　漢文大系本、第3巻、70ページ。

　西暦234年。

　亮為政無私。馬謖素為亮所知。及敗軍、流涕斬之、而卹其後。李平・廖立、皆為亮所廃。及聞亮之喪、皆歎息流涕、卒至発病死。史称、「亮開誠心、布公道、刑政雖峻、而無怨者。真識治之良才。」而謂「其材長於治国、将略非所長」、則非也。初丞相亮、嘗表於帝曰、「臣成都有桑八百株、薄田十五頃、子弟衣食自有余。不別治生以長尺寸。臣死之日、不使内有余帛、外有贏財、以負陛下。」至是、卒如其言。諡忠武。

　亮、政（まつりごと）を為して私（わたくし）無し。馬（ば）謖（しよく）、素（も）と亮の知る所と為る。軍を敗（やぶ）るに及び、涕（なみだ）を流して之（これ）を斬りて、其（そ）の後（のち）を卹（あは）れむ。李平・廖（れう）立（りふ）、皆な亮の廃する所と為る。亮の喪（さう）を聞くに及び、皆な歎息して涕（なみだ）を流し、卒（つひ）に病を発して死するに至る。史に称す、「亮、誠心を開き、公道を布（し）き、刑政は峻（しゆん）なりと雖（いへど）も、怨（うら）む者無し。真（まこと）に治（ち）を識（し）るの良才なり」と。而（しか）れども「其（そ）の材、国を治むるに長ずるも、将略は長ずる所に非ず」と謂（い）ふは、則ち非なり。初め丞（じよう）相（しやう）亮、嘗（かつ）て帝に表（へう）して曰はく、「臣、成都に桑（くわ）八百株、薄（はく）田（でん）十五頃（けい）有り、子弟の衣食は自づから余り有り。別に生を治めて以て尺寸を長ぜず。臣死するの日、内に余（よ）帛（はく）有り、外に贏（えい）財（ざい）有りて、以て陛下に負（そむ）かざらしむ」と。是（ここ）に至りて、卒（つひ）に其（そ）の言のごとし。忠武と諡（おくりな）す。

　諸葛亮は、政治を執り行うときに私情をはさまなかった。馬（ば）謖（しよく）は、昔から諸葛亮に目をかけられていた。しかし軍を敗北させたとき（第14回参照）には、涙を流してかれを斬り、手厚く遺族の面倒を見た。李平や廖（りよう）立（りゆう）は、諸葛亮が廃したのであった。しかし諸葛亮が死んだと聞くと、二人とも嘆き悲しんで涙を流し、（李平のほうは）ついに病気になって死んでしまった。歴史書（陳寿の『三国志』諸葛亮伝の評）では、「諸葛亮は真心を開き、公平なやり方を行き渡らせていたから、刑罰や政事が厳しかったとしても、怨（うら）む人がいなかったのだ。まことに統治のしかたを知っていた才能ある人物である」と称えている。けれども「その才能は、国を治めることが得意だったが、将としての軍事的戦略は得意でなかった」と言っているのは間違いだ。かつて丞（じよう）相（しよう）の諸葛亮は帝（劉禅）に言ったことがある。「わたくしは、成都に桑（くわ）を八百本、たいしたことのない畑を十五頃（けい）ばかり所有しておりますが、子弟の衣食には余りが出るほどです。その他に生計を立ててすこしでも儲（もう）けを出すようなことはやっておりません。わたくしが死ぬ時には、家の内に余分な布を貯めていたり、家の外に余分な財産を蓄（たくわ）えていたりして、陛下に背（そむ）くようなことにならないようにいたします。」このときになって、とうとうその言葉の通りになった。諡（おくりな）を忠武という。