第八十四話 『裏の裏をかく』

 ロベルクたちは早速、アルフリスの元を訪れた。

 アルフリスは形式的にへりくだっているロベルクの顔を見るなり、苦虫を口一杯に頬張ったような顔をした。


「何……の……用……だ?」

「隊長。僕たちは敵が岩山を迂回して我らの側面を突いてくると予測している」

「ふざけるな! そんな戦法は理に適っていない!」

「アル……じゃなかった、隊長! あたしたちは意図的に孤立させられているわ。敵が魔物ばかりだからと甘く見るべきじゃないわ!」

「はっ! ……いや、うむ。理に適っている」

(大丈夫か、この隊長……)


 呆れるロベルク。

 アルフリスは即座に下馬して頭を垂れたいような痙攣を起こしながら、威厳ある態度を維持していた。


「ですが……いや、だが我々が受けた命令は『待機』。簡単に陣を移動させるわけにはいかない。前面を北東に向けるか……?」

「アル……隊長! 作戦行動は多少の不備があっても迅速であることが大切よ!」

「しかし俺はフルシャマル家に雇われている身……」

「いつまでもウジウジと……あたしが行く!」


 煮え切らないアルフリスに、セラーナは爆発した。


「なりま……ならん! そんな危険な任務に……」

「危険な任務に多くの兵は割けないわよね? 人員はあたし、ロベルク、フィスィアーダの三人でいいわ」

「将としては、大局を見据えるべきだな」


 ロベルクが軽く挑発してやると、アルフリスは唸り声を上げた。

 と、背後から二人の傭兵が近付いてきた。


「その偵察、俺たちも一枚乗らせてくれ。減る人員が二人変わろうと影響はないだろう」


 振り向くと、先刻話しかけてきた曲刀の男が橙色のマントを身につけた女性と共に近付いてきた。


「危険だぞ?」


 ロベルクが言うと男は手をぱたぱたと振った。


「そこそこの腕はあるつもりだ。実は隊長から一本取ったことがある」

「二十七本目に引き分けただけでしょ」


 男はマントの女性にからかわれて一瞬むっとするが、すぐに表情を和らげてロベルクに詰め寄った。


「な、いいだろ? お前が予測した未来を俺にも見せてくれ」


 人の良さそうな男の表情に、ロベルクは逡巡する。戦力や信頼というより、隊全体の生存率についてだ。


(あのアルフリス相手に、二十七本目とは言え引き分ける……相当の実力だ)

「構わない」

「貴様が決め――」

「た・い・ち・ょ?」


 セラーナの静かな物言いに、アルフリスは怒気を消し飛ばした。


「よし! 岩山の東を迂回する経路で偵察活動を行う! お前たちもこの三人について行ってくれ」

「よっ、隊長。話がわかるねえ! 俺はナヴィド。こっちはアーリンだ。アーリンは回復特化の生命神アルマッハ・ティーヒエの司祭様だから役に立つぜぇ!」


 ロベルクはナヴィドの勢いに乗って、アルフリスの気が変わらないうちに出発することにした。




 

 ナヴィドとアーリンを加え五人になった一行は、隊伍を離れて岩山の東へと向かった。

 岩山と呼ばれてはいるが、外周はフルシャマルの約半分ほどであり、山と言うよりは巨大な岩石と言った方が適当だろう。表面は身を隠せる凹凸や穴が存在し、偵察する側にとっても都合がよい。


 ロベルクたちは岩山の裾まで来ると、アルフリス隊が見えない程度に回り込み、そこから城壁くらいの高さまで山を登った。


「ロベルクよお、敵はいつごろ来るんだ?」

「しっ」


 緊張を見せないナヴィドに、ロベルクは黙って先を指さす。

 岩山の先に、砂煙が巻き上がっている。それはかなりの速さで迫り、直に人影となった。


「本当に来やがった!」

「移動が速い。数はアルフリス隊の約半数……五百ってところか。奇襲するには十分な兵力だ」


 呟きつつ、氷の王シャルレグを召喚するロベルク。

 驚いたのはアーリンだ。


「私たちだけでやるんですか?」

「そうだけど?」

「え……」


 素っ頓狂な声をすんでのところで飲み込むアーリン。


「十や二十じゃないのよ?」

「十も五百も変わらないよ。とりあえず、ここに氷の城壁を立てる。引き返してくれればそれでよし、敵が侵攻をやめなかったら、こちらも攻撃する」


 ロベルクの眼の奥では彼我の動きが何通りも想定されていた。


「我がやろうか?」

「大丈夫だよフィスィアーダ。城壁の一つや二つ、君の手を煩わせる間でもない」


 規模が大きすぎて反応できなくなったナヴィドとアーリンを前に、ロベルクはシャルレグに命令を下す。


「美しく堅牢なる城壁、長城。稜堡と城塔は威容を競え、矢狭間は残酷に彩れ……」


 一陣の寒風が吹き抜ける。

 大地が引き裂かれるような音が響く。

 砂上に氷の線が延び、次の瞬間には分厚い氷の壁が天に向かって伸びた。壁はロベルクの足元で成長を止め、視界の先まで延々と続く巨大な城壁が完成した。


「さあ、迎え撃とう」


 ロベルクは氷の城壁へ一歩踏み出した。

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