第九十一話 『古代技術の魔導像』
ロベルクたちとザドリーの間に割って入ったのは巨大な獣だった。虎の身体から竜の首と尾が生えている。背は亀の甲羅に覆われており、さらに火に覆われた翼が熱風を撒き散らしている。毛皮や眼に生気がなく、その隆々たる肉体には魔法陣を刻んだ金属の装甲が埋め込まれ、とても生命活動を営んでいるとは思えなかった。
「肉で作った魔導像かっ⁉」
ロベルクたちはそれぞれの得物を抜き放ち、半包囲して戦闘態勢を取る。
「ただの魔導像だと思うなよ!」
ザドリーは叫ぶなり魔導像に駆け寄り、その尻に飛び付く。
同時に甲羅の背部が開き、彼の身を飲み込んだ。
「何をしている⁉」
「同化……したの?」
「乗り込んだように見えますぞ!」
ロベルクたちの驚きをよそに、魔導像の口からザドリーの声が響いた。
「おお、これは思った以上に力強い。動作も滑らかだ。これならば魔導像一体でヴィンドリア王軍を一網打尽にできることだろう。シャハーブ様もお喜びになる!」
呵々大笑するザドリー。
その言葉を聞いて、ロベルクは首を傾げた。
「それほどの技術を手にしながら、なぜ自分が頂点に立とうとしない?」
「はっ!」
ザドリーは疑問を一笑に付した。
「私が支配者になってしまっては、浮遊大陸の研究が滞ってしまうではないか。私は支配になど興味はない。シャハーブ様こそ、愚民どもを正しく導く器を持ったお方! 私は遺跡の謎に挑み続ける。ゆくゆくは東大陸を再び空へ浮かべ、シャハーブ様へ世界の支配者としての地位を捧げるのだ!」
魔導像が火焔の混じった息を吐いた。小剣程もある爪の生えた丸太のような前足を振り上げる。
「……受け止めていい大きさじゃないな」
ロベルクは抜き身の霊剣を握ったまま、氷の王シャルレグを呼び出した。
魔導像と睨み合うロベルクたちの背後に、メイハースレアルの声が投げかけられる。
「左の操作卓に色分けされた突起があるから、それを
その声をきっかけに、魔導像が前足を振り下ろしてきた。
四人は同時に跳び退る。
セラーナは着地から即座に操作卓へ走り込む。
「あたしがやる!」
「させるか!」
魔導像がザドリーの声で叫び、セラーナの動きを追う。
「氷の檻。凍土に鍛えられし硬き硬き檻、そびえろ!」
「極地の空を優しく包みし氷の帳、全てを受け止めよ!」
ロベルクとフィスィアーダが同時に氷の精霊を使役する。セラーナと魔導像との間に透明な格子が立ちはだかり、さらにそれを新雪のような分厚い壁が包み込む。
大振りで振り下ろされた前足は柔らかな音と共に雪の壁に受け止められ、爪が王女の柔肌を捉えることはなかった。
廊下からすかさずメイハースレアルの声が響く。
「動力槽解錠許可、いくよ!」
「任せて!」
「赤、黄、緑、赤、同時に決定と実行!」
「終わった!」
セラーナが操作卓の突起を押し、即座に叫ぶ。
操作卓の上にあった硝子板の一部が赤から緑に変わった。
一撃で破壊できない格子に怒りを募らせるザドリーは、猛然とロベルクに迫る。
「凍気よ舞え、金剛石の如く。肉体を内より破壊せよ!」
一振りされた霊剣から氷の粉を含んだ風が、先の景色がぶれる程の激しさで迸った。
顔面を打ち据えられた魔導像は、長い竜の首が災いして大きく仰け反り、壁際まで追い払われた。
「やったか?」
アルフリスの言葉に反応するかのように、氷粉の
「火焔の息が来る!」
ロベルクの叫びと共に、一同はその場を跳び退る。
一瞬まで立っていた場所に、火焔の息がまるで鞭のように打ち付けられる。
「おいロベルク、全然効いていないじゃないか!」
「何だアルフリス、ようやく名前を呼んだな」
「ふざけてるのか! 共闘せざるを得ないということを自覚しているだけだ!」
「全く、お前の言う通りだ」
「
フィスィアーダが会話を遮って指さす。
魔導像は口から火の粉を溢しながら音声を発した。
「精霊魔法及び新しき魔法の阻害、そして遺跡から無限に得られる再生能力。この魔導像に死角はない!」
ザドリーの勝ち誇った声と共に、燃えさかる翼が振り下ろされる。
散開して間合いを広げる三人。
「どうするんだロベルク!」
「いや、これでいいのさ」
「は⁉」
「はっ!」
アルフリスの疑問と、ザドリーが息を飲んだのはほぼ同時だった。
「青、青、黄、黄、緑、赤、緑、赤、決定、実行!」
「やったよ! これは?」
「浮遊大陸制御装置に対する不利益行動認可だよ! セラーナはこっちに来て、動力槽の解放を手伝って」
「わかった!」
制御室を駆け出すセラーナを愕然と見つめる魔導像。
「何と……」
「魔導像の強さに驕り、注意を怠ったな」
ロベルクは剣先を魔導像へ向ける。シャルレグが霊剣へと戻り、周囲の空気を凍てつかせた。
「こっちの第一の目的は、お前を倒すことじゃないんでね」
剣先を背後に隠す独特の構えをとるロベルク。ほぼ同時に全身を
「な――」
ザドリーが呻き声を上げた瞬間には虎の前足が左右から斬り裂かれ、ロベルクは元の場所へと駆け戻っていた。
「――んだと⁉」
「名付けて『月の剣・双弦月の舞曲』!」
ロベルクは剣先を払い、凍結した魔導像の欠片を落とした。体勢を整え、魔導像の傷を注視する。
魔導像の傷が煙と共に塞がっていき、じきに傷跡は消え失せた。
「どうだ、この再生能力!」
「完治までだいたい五瞬(約十秒)か。十分やれるな」
「ほざけぇ!」
魔導像は後ろ足で立ち上がり、一行の遥か頭上にある前足を振り上げた。
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