第26回 孫綝、孫亮を廃す

 漢文大系本、第3巻、73~74ページ。

 西暦257~259年。


 ◯呉主亮親政。数出中書、視太帝時旧事。嘗食生梅、索蜜。蜜中有鼠矢。召蔵吏問曰、「黄門従爾求蜜邪。」吏曰、「向求、不敢与。」黄門不服。令破鼠矢、矢中燥。因大笑曰、「若矢先在蜜中、中外倶湿。今外湿内燥、必黄門所為也。」詰之、果服。左右驚慄。大将軍孫綝、以其多所難問、称疾不朝、以兵囲宮、廃亮為会稽王、迎立瑯琊王休。休立、以綝為丞相。綝又無礼於新君、遂被誅。


 ◯呉主亮、まつりごとみづからす。数〻しばしば中書をだし、太帝の時の旧事をる。かつて生梅を食らひ、蜜をもとむ。蜜の中に有り。ざうを召して問ひて曰はく、「黄門、なんぢより蜜を求むるか」と。吏曰はく、「さきに求むるも、敢へて与へず」と。黄門、服せず。を破らしむるに、ちゆうかはく。因りて大いに笑ひて曰はく、「、先に蜜中に在らば、中外とも湿しめる。今、外は湿しめり、内はかはく。必ず黄門の為す所なり」と。之をきつするに、果たして服す。左右きやうりつす。大将軍そんりん、其の難問する所多きを以て、やまひと称しててうせず、兵を以てきゆうを囲み、亮を廃してくわいけい王と為し、らうわう休を迎へ立つ。休立ち、りんを以てじようしやうと為す。りん、又た新君に礼無く、遂にちゆうせらる。


 ◯呉主の孫亮は、自ら政治をおこなった。しばしば宮中の文書を出し、太帝の時におこなわれた昔の決裁を読み込んだ(257年)。かつて生の梅を食するに当たり、蜜を求めた(この文の前後、すこし解しづらいが、正史の注には明確に「黄門に蜜を取りに行かせた」とある。黄門は、かんがん)。蜜の中にネズミの糞が入っていた。蔵の管理人を呼び出し、「黄門がおまえに蜜を求めたことがなかったか」と問うと、管理人は「この間求めて来ましたが、与えませんでした」と答えた。黄門は自分のしわざだと認めなかった。ネズミの糞を割らせてみると、糞の内側は乾いていた。そこで大笑いして言った。「もし糞が以前から蜜の中にあったなら、内側も外側も湿っているはずだ。今、外側は湿り、内側は乾いている。これは黄門のしわざに違いない。」かれを詰問したところ、ついに自分のしわざだと認めた。左右に居ならぶ人々は驚きおののいた。大将軍のそんりんは、かれが非難し詰問することが多いので、病気と称して朝廷に出席せず、兵士で宮殿を囲み、孫亮をやめさせてかいけい王とし、ろう王の孫休を迎えてきて即位させた(258年)。孫休は即位すると、そんりんじようしようとした。そんりんは、この新しい君主にも礼儀がなく、処刑された(259年)。

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