　漢文大系本、第3巻、77ページ。

　山濤告人曰、「自非聖人、外寧必有内憂。釈呉為外懼。豈非算乎。」時濤為吏部尚書。濤昔在魏晋之間、与嵆康・阮籍・籍兄子咸・向秀・王戎・劉伶相友、号竹林七賢。皆崇尚老荘虚無之学、軽蔑礼法、縦酒昏酣、遺落世事。士大夫皆慕効之。謂之放達。惟濤仍留意世事。至是典選、甄抜人物、各為題目而奏之。時人称之為山公啓事。

　山（さん）濤（たう）、人に告げて曰く、「聖人に非ざるよりは、外寧（やす）ければ必ず内憂有り。呉を釈（ゆる）して外（がい）懼（く）と為すは、豈（あ）に算に非ずや」と。時に、濤（たう）、吏部尚書と為る。濤（たう）、昔、魏晋の間に在り、嵆（けい）康（かう）・阮（げん）籍（せき）・籍の兄の子、咸（かん）・向（しやう）秀（しう）・王（わう）戎（じゆう）・劉（りう）伶（れい）と相ひ友たり、竹林の七賢と号す。皆な老荘虚無の学を崇（すう）尚（しやう）し、礼法を軽蔑し、酒を縦（ほ）しいままにして昏（こん）酣（かん）し、世事を遺（ゐ）落（らく）す。士大夫、皆な之に慕（した）ひ効（なら）ひ、之を放達と謂ふ。惟（た）だ濤（たう）のみ、仍（な）ほ意を世事に留む。是（ここ）に至りて選を典（つかさど）り、人物を甄（けん）抜（ばつ）し、各〻（おのおの）題目を為して之を奏す。時人、之を称して山公の啓事と為す。

　山（さん）濤（とう）は人にこう告げた。「聖人でない以上は、国外が安寧ならば（気が緩んで）必ず国内の憂いがある。呉（ご）を許しておいて国外の恐れを残しておくのが、深謀遠慮というものではないか。」このとき、山（さん）濤（とう）は吏部尚書であった。山（さん）濤（とう）は、これより以前、魏晋にまたがる時代に、嵆（けい）康（こう）・阮（げん）籍（せき）・阮（げん）籍（せき）の兄の子の阮（げん）咸（かん）・向（しよう）秀（しゆう）・王（おう）戎（じゆう）・劉（りゆう）伶（れい）と交遊関係があり、竹林の七賢と号していた。かれらは、みな老子や荘子の虚無の学を尊び、礼法をさげすみ軽んじ、気ままに酒を飲んでは酔いつぶれ、俗世の事を忘れ去っていた。士大夫は、みな、かれらを慕い、真似をし、これを放達と言った。ただ山（さん）濤（とう）だけは、まだ俗世の事に心を留めていた。吏部尚書となって選挙を担当してからは、人物を見分けて抜擢し、それぞれの人物鑑定を書いて皇帝に奏上した。当時の人々は、これを「山公の啓事」と称した。