第八十五話 『奇襲部隊の正体』

 氷の城壁の上に降り立ち、迫る敵軍を待ち受ける五人。

 その間にも敵軍が迫り続け、肉眼で姿が確認できるようになった。

 眉を顰めるロベルク。


「騎兵か? 魔物じゃないぞ」

「ウルの魔物に協力する人間や妖精がいるってこと?」

「わからない。あるいは協力いるのかも知れない」

「武装がおかしいわ」

「曲刀、剣、槍、斧……鎧もバラバラ。揃いじゃないってことは、正規軍じゃない。傭兵か、もしくは協力させられている線が濃厚になってきたか」

「それだけじゃないわ。後衛を見て」


 駱駝に騎乗した軍勢を指さすセラーナ。

 その先には、網や刺又を持ち、駱駝に縄を括りつけた一隊が攻め寄せていた。

 カンムーでの逃走劇を思い出し、一瞬奥歯を噛み締めるロベルク。


「生け捕り用の武装? でも何故……」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」


 突然、背後で素っ頓狂な声が上がった。

 振り向くと、ナヴィドが表情を固くして攻め手を指さしていた。


「ほら……あの先頭の、真ん中よりちょい左で、槍を持っている奴だ」

「ああ、頭に赤い布を巻いている男か。あれがどうかしたか?」

「この前行方不明になった、俺の友人だ」


 三対の視線がナヴィドに向けられた。

 ナヴィドは幽霊でも見たかのように、友人だという敵兵を凝視している。

 彼の背後ではアーリンが俯いていた。

 冒険者仲間だったのだろうか。

 ロベルクは二人の表情を交互に見比べると、頷いた。


「よし、捕獲しよう」

「できるのか?」

「捕獲するところまではね。何でこうなったのか、教えてくれるといいんだけど」


 迫る敵兵に眼を向ける。

 敵は飛び道具を持っておらず、氷の城壁に向かって距離を詰めてくる。

 ロベルクは霊剣を鞘から抜き放ち、敵軍に向かって切っ先を向けた。


「現れよ、氷の牢獄。等しく拘束せよ!」


 ロベルクの命令に、氷の王シャルレグが吼える。

 灼熱の砂が蠢き、無数の氷の柱が天を刺し貫く。

 五百の兵士は、それぞれが氷の独房に閉じ込められた。

 敵兵の進軍が止まったのを確認し、ロベルクたちは城壁を下りる。


「五百個の牢屋……壮観だなぁ」


 ナヴィドの声色は感心と言うよりも畏怖の響きを奏でていた。

 ロベルクはにやりと笑うと、ナヴィドの知り合いだという男が閉じ込められた牢屋へと向かう。

 男はぎりぎり座れるかという広さの中に閉じ込められていた。表情はなく、氷の格子を蹴りつけ、槍を振ろうとしては石突きや穂先をそこかしこに引っ掛けていた。視界にロベルクたちを見付け、ぶつぶつと呟き始めた。


「……敵軍を発見。捕獲作業に入る」


 正気を失ったかのような男の言動に、ナヴィドがおののく。


「ロベルクよお……こりゃあどういうことだ?」

「思考を封じられているのか? 精神を司る闇の精霊力には異常は感じられないが……」


 訝しみつつ、ロベルクはフィスィアーダの表情を確認する。

 フィスィアーダは無言で氷の牢屋へ近付くと、頷いた。


「生命の精霊力に微弱な異常があるよ」

「生命? 脳に作用しているのか?」

「うん、すごく小さい異常。それと、糸みたいに北の方へ伸びている」

「北? ウル遺跡と何か関わりがあるのか?」

「ウル遺跡に操られているのかも」


 ロベルクは、捕らえられた男に正対すると、精霊を察知すべく集中する。眼を見開き、掌をかざし、フィスィアーダの感知したものを探る。


(小さく、細かく……僅かな変化を探せ……)


 男の頭頂から異質なものを感じる。さらに集中力を研ぎ澄ますと、ようやくうっすらと糸のように伸びた生命の精霊力を感知することができた。

 命ある者の仕業とは思えない細さ。隠蔽することを目的とした精霊力の糸だ。並みの精霊使いでは発見することすら叶わなかっただろう。


「糸は……切っても大丈夫か?」

「記憶を隠して書き換えているだけだから、雑に切っても問題ないよ」

「よし」


 ロベルクはシャルレグに糸の切断を命じる。生命の精霊力が糸になっている場所へ、氷の精霊力を割り込ませる。


「細いのに……随分繋がりが強いな……」


 糸に差し込む精霊力を強める。

 不意に抵抗が途切れ、遺跡の方角から延々と繋がっていた精霊力の糸が絶たれた。

 我に返った男は、状況を把握できずせわしなく周囲を見回した。


「俺は一体? 確か、遺跡に向かう途中で野宿して……」

「自分を取り戻したな。お前はウル遺跡に操られていたようだ」

「何だと……」


 男は閉じ込められている氷の牢屋やナヴィドとアーリンを見比べていた。

 うまく正気を取り戻すことができ、ロベルクは一息ついた。


「糸を切るのに結構力が要る。五百人分切るのは一苦労だ」

われも手伝うよ」

「助かるよ、フィスィアーダ」


 ロベルクとフィスィアーダは気合いを入れると、閉じ込められた敵兵から生えた精霊力の糸を切り始めた。

 全員分の糸を切り終わると、ロベルクは氷の牢獄を消し去り、氷の城壁へ上って呼びかけた。


「僕達はフルシャマル軍、傭兵団所属の斥候部隊だ」


 馴染みの街の名を出されて、操られていた人々はロベルクの話に聞き入った。


「あなたたちは何者か――恐らくウル遺跡に操られ、フルシャマル軍を攻撃すべく進軍していた」


 混乱覚めやらない元奇襲部隊は、言葉もなくロベルクの話を聞き続ける。


「操っていた力は、僕達が消し去った。操られていたことを是としない人たちは、僕たちと一緒に傭兵団を指揮するアルフリス隊長の元へ来てほしい。僕達は三人の精霊使いを擁しており、あなたたちが操られていいように使われていたことを証明することができる。安心してほしい」


 元奇襲部隊の面々から安堵の声が漏れた。

 うまく説得して胸をなで下ろすロベルクにセラーナが囁きかけてくる。


「名演説ね、ロベルク」

「柄じゃないよね」

「ううん。聞きたくなる雰囲気があった」


 ロベルクを見上げるセラーナ。漆黒の瞳は、信頼の光で輝いていた。





 ロベルクたちは元奇襲部隊を引き連れて自陣へと引き返した。

 五百もの兵が迫る様子に、傭兵部隊の陣は騒ぎになりかけたが、アルフリスが陣頭に立ち、セラーナが手を振りながら戻ってきたのを自身の眼で確かめたため、余計な揉めごとが起きずに済んだ。

 アルフリスが下馬し、セラーナの前に転がり出る。


「よくぞご無事……いや、つつがなく偵察を終え、奇襲部隊を無力化したこと、大儀であった」

「ね、五人で十分だったでしょ? それに、予想外の戦果もあったし」


 セラーナが胸を張ってアルフリスを見返した。


 「う……うむ」


 アルフリスはロベルクたちの背後で待機する五百人の帰還者を眺めた。ナヴィドの話によれば、行方不明者は遺跡の力に操られていたということだ。

 遠くからラッパの音が聞こえてくる。

 どうやら中軍、左翼ともウルの軍勢を撃退したようだ。

 傭兵を手柄から遠ざけるために待機命令を受けていたアルフリス隊は、奇しくも労せずして多くの行方不明者を保護するという手柄を立てることとなった。

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