第九十三話 『御使いは役割を終える』
ロベルクたちは呼吸を整えると、得物を鞘に収めた。
アルフリスが、小剣ほどもある魔導像の爪を蹴飛ばす。
「現代人が少し研究しただけで、この強さか……」
「肉の魔導像なんていう代物も、浮遊大陸時代ならではってところだな」
言いつつロベルクは、シャルレグを使役して体液の滴る魔導像を冷凍し、部屋の隅に押しやった。
戦闘の汚れをある程度取り除いて休憩できる環境が整った頃、セラーナとメイハースレアルが中央制御室に戻ってきた。
「ただいま」
別働隊として動力室の行方不明者を解放していた少女たちの帰還に、戦闘の疲れを癒やしていた制御室組も顔が綻ぶ。
セラーナに駆け寄るロベルク。
「お疲れ様。水槽に繋がれていた人たちは?」
「全員無事解放よ。長い通路を歩かせるのは危ないから、動力室で待たせてあるわ」
ロベルクとセラーナは手を相手の背中に回せそうな距離で再会を喜び合う。
「近い! 近いぞ! お嬢から離れろロベルク!」
二人の接近を見付け、丸太のような両手を振り回すアルフリス。
ロベルクとセラーナは合わせたように小さな溜息を吐くと、苦笑しながら離れた。
「あのぉ……」
入り口の方から、遠慮がちに声がかけられた。
振り向くと、扉の外で指をもぞもぞさせながら上目遣いに一行を見上げるメイハースレアルの姿があった。
「再会を喜び合っているところ申し訳ないんだけど……
彼女の言葉で我に返る一行。
「ああ、そうだった」
「メイハースレアルのお陰で行方不明者を解放できたんだもの。あたしたちもちゃんとお礼をしないとね」
一行は扉の近くに集まった。必然的にメイハースレアルとの距離も縮まる。
精霊使いであり恐らく作業を請け負うロベルクが口を開いた。
「で、具体的にどうすればいい?」
「部屋の中央、床下に我を封印している積層魔法陣があるの。それに御使いと精霊王の精霊力を注ぐ。すると過負荷が掛かって壊れるはずだよ」
アルフリスが無言で身体を仰け反らせる。当然だ。彼女の話は「神々が集まって魔法陣を殴る」と言っているのに等しいからだ。
ロベルクが腕組みをする。
「成程、それはちょっとやそっとの域を出ているな」
セラーナが頷く。
「うん。でも、まずはやってみましょ。その積層魔法陣っていうのは、やっぱり、この操作卓を使うの?」
「そうだよ」
早速操作卓の前に陣取るセラーナ。
「じゃ、操作の手順を」
メイハースレアルが「ん」と短く答えると、その瞳が一瞬輝く。そして幼さの残る口から操作手順が紡ぎ出された。
「赤、黄、緑、赤、決定、決定、実行、決定と実行、決定と実行、決定と実行、実行、決定と実行」
「うわー。流石は最重要施設ね」
言われた通りに突起を押し込むと、部屋の中央の床が丸い口を開け、中から巨大な円柱がせり上がってきた。円周は大人十人が手を繋いだ程もあり、高さは最も上背のあるアルフリスと同じくらいだ。柱の内部からは風が流れるような微かな音が伝わってくる。
「一体、何層の魔法陣が重ねられているか、想像も付かない代物だな」
「千百二層だよ」
答えたメイハースレアルは続いてセラーナに指示を出す。
「次に余剰魔力放出弁の閉鎖、いくよ……緑、緑、実行、黄色、赤」
「できた」
鍵を掛けるような小さい音が響く。音を確認したメイハースレアルは、満足げに微笑んだ。
「じゃあみんな、精霊王を出して」
ロベルクとフィスィアーダは頷くと、自身の使役する氷の王を呼び出す。フィスィアーダの呼び出した氷の王は、ごく薄い藍色に輝く透明な狼の姿をしていた。耳の後ろには三対の角が生えている。彼女が付けている髪飾りと同じ意匠で、シャルレグとお揃いだ。
セラーナとアルフリスに冷気が及ばないようロベルクが守ってはいたが、空気の揺らぎや靄の様子だけで二人は十分寒さを体感していた。
巨大な精霊力に満足したメイハースレアルも、使役する生命の王を召喚する。
その姿は子どものユニコーンだ。
一同が気高くも可愛らしい姿に見入る中、メイハースレアルは扉の外から生命の王を部屋の中へ進入させる。
三体の精霊王が揃い踏みする様子に、アルフリスだけでなく、日頃からシャルレグを見慣れているセラーナでさえ唖然とさせられていた。
「形は気にしなくていいから、我が合図したら純粋に精霊力を注入して」
扉の外からメイハースレアルの声が掛かる。
「わかった」
ロベルクとフィスィアーダは、魔法陣を睨みながら頷いた。
「いくよ……三、二、一、はい!」
メイハースレアルの合図と共に、二柱の御使いと三体の精霊王が力を開放する。光りを帯びた精霊力は魔法陣にぶつかり、吸い込まれた。
数瞬の後、木の枝を捻るような音を立てて円柱全体に亀裂が走った。同時に唸るような音が消える。僅かに漏れ出ていた精霊力や魔力も消え失せた。
「これで、解放された……のか?」
「うん……」
メイハースレアルの喜びの表情に、微かな影がよぎる。千年もの間遺跡に封印され続けていた為、解放された実感がなかなかやってこないようだ。
重たそうに靴を持ち上げ、今まで入ることの叶わなかった中央制御室の中へ怖々と一歩を踏み出す。
一歩、二歩……
「うまく……いったな」
ロベルクの呟きにメイハースレアルの顔がぱっと綻ぶ。
「やったよ、お兄ちゃん!」
駆け出したメイハースレアルはロベルクに飛び付いた。
「あーっ!」
室内に悲鳴が響き渡る。
ロベルクが振り返ると、セラーナとフィスィアーダが眼を丸くしてわなわなと震えていた。
「どうした、二人とも?」
急にロベルクに呼ばれ、無意識に叫び声を出してしまったセラーナは赤面しながら取り繕う。
「え? あ? ほら、神様があんまり『命ある者』とベタベタするのは……ねえ?」
「ロベルクは我の
「ええっ、フィスィアーダも⁉」
「二人とも、一体何があったんだ?」
「もうっ!」
フィスィアーダの爆弾発言にも反応せず、胸にメイハースレアルを貼り付けたままきょとんとするロベルクに、セラーナは必死で訴える。
「ロベルク! 何とか言ってよぉ!」
「あ、ああ」
察したロベルクは優しくメイハースレアルを引き離すと、微笑みかけた。
「メイハースレアル、君の仕事はついに終わった。ウルは力を失い、安らかに眠る……本当の意味で遺跡になるだろう。千年もの長きの間、管理の仕事お疲れ様」
「ありがとうね、お兄ちゃん!」
メイハースレアルは屈託のない笑顔を浮かべた。が、むくれたセラーナとフィスィアーダを見付け、そのまま三歩程後ろへ下がった。
「お姉ちゃんたちもくっつきたいみたいだから、譲るね!」
急に話題を振られたセラーナは、さらに慌てる。
「ちょ……何言ってるのよ、この子ったら! おほほほほ」
「セラーナが行かないなら、我が――」
「だ……だめー!」
「お嬢! なりませんぞ!」
せめぎ合うセラーナとフィスィアーダ。
必死で引き離そうとするアルフリス。
「え? え?」
ロベルクは急に始まった三人の追いかけっこに、訳がわからず頭を抱えるのだった。
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