010《案件》

 澤部雄哉は現在、学園が設置されている東の地域から遥か西にある政府の施設に招かれていた。もちろん、移動費などは政府が費用を出している案件故に特に不満は無い。だが、古代兵器に対抗しようとしている未来の嫁のことが心配で、落ち着いていられなかった。

 転生しようが、異世界召喚されようがオタクはオタクなのだ。


 「おいおい…………こんな時にあの場所に行かなくたっていいだろうに。俺も古代兵器討伐組に参加したかったなぁ~」


 ずっとこの調子で汽車の窓を眺めていたが、その時間はあっという間に過ぎて現在は政府の施設であるアクセラ国政府施設ターヘル支部の応接間でお茶も出されず一人でじっと待っていた。

 案内されるがままにやって来たものの、やはり討伐組(主にエリン)が心配なのかずっと貧乏ゆすりをしている。

 ———待たされること十分。

 やっとおでましした、出会わなければならない人物と対面した。雄哉は礼儀を意外と守る人物なので、目上の人間である彼が座るまでずっと立っていた。

 政府の男が向かい側のソファの前に来るといつも通りに挨拶をしてきた。


 「やあ、調子はどうかね。いつも君の報告書には目を通しているが、やはり彼女らの功績には目が余る。ポテンシャルが違うのかねぇ」


 「そうですね。根本的なアビリティのスペックが桁違いな上に、敵をばったばった投げ倒すその姿にいつも驚かされています」


 「そうかい…………まあ長話もなんだから。腰を掛けなさい」


 ぽっちゃりというには可愛すぎて、デブというには少し違う彼は四十代後半の政府の役員。スーツを着ながらもそのふっくらした下腹が特徴の若き支部長———國學院デマトラスは雄哉にソファに座るよう促した。

 雄哉は促される風を演じながら、デマトラスが座るタイミングを見計らって、彼より後に座った。

 そのままいきなり、今回の議題について話が振られる。


 「早速だが澤部君。君は《Ryuzen》という組織を聞いたことがあるかい?意外と有名な組織ではあるのだが、どうかね」


 雄哉は首を横に振り、知らないと否定する。

 デマトラスは「そうか」と一言だけ、そのまま話を続けた。


 「彼らは五年前、ここターヘル地方の改革…………破壊を行って、新たな地にしようと試みた事件を起こしているんだが、君は知らないのかい?」


 「はい…………遠い国から来たもので、その…………あまりこの国のことを詳しく知らないんです。すみません」


 「ハハハ。別に知らなかったことに対して謝る必要はないよ。

 …………そうか、では君にはそのの話をしないとだね」


 デマトラスは気にするなと言っているが、やや面倒そうな表情を浮かべながら事の全てを語りだした。

 雄哉的にはいち早く討伐隊に参加して、彼女ら(主にエリン)をサポートしてあげたい…………サポートしないといけないという気持ちが先走りそうで、デマトラスの話が耳に入ってきそうになかった。

 語り終えたデマトラスは雄哉に「理解したかい?」というような表情を浮かべてきて、雄哉はコクンと頷いた。

 しかし、分からないことは積極的に聞く雄哉は少し不明だった点をいくつか質問する。


 「そ、その。《Ryuzen》の目的は結局何だったのでしょうか。お話を聞く限り、ただ暴れまわって無差別に人を殺し歩いたみたいなニュアンスしかわからなかったのですが」

 

 「そうだねぇ。実をいうと、君と同様に僕らも分かっていないんだ。彼らがただ暴れまわっただけで、一体何がしたかったのか。それがまったくねぇ」

 

 「ということは…………今回の古代兵器騒動は」

 

 「ああ、確率は低いが彼らの仕業ということもあり得る。というより、今回のような悪質で残酷なことをする奴らが他にいるとは全く持って考えにくい」

 

 「じゃあ、今回俺を呼びだした要件ってのは」


 「そうさ。君には古代兵器ではなく、その組織壊滅をお願いしたいのだ。今回の古代兵器騒動に付随する内容かもしれん。だがそんな憶測で軍隊は出動させにくいというのが世間だ。どうかやってくれないか、バイト代は弾ませるし…………何よりからのお願いだ。どうかね?やってくれないか」


 「…………あの人の差し金なら断れないですね。恩義をとても感じていますし、何より力になれることは凄く幸せなことです。今までの自分からしたら―――」


 雄哉は前世、こっちに来る前のことについて思い出した。

 雄哉は何事にも悪い成績を残さない、努力は惜しまないがそれ以上の結果は出せない。だから頼られるような実績を残せなかったり、悔しい思いを何度もしてきたのだ。

 しかし、そんな彼に是非頼らせて貰いたいという直々なお願いが舞い込んできたのだ。お人よしな彼の性格上のことでもあるが、そのことは実に光栄だと思っている。相手が何者であれ、全力を尽くしたいと雄哉は心の奥底から感じていた。

 テーブルに出された紅茶を飲み干すと真剣な眼差しを見せた。


 「———これ以上にない名誉なことだと思っています」


 「そうか…………やってくれるか、やあ実に頼もしい限りだね。ハハハハハ‼」


 嬉しそうなデマトラス。目の前には雄哉の三倍くらいのカップに注がれた紅茶を一気に飲み干すと、彼は立ち上がった。

 そして、雄哉の真剣な目つきに応えるようにデマトラスも真剣な眼差しで言った。


 「君のことは高く、そして誰よりも買っているつもりだ。精進したまえ」


 若き支部長としてのし上がっただけはあるデマトラスの威厳さに初めて気づかされた雄哉。その威厳さを見せなくたって最高のパフォーマンスをお送りしようと考えていた雄哉だが、その表情を見てより最高な形で遂行しようと心に決めた。

 だが、その直後。彼らのいる部屋に無礼にもノックをせず、いきなり入って来た事務員の姿があった。息を切らし、俯きながら内容を伝える。


 「緊急緊急ッ‼《Ryuzen》の幹部が現れた模様。場所はマーリン州東部、マーレン山の山内で、捜査員が一名殺されたとの報告を受けています」


 「う、うっそだろ‼こんな早く…………しかも、マーレン山?アイツらが合宿しているところじゃねぇか⁉って、こんなことをしてる場合じゃねぇ!!!」


 「落ち着けユウヤ君。事情は分かったよルーシー、ご苦労だったな。だが、次からは緊急でもちゃんとノックするようにな」


 「も、申し訳ありませんでした…………すみません。失礼しましたッ‼」


 事務員のルーシーはその場をそそくさと後にする。自分の無礼な行為に気付き、その場でいられなくなったようだ。

 次に落ち着きがなくなったのは雄哉である。


 「アイツらがいる遠征地に五年前の惨状を生み出した幹部がいるって?くそう、今すぐ戻らないといけねぇのに…………ああああああ、ここ遠すぎだろっ」


 「ハハハハハ‼君の心配様は愛が伝わってくるねぇ。なんだね、君は彼女たちの強さを疑っているのかね?そんなに弱い娘ではないのは百も承知だろう」


 「———ええ。ですが、アイツらの監視者オブザーバーとしてはかなり心配な部分があるんです。まだまだ未熟ですし、下手をすれば殺されかねないくらいには…………」


 「そうかね?けれど、彼女たちについて行っている他の監視者オブザーバー達もそこらの凡庸な人間ではないと聞いている。少しは信じてみたらどうかね?彼女たちの功績と力を」


 「…………」


 雄哉は隠し通してきたことが仇となった今、自分の責任を痛感した。

 エリン達はおそらく、出会い頭に数分で倒される。運良くても相手に少々の傷しか与えられない程度だろう。

 リールやレギウス達がいるとはいえ、どこまで持つかは正直未知な部分ではある。本当の実力を見たことない雄哉はエリン達よりはリール達の方に懸けた。

 最悪の状況に立ち会う可能性のある雄哉はその状況を一刻も早く防ぐべく、早めに出立しようと決断した。

 雄哉は髪をわしゃわしゃすると、荷物を抱えて飛び出す準備をした。


 「ではデマトラスさん。今度はゆっくりお酒でも飲みましょう。ではっ」


 デマトラスに一言声を掛け、飛びだしていった。

 取り残されたデマトラスはため息を吐くと微笑を浮かべた。


 「君が…………生き残ることを僕は信じている。が、それと同時に―――」


 今度は不敵な笑みを浮かべる、雄哉の後ろ姿をじっと見つめながら。


 




 

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