第九十二話 『同時進行』

 同刻。

 セラーナは、メイハースレアルに連れられて廊下を駆けていた。日頃は仲間に歩速を合わせているセラーナだが、今は全力疾走しても僅かにメイハースレアルの方が速い。見れば走りに余裕があり、セラーナに合わせている素振りさえある。

 動力室へは、五人で歩いていたときよりかなり短時間で到着することができた。

 行方不明者の一人が収められた水槽の前に立つ二人。


「……動力槽を開く操作は、いま説明した通りだよ。それを、我が合図したら五瞬以内にやってほしいの」

「余裕!」


 セラーナの返事に頷いたメイハースレアルは、水槽の前を離れて動力室の中央に立つ。


「トーブ・ラニマート」


 メイハースレアルの呪文に反応して床が正方形に光る。光った部分はせり上がり、制御室にあったものと同じような操作卓が現れた。


「どの動力槽から始める?」

「じゃあ、この学者っぽい人から」


 セラーナが一段目の中程にある水槽を指さす。

 頷くメイハースレアル。


「行くよ……はい!」

「はい! ……よし完了」


 教わった通りの操作を行うと、目の前の動力槽に満たされた液体が排水され、蓋が開く。

 閉じ込められていた男が咳き込んだ。


「げほっ……ここは?」

「ウル遺跡よ。あなたは砂漠で捕まえられて、ここに運ばれた」


 水槽から這い出した男は、周囲に行方不明者が並んでいるのを見回す。異様な部屋に一瞬身震いしたが、姿勢を正し、自分を救ったセラーナへ上品に礼をした。


「あ……ありがとう。助かった」


 セラーナは返礼をしつつ、男の様子を観察した。

 学者かと思ったが、随分高貴な身のこなしだ。年の頃は二十代。レイスリッドやシャンリンと同年代か。身長は高く、細面だ。肌はヴィンドリアの民らしく浅黒いが、父親よりは明るい。縮れた髪は編まれている。


「あたしたちは、フルシャマルの族長ナムダール様から依頼を受けて、行方不明者を捜索していた冒険者よ。キアラシュさんの命の恩人でもあるわ」


 有名どころの名前を列挙して怪しさを緩和しつつ、そちらは? と促してみる。

 相手は暫し逡巡した様子だったが、頷いて口を開いた。


「私はフルシャマル族長ナムダールの息子、公子バオラードだ」

「あら、それはとんだご無礼を」

「構わないよ」


 畏まろうとするセラーナを、バオラードが制する。濃褐色の瞳と鷲鼻には確かに父親の面影を感じられた。


「どうしてこんなところに捕まったのか、伺っても?」

「ああ。実は私は、ウル遺跡の技術的価値に興味を持っていてね……」


 そこまで聞いたセラーナは、犯人の目星が付いてしまった。


「……ザドリー、ですか?」

「そうなんだ。彼に『宝物を超える価値のある浮遊大陸時代の技術を発見した』と言われて、好奇心に勝てず、つい……ね」

「ああ……そうですか……」


 セラーナは額に指を当てて天を仰いだ。


「そろそろいいかな」


 二人の背後から焦れた声がした。メイハースレアルが、先程とまったく同じ姿勢で二人の会話を待っていた。


「ああ、そうだった。ごめんごめん」


 謝りつつセラーナは、バオラードが動力室を興味深そうに眺めているのを見つけた。


「バオラードさんにも操作をお願いしたら、二倍の速さで水槽を開けられるんじゃない?」

「え? よいのか?」


 耳聡く反応するバオラード。眼が輝いている。

 メイハースレアルは頷いた。


われはいいよ。難しい操作でもないし、やってくれる?」

「勿論、喜んでやらせてもらうよ! ああ、古代文明の魔導器を自ら操作するときが来ようとは!」


 バオラードは喜々として自分が這い出した水槽の隣へと駆け寄る。


「バオラードはそこね。セラーナは?」

「じゃ、上でお願いするわ」


 セラーナは軽い身のこなしで二段目の水槽へと跳び上がった。





「ふんっ!」


 魔導像の振り下ろした前足を、アルフリスが戦斧で受け止める。降りかかる体液。


「どうした化け物? 再生速度が落ちているじゃあないか」

「この……新入植者風情がぁ!」


 もう一つのの前足が振り下ろされるのを察知したアルフリスは戦斧を引き、巨体を思わせぬ機敏さで回避する。

 その隙に、背後に回ったフィスィアーダが跳ぶ。


「氷槌!」


 大剣の先に、二抱えほどもある氷の塊が発生する。氷の塊は使い手の細腕からは想像できない速さで振り下ろされた。魔導像の甲羅は前半分がひしゃげ、亀裂が走った。


「うぐっ」


 圧迫されたザドリーの呻き声が、竜の口から漏れる。


「原始的だけど、効果はあった。やっぱり甲羅が魔法の阻害を担っていたのね。主?」

「じゃあ試すぞ。……シャルレグ、凍気の閃き。凍結させて砕け!」


 ロベルクの命により、再びシャルレグが実体化して口を開く。青い光条のような息が放たれ、回避し損なった魔導像の右の翼を消し飛ばす。


「ぐうっ、おのれぇ!」

「既に再生していないに等しいな!」


 指摘どおり、魔導像の翼はいつまでたっても再生しない。数瞬待っても傷口が塞がった程度だ。


「セラーナとメイハースレアルがうまくやっているのだろう。こちらも踏ん張りどころだ!」


 反射的にアルフリスが踏み込んだ。


「たたみかけるっ!」


 そのまま真正面から魔導像に駆け込む。

 魔導像はこれ幸いと噛み掛かる。

 アルフリスは大盾を構える。

 竜の口が大盾を咥えた。


「その盾は鉄製! 喰うには時間が掛かろうが!」


 アルフリスが腕から盾を離す。首をかかげ盾を噛み砕こうとする魔導像の前足の先でアルフリスは戦斧を振りかぶった。


「ぬうん!」


 両手を用いた渾身の力で戦斧を振り上げるアルフリス。

 竜の首はその半分程を叩き斬られ、力なく垂れ落ちた。


「よし! シャルレグ、もう一度凍気! 狙っていくぞ!」


 ロベルクは霊剣を左手に持ち替え、右の手刀を振り上げる。それに連動してシャルレグの首も狙いを定めた。


「ここだ!」


 ロベルクが手刀を振り下ろすと、シャルレグが青く輝く凍気を吐き出す。一直線に伸びたそれは、魔導像の首を皮切りに、上半身三分の一を逆袈裟に両断した。

 半ば切断された竜の口から、魔導像のものともザドリーのものともつかぬおぞましい叫び声が迸る。そして巨体は傷口から凍った体液の欠片を散らしながらゆっくりと倒れた。


「…………」


 一同は慎重に魔導像の残骸を観察する。再生する兆しはないようだ。

 甲羅の背部が硬質な音を立てて開き、最期の力でザドリーを吐き出した。

 ザドリーの両腕は無残に潰れ、あらぬ方向を向いていた。口からは血が滴っている。内蔵を損傷しているようだった。彼は焦点の定まらぬ眼を薄く開き、一筋、涙を流した。


「シャハーブ……様……大陸を……お手に入れ……」


 そこまで言うと、ザドリーは事切れた。

 己の血統の価値に気づき、古代への扉を開いた男は、古代の力を一度は手にしたものの、力の万能性に取り憑かれて道を誤り、新しき文明からの使者に討たれることとなった。彼の生き様はまるで、浮遊大陸時代終焉の縮図のようだった。

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