第百十二話 『魔獣軍の襲撃』

「北門に敵が迫っています!」


 領主の館で二泊目の快適な目覚めを味わうはずだったロベルクは、伝令の報告に飛び起きた。

 急ぎ北門へ向かう。


 アルフリスとリーシは既に到着しており、遠い丘の上に布陣したジオ軍を遠眼鏡で確認していた。ロベルクも同じ方向を眺めると、そこにはジオ軍が整然と布陣していた。

 矢のような形の縦陣だ。先頭には頭に一本の黒光りする角を生やした、犀に似た巨大な生き物が座っていた。鉄のような強度の角と皮膚を持つ魔獣、シデロケラスだ。その後ろに牛頭の巨人、ミノタウロス。人面に獅子の身体、蝙蝠こうもりの羽根に蠍の尾を持つマンティコア。火を吐く火炎蜥蜴とかげ。怪物たちの周囲には、それらを世話する魔獣軍の兵士。そして魔獣軍の更に後方には歩兵が臨戦態勢で並んでいる、その数、およそ二百五十。先日追放した兵たちは、散りもせず、帰郷もせず、別な軍に編入されてしまったようだ。


「なぜここまで接近を許した」


 リーシは怒りを噛み殺して兵士に問う。


「実は斥候から、街道を通らず森の中を近道してリアノイ・エセナ方面へ向かうジオ軍の一隊があることは報告を受けていたのですが……斥候が魔獣を恐れて近寄れなかったということもあり……まさか転進してくるとは」

「うむ……」


 唸るリーシの横にアルフリスが進み出る。


「致し方ない。魔獣一体を討伐するのに百人の兵が犠牲になることもあるという。それが四体だ。恐れるなという方に無理がある」

「確かに……」


 リーシの背後、門前広場に三百のウインガルド兵が集結していた。リーシの護衛や治安維持、別方面からの奇襲に対する伝令などのことも考えると、この数が限度である。アルフリスの言葉を信じるならば、この兵が全滅してなお一体の魔獣が生き残ることになる。そんな事態になれば、イルグネの住人は為す術もなく蹂躙されるだろう。


 ジオ軍が前進を始めた。

 城壁防衛用に据え付けられた弩砲の射程外まで接近すると、整然と停止する。

 風の動きが変わる。ジオ軍によって音が大きく変調される精霊魔法が行使された反応だ。


「ウインガルド義勇軍を名乗る賊徒どもよ、私はジオ魔獣軍第五兵団のトニーダ将軍だ」


 戦場にトニーダの声が響き渡る。


「お前たちは、ジオと旧ウインガルドの友好の象徴であるイルグネの町を武力によって占拠し、両国の友好に尽力してきたカールメ・スピコ伯爵を追放した。許されざる暴挙である」

「言わせておけば……」


 トニーダの演説に、ウインガルド人であるアルフリスが奥歯を噛み締めた。


 ロベルクはこの場で余計な感情に支配されなかった数少ない者である。


「ところで、将軍のトニーダというのは、どれだろう」

「魔獣軍の隊長は皆同じ格好をしているから、ここからでは誰が話したのか判別が付かん」


 ロベルクの疑問に、アルフリスはやや落ち着きを取り戻した。

 演説は続く。


「……だが我々も死霊ではない。直ちに開門し、全軍属が投降するならば、一般市民の命は保証しよう。ただし、抵抗するならば……年寄りから女子供に至るまで皆殺しだ。半刻(約一時間)の猶予をやろう」


 背後から兵たちのざわつきを感じる。

 ロベルクとセラーナは城壁の上から三百の兵たちを見下ろす。ジオ軍との練度の差は明らかで、隊列も微妙に歪んでいた。


「さすがに……浮き足立つね」

「仕方がないわ。あの人たちはジオ侵攻のときは兵士じゃなかった人たちだから」

「祖国を思う気持ちだけで集まってくれた人たち……か」

「うん。だからこそ、その気持ちを大切にしたいし、守りたい。あたしだけ守られてては駄目だって、思う……」


 セラーナの横顔から強い決意を感じる。それは少女が背負うには危うい重さも持ち合わせていた。

 二人が城壁の外縁に戻ると、アルフリスとリーシが振り返った。


「何かいい策は浮かんだか?」

「策というほどではないんだが……」


 ロベルクは背後に広がる副市を見やる。


「やはり僕たちが戦うしかないか、と」

「俺も戦うぞ。力を借りっぱなしでは不甲斐ない。ところで、おじょ……ナセリアも戦うのか?」


 アルフリスは、変装のために髪を二つに結んだセラーナを眩しそうに見つめる。


「勿論だ。彼女も貴重な戦力だ」

「致し方ないのか……」


 腕組みをするアルフリスに、ロベルクは頷いた。


「僕たちは門前広場で迎え撃つ。それで、リーシ……ウインガルド軍についてなんだが、門前広場に繋がる街路を塞ぐように布陣してほしい」


 その言葉にリーシが眼を剥く。


「君たちに何かあったら、彼らは……住民を逃がすための壁、か……」

「そうならないように、頑張るつもりだ。メイハースレアルにも付いてもらう。それより、副市の住民の避難は?」

「大丈夫だ」


 リーシの答えにロベルクは薄く微笑み、再びジオ軍へと視線を向けた。

 ジオ軍は休憩を終え、いつでも進軍できる態勢を整えていた。魔獣が立ち上がり、周囲の者によって気合いを入れられているのが見える。


「じゃあ……行こうか、アルフリス」


 ロベルクたちは魔獣の軍勢を迎え撃つべく、城壁を下りた。

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