第7話 あれ、なんか違う?

「先輩は変な電話とか受けたことあります?」


 バイト中に会った先輩に、出合頭で問いかけた言葉がこれだ。もちろん客商売だし、変な電話もたまにはあるだろうが、もしかしたら異世界からの電話を受けているかもしれない。


「変な電話?」


 眉を寄せる先輩に、俺は具体的な内容を説明していく。もちろんよくあるクレーマーな電話じゃなくて、ノイズまみれの聞き取りにくい電話がないかどうかだ。


「いやぁ、そんな電話は受けたことないけどね」


「あ……、そっすか……」


「それがどうかしたの?」


「いや、なんでもないっす」


 ぬぅ、この店が呪われてるわけじゃないのか……? いやいや、ほかにも仕事してる人間はいるんだ。一人だけで諦めてたまるか。


 ――と思っていたんだが。


「誰もいねぇとかなんでやねん」


 これじゃ俺が呪われてるみたいじゃねーか!

 なんなの? あの電話ってピンポイントで俺狙ってんの!?

 ……いや待て、ヅッキーにかかってきた電話がただのいたずら電話だという確証はないな。……まだあわてるような時間じゃない。落ち着くんだ。よし、今日はヅッキーにできるだけ電話を取らせる作戦で行くとしよう。

 と思った矢先に注文の電話が鳴ったので受話器を取る。


「お電話ありがとうございます! ピザ・チックタックです!」


『おぉ、そなたか。今日は無事繋がったようで何よりだ』


「…………」


 聞き覚えのある声に思わず無言になってしまう。いきなり作戦失敗だ。こうも早くフラグを回収されるとは思わなかった。現在時刻は夕方の五時だ。ヅッキーもまだ出てきていないし、てっきり電話はラストオーダー間際かと思っていたんだがやられた。


「ええと、ご注文でしょうか」


 あきらめの境地へと達した俺は、感情を込めずに仕事に徹することにする。補足されれば逃れる術はないのだ。


『もちろんだとも。今回もよろしく頼む』


「かしこまりました」


『今回はぴざ以外にも注文しようと考えておる』


「そ……、そうですか」


 しかしなんだこの嫌な予感は。いやむしろ確信と言っていいだろうか。例の鞄をもらったせいか、大量注文を受けそうな予感がする。


『今回は肉を多めにしようと考えておるのだ』


 あぁ、チキンですかね。もちろん1ピースから取り扱っておりますとも。脳筋っぽいあんたらはサラダとか注文しそうにないですもんね。


「なるほど」


 無感情に相槌を打っていたらまったく予想通りの注文だった。ってか相変わらずの大量注文だ。チキン50ピースってどんだけ食うんだよ。


『ぴざも一枚ずつだ』


「へっ?」


『メニューに載っているものLサイズをすべて一枚ずつで頼む』


 まじか……。メニューに載ってるやつって全部で二十種類あるんですけど! しかもLサイズとか!? 前回の二倍のピザに加えてチキンも……。どんだけ食うんだコイツラ……!


「か……、かしこまりました」


 配達する重量に戦慄するが、よくよく考えれば例の鞄があるのか。だからこそ相手もこんな無茶を言っているのかもしれない。しかし注文は注文だ。断ることなんてできないのだ。


『よろしく頼む』


 しぶしぶ注文書を記載して厨房へと送ると、厨房から「ぶふっ」という吹き出す声が聞こえてきた。


「ちょ……、タックこれマジか?」


 厨房から正気かと確認してくる声に、俺は首を縦に振ることで肯定する。


「わ、わかった……。ちょっと時間がかかるぞこれは。一時間を見ておいてくれ」


 了解の意思を返すと、電話の相手にも時間がかかることを伝える。


『ふむ、それは仕方がないな』


「ではご注文ありがとうございました」


 そして電話を切ると同時にその場で脱力した。




「はぁ……」


 俺はため息とともに焼きあがったピザを保温バッグに入れ、それをそのまま例の鞄へと詰め込む。厨房のスタッフにも心配されたが、問題ないと答えておいた。変にツッコまれても説明が面倒だし。あー、目立たないように普通の保温バッグも持って行かねーと。

 いつもピザを配達するときと同じように、駐輪場へと歩く。確か前回はここで魔法陣が出てきたんだっけか。……と過去を振り返っていると、案の定自分を中心とした赤い・・魔法陣が足元に広がる。


「……ん?」


 まだそんなに回数をこなしたわけではないが、前回と何か違和感が……。などと思っているうちに、すでに視界は駐車場以外のものへと変わっていた。


「……あれ?」


 だがしかし、見覚えのない光景が目の前に広がっている。以前召喚された部屋よりも天井は高く、部屋も広い。鎧を着込んだヘングラル副隊長とその部下たちや、ローブを着込んだ人物の姿も見えない。代わりに一番最初に目に飛び込んできたのは、白がベースに淡いブルーの装飾をあしらった、フリルのついた豪華なドレスを着込んだ女の子だった。


 なんでこんなところに女の子が? と疑問が湧いてくるが、よく見れば後ろには鎧を着込んだ人物や、神官服っぽい姿の男、つばの広い帽子をかぶった黒い服装の人物などが並んでいる。……にしても前回召喚されたときよりも豪華な服装したヤツが多いな。


 しばらく観察していると、一番前にいた女の子が一歩前に踏み出してくる。鈴の音が転がるような澄んだ声で言葉を発するが――。


「よくぞ参られた、勇者殿」


「――はぁ?」


 告げられた言葉に俺は呆けた返事しかすることができなかった。

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