第8話 ピザの行方
いやいやいや、ちょっと待ってくれ。なんだよ勇者って……。俺はそんな大層なもんじゃねぇぞ。ただのピザ屋のバイトだぞ? ただ注文された商品を届けに来ただけなんだが……。
そういえば魔法陣の色がいつもと違った気がするな。いつもは白い色をしてた気がするんだが、今回は赤かったような。何か違いがあるんだろうか……。
「ってかどこなんだよここは……」
まったく見覚えのない景色に、思わず言葉が漏れる。だが目の前にいるドレスを着た女の子には聞こえてしまったようだ。
「これは失礼した。いきなり召喚されたばかりでは、何が起こったのかわからないであろう」
「えーっと、あー、まったく何がなんだか……」
「うむ。……ここはセイグリッド王国という国である。
まじか。いきなり王女様かよ……。ってかセイグリッドって、すげー聞いたことあるような……。
「あ……、俺は
「勇者の名は千久間殿であるか……」
嫌な予感がひしひしとしつつも、俺の名前を覚えようとする王女様にはツッコミを入れることもできない。だから勇者ってなんなんだよ……。中二心をくすぐられるパワーワードではあるが、まったくもってワクワクしない。ふと、最初に召喚された得体のしれない生き物の鳴き声が聞こえる不気味な森を思い出してしまった。
「実をいうと……、現在北の魔族領からの侵攻が厳しくなってきていてな」
魔族領ってなんだよ。侵攻が厳しくなってるって、そんな不吉な情報を小市民の俺に漏らすんじゃねぇよ。不気味な森から魔物が大量に襲い掛かってくるシーンを想像しちまったじゃねぇか!
見たことねぇけど、きっとゴブリンとかオークとかがいるんだろ!?
「そ、そうなんですか……」
いろいろ言いたいことはあるが、ひとまず最後まで話を聞こうじゃないか。……変にこじらせて帰れなくなったりするのも困るし。
「そこで召喚した勇者の出番となるのだ」
いやいやいや、ちょっと待ってくれ。まさかとは思うが北から侵攻してくる魔族を蹴散らせとか言うんじゃねぇだろうな。
冷や汗を流しながら、いい加減重くなってきたピザの入った鞄を地面へと降ろす。そして視線を上げると、目の前の女の子の後ろにいるでかい帽子を被った黒い服の人物が目に入った。つばの広いとんがり帽子に黒いワンピース姿だ。
なんかどっかで見たことあるような……。
「あぁ、やはり彼女が気になるか」
俺の視線に気が付いたんだろうか。王女が後ろを振り返って紹介してくれた。
「そなたを召喚したのが、そこにいるネネコ・マーサム殿だ」
やっぱりお前かあああぁぁぁぁぁ!!
内心で激しくツッコミを入れていると、どこか困惑した表情の魔女がこちらへと歩み寄ってくる。
「ふむ……、まさかお前が勇者だとは思わなかったぞ」
ちげえええぇぇぇぇぇ! 絶対に俺は勇者なんかじゃねぇから! お前間違って召喚したんじゃねぇか! いや知らんけど、絶対そうだ。そうに違いない!
「うん……? ネネコ殿……、もしかして勇者殿とは知り合いなのか?」
魔女の言葉に気が付いたのか、王女様から疑問が投げかけられる。まぁそりゃそうだよな。見ず知らずの異世界から勇者を召喚したつもりが、実は知り合いが呼び出されたとか召喚相手を間違えた可能性が出てくる。異世界の勇者じゃなくて近隣の村人が呼び出されたともなれば、期待していた戦力になんてならないだろうし。……たぶん。
「ええ。異世界に料理を配達してくれる飲食店があるらしく、そこに注文してみたのですが……」
「ほぅ……。それがたまたま勇者殿だったというわけか」
「どうやらそのようです」
「えーっと、あの……、俺も今は仕事中でして、いきなり連れてこられて勇者とか言われても困るんですけど……」
なんとなく二人の会話にひと段落ついたと判断した俺は、激しくツッコミたい衝動を抑えてやんわりと拒否してみる。
「むっ……、仕事中とな……!?」
否定的な言葉を返しはしたがほとんど期待はしていなかったところに、魔女が仕事に反応してきた。
「ということはもしや、そこにあるのはピザなのだろうか?」
と思ったのに微妙に膨れ上がった期待があっさりとぶち破られてしまった。この女、配達中のピザを横取りする気じゃねぇだろうな……。
「ほぅ……、ネネコ殿がわざわざ異世界へ注文したという……。して、どうだったのだ?」
ちらりと魔女へと目配せする王女様だったが、魔女の満面の笑みと『今まで食べた料理の中で最上級でした』という言葉に興味をひかれたらしい。
「ふむ……。では後で――」
そのとき、言葉を続けようとした王女様を遮るようにして大広間の扉が激しく開かれたかと思うと。
「私のぴざはここかーーー!!」
どこかで見たことのある副隊長が乱入してきたのだった。
中二病客からピザの注文が来たんだが?(連載版) m-kawa @m-kawa
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