011《白槍》

 雄哉は絶望という状況に遭遇した。


 「どうなってんだか………荒れ果ててるじゃねぇか。」


 古代兵器討伐本部は雄哉一行が到着したときには既に壊滅状態だった。宿舎は紙一重の所で己の体を支えている。地面には多数のクレーターが存在し、その大きさは大小さまざま。学園旗は真っ二つに分断されて、宣戦布告というようにも見えた。


 「クソッ! そういえばレギウスやリールの姿がない。五人や他のスタッフもどこに行ったんだよ。」

 

 「おそらく、生きていたら奇跡という状況なのは確かです。」


 「―――ウルス。確かに、この状況でアイツらが生きているって思う方が難しい。」


 「ユウ先輩………ですが、僕はどうにも彼女らが死んでいるというのは信じ難いです。生きていたら奇跡とは言いましたが、レギウス先輩やリール姉さんがそう易々とやられるとは思いません。」


 「………死体がないだけ希望はあるな。」


 白石ウルス。リールの実の弟にしてスーパーエリート校に勤務する監視者資格を保持した貴重な教師。年齢は雄哉の一つ下だという。前年に行われた監視者資格獲得試験であまりにも多く採用しすぎたために翌年の倍率が史上最難関になるというイレギュラーが発生。その年にぶっちぎりの成績で合格した秀才。白髪で細身、今にも折れてしまいそうな身体の中身はレギウスと互角以上の近接戦を行えるだけの筋肉を持っている。普通にしていれば漫画の中に出てきそうなイケメンの教師。


 「ただ、俺はこう見えて少し………いえ、人生最大級にキレています。」


 普通にしていれば、本当にいいのだが………姉のことが関わると豹変する。


 「思うこととしては、そもそも姉さんをこんな危ない目に合わせたクソ政府なんて滅びてしまえばいい。それに、なんなんですかこの惨状。姉さんは一介の教師に過ぎないのにこんな最前線に放り込まれるし、姉さんを助けないといけないと思って自分の仕事を最速で終わらせて来てみれば姉さんはいない。それどころか人の影すら見当たらない。あぁぁぁぁぁッッ‼僕をキレさせたらどうなるか政府は知ってるはずなのにね。あと、今のとこ姉さんを連れ去ったクソ野郎共は僕が完全に抹消する予定でいるので、ユウ先輩は優雅に茶菓子でも召されてて結構ですよ。」


 重度の、いや重症レベルのシスコン。本人は姉と結婚できると信じて疑っていないとかで、勤務先の女子生徒に告白されたときの返答が「僕は姉さん以外の女の子には興味がありません。」らしく、これ以降に告白した生徒はいないとか。しかも、昨年の監視者合宿で姉をバカにした他校の先輩監視者数名を病院送りにしたとか。二つ名が付きそうなレベルまで来ているけれど今のとこ特にない。


 「ウ、ウルス。わかったから、その辺にしとけ。ここには政府の関係者とか来てるからあんまりそんなこと言うと教師の権限剥奪もありうる………」


 「そんなの勝手にどうぞって感じですよ。俺は姉さんと同じ道を歩むために教師になったまでですから。別に教師ができなくなったら違う形で養うまでですよ。ぶっちゃけ会社でも買収しようかなって思ってます。」


 「………」


 鋼のスペシャリスト。白石ウルスのあだ名だ。二つ名のように痛くないがウルスの名前を出して一番最初に来るイメージ。シスコンのことは実はあまり知られておらず、こちらの方が有名。というのも、ウルスは俺と同じくFreshOrangeのように一人一属性というタイプではなくオールラウンダーな魔法師。しかも、それに固有魔法を備えたイレギュラー。天才、史上最強の教師とも言われている。

 しかも、鋼のスペシャリストといわれるにはこんな所以があるという。


 「それにしても、ウルスが鍛えた剣の残骸はないな。折れてない剣は大体お前が錬成したやつっぽいぞ。」


 「そうですね。見たところ作った記憶はありませんが僕の紋章が刻まれてます。まあ、副業程度にしか考えていないので興味ないです。」


 「見る限りだけど壊れていない剣はウルスの作品だな。不壊剣しか作れないのは実話だということがはっきりした。そりゃ政府がウルスを手放したくない理由もわかる。」


 「しかし、姉さん剣が見当たらない。ということは鞘に収まっているはず。つまり、姉さんは生きている。」


 「姉の剣は覚えているのかよ。」


 「え?何を当然なことを言っているんですか。僕が何十時間かけて錬成したと思ってるんですか。絶対に壊れないように作った史上最高の作品ですよ。」


 そう、ウルスが鋼のスペシャリストと呼ばれるのは壊れない剣を錬成することができるから。本人曰く、大量錬成できるとはいうがその代わり寿命が若干短くなるらしい。といっても何も手入れをしなくても最低二年は持つらしい。手入れを欠かさなければ本当に壊れることはないという。けれど、特注品やウルスが一本に集中して作り上げた作品は何も手入れをしなくても壊れないという。血や水分を刃が勝手に吸収するので、手入れの必要はまずない。


 「怖いわーほんと。異次元には異次元の姉弟がいることを実感できた。」


 雄哉は三次元の世界から来た一般人。二次元嫁を追いかけていたら気づけばハードな世界に放りこまれていた悲しい人間。推しに絶望的に嫌われていることもまた不運。しかし、今はここが現実。夢を見ているわけではないし、剣が腹に刺されば強烈な痛みに襲われて血がドクドクと流れる。


 「あいつらを………嫁を、推しをちゃんと守れる世界に来たんだからな。全力を尽くしてお迎えに上がるだけだな。」


 「? 何をさっきからブツブツと呟いているんですか先輩。」


 「ん、ああ。今からどうするかなって思ってな………って、おい。これみろよ」


 雄哉は一息ついて正面を向くとそこには血で書かれたメッセージが記されていた。


 「なんですかこれ? えーっと、なんて書いてるのか。というか、これは何語ですか?」


 「………久々に見たよ。こんなとこでお目に書かれるとは思いもしなかったけど。」

 

 幹の太い樹齢百年越えの大木に大きく書かれた文字。逆にここにいて気づかなかったのがおかしいくらいに派手に書かれている。


 「ウルス。こいつは【日本語】って言うんだ。この地域で言う古代語に当たる。この国の体制が作られる前に使用されていた言語だ。つまりは紀元前の言葉だよ。」


 「さすがは歴史の先生ですね。でも、なんて読むのかわかるんですか?」


 当然だって俺の国の言葉だし、とは言わなかった。広がる残骸、戦の痕が残る場所で「俺は異世界から来たんだ」って混乱させただでさえややこしい話をするのはどうにも気持ち悪い。というのもあるが、雄哉は自分がこの世界の住人であることに誇りを持って生きている。今更前世の話などする気も起きないし、今の自分が本当の自分であると心の底から思っている。要するに、前世とかどうでもいい上混乱を招くのは嫌だということ。


 「まあな。一応勉強したからな、教師として。」


 正直雄哉は血塗られた文字が表している内容が今のところ何を指し、言いたいのかもわからかった。額から汗を流しながらも、そっと読み上げた。


 「【五つの塔が我が手中に納まった。残りは激しく燃ゆる業火の炎柱のみ。】」


  

 

 

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