪を噛んだ。おそらくワンオンワンならば狙い通りの状況に持って行けたが、予想外の敵に阻まれてしまった。そんなことはおくびにも出さず、マジェスティは端然としていた。今日の所は引こうと思っていたのだが。


 「だから、こんなことで脅そうとしたマジェスティ。貴様だけは絶対に許さない。」


 ウルスの体から魔法力の漏れを感じた。抑えられない衝動。止められない憎悪。初めて見る本気の怒りだった。雄哉は今日だけでウルスのことを深く知れた気がした。テント内の家具がガタガタと震えだす。ハーブティーのカップが床に落ち、はじけた。

 しかし、その光景を目にしてもマジェスティはビクともしなかった。表情一つ変えず。けれど、ウルスからの波動が急に収まった。


 「まあ。今この場を戦場にするほどの力は僕には残っていませんし。もう夜遅いです。周りの皆さんは寝ているでしょうし………今日は見逃す。だから帰ってください。マジェスティ、あなたの狙いはわかりませんが………次は髪の毛一本でも見えたら叩き潰しに行きますから。」


 「フフフ、ウルスは変わらないね。身内贔屓が過ぎるとこやリールちゃんのことになると特に。いいわ。今日はこれでお邪魔するわね。」


 「二度と姿を見せないでください。あなたを見ているだけで吐き気がします。」


 「わかったわ。あなたの前には二度と現れない。」


 「ええ、是非そうしてください。」


 「フフフ。 それと澤部ユウヤさん、おいしいお茶をありがとうございました。また飲みに来ますのでその時はよろしくお願いします。」


 「え、ええ………あとすみません。ちゃんとした自己紹介をしていなかったのですが。」


 マジェスティは席を立って既に背を向けていたが、雄哉の方に振り返り紹介が遅れたことを詫び、改めて自己紹介をした。


 「私は桜庭マジェスティ。ターヘル新聞社で社長を務めております。以後お見知りおきを。」


 マジェスティは名刺を懐から取り出し雄哉に一枚差し出した。今名乗った通りのことがそこに記されていた。

 雄哉は自分も自己紹介をしようとするがマジェスティに制止された。


 「雄哉さんのことは知っていますし、あまりペラペラとここで話すような話題の方ではありません。後、本日見せた記事は世には出しませんからご安心ください。」


 「そ、そうですか………お気遣いありがとうございます。」


 「では、私はこの辺で失礼しますわ。」


 すると突然、マジェスティは無数の鮮やかな桜色の蝶に囲まれ蝶たちと共にその場から消えた。その光景を見届け終えたウルスは二度と会いたくないと口ずさみながら自分のテントへと戻っていった。一人になった雄哉は若干の恐怖を感じながら、灯りを消した。

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