第三十七話 『眼前に迫る』

 リグレジーク城の西向きの正門には北から順に――つまり南から攻めるママドゥイユ軍にとっては手前から順に――『騎士の橋』『王の橋』『貴族の橋』があり、その三つの橋だけが跳ね橋ではなく石造りになっていた。その他の橋は全て跳ね橋になっており、いつでも収納することができる。リグレジークの特権意識が具現化したような構造であった。


 数師団に壊滅的な打撃を与えたロベルク達が物陰に隠れて城門を窺っていると、『騎士の橋』『貴族の橋』の奥にある門が大きく開かれ、予想通りに温存されていた騎士と長槍兵が吐き出された。

 概算で、大体二千人弱。最低限の守りを残して、ほぼ全軍が出陣していった計算だ。


「これで人員的には五分と五分。今までと同じ気迫で戦えば、戦況はこちらに傾く」


 レイスリッドは敵陣を眺めて言った。

 自陣は、魔法攻撃の構えだ。慢心せずに苛烈な攻撃を加えるつもりのようである。


「よし、どうやらうまくいったようだ。今のうちに行こう」


 ロベルクは呼びかけた。

 三人が続く。

 四人は『騎士の橋』を渡って門の前に着いた。

 案の定、近衛部隊の出撃後は重厚な鉄格子の門が下ろされ、いくつもの長方形に区切られて見える庭と四人が立つ橋とを隔てている。


「あたしの出番ね」


 セラーナが一歩前に出た。

 何を、と問う間もなく彼女は司祭衣の裾から鈎爪の付いた縄を取り出すと、鈎爪の部分を城壁の上に放り投げた。それは見事に頂上の矢狭間に引っかかり、侵入経路を作り出す。


「ちょっと待ってて」


 セラーナは縄を引っ張って鈎爪の掛かり具合を確かめた。その技能の熟練ぶりに唖然とする一同を尻目に、まるで平地を駆けるような速さで壁をするすると登っていく。そしてあっという間に城壁の内側に消えていった。


「……何なんだろうな、あれ」

「ああ。僕も知れば知るほどわからなくなってくる」


 レイスリッドの呟きに、ロベルクは引き上げられた縄を目で追いながら答えた。


 そうこうしているうちに、重い回転音が聞こえたかと思うと、城門がゆっくりと開き始める。人の高さほど門が開いたところで、何事もなかったかのようにセラーナが顔を出した。


「見張りに遭わなくてよかった」

「凄い技だね」


 毎度の事に、ロベルクが感心する。


「淑女の嗜みよ」

「最早、淑女と言うより、大盗賊の域だ」

「何か言った?」

「べ……別に」


 ロベルクの狼狽ぶりに、一同から小さく笑いが起こる。ロベルクは助けを求めて、仲間の顔を見やった。レイスリッドが気を利かせて声を掛ける。


「さて、いよいよ城の中だ。近衛兵が百人は居るはずだから、気を引き締めて行こう」


 その言葉に四人とも笑みを収め、開いた門の中に視線を向けた。


「目指すは……」

「ナイルリーフ!」


 ロベルクの言葉を合図に、四人は一斉に城の中へと駆け込んだ。





 城の中はさほど乱れた様子もない。リグレジーク軍の内部では、今回の戦闘は戦と言うよりも暴徒の鎮圧くらいにしか思っていない者が多かったのだろう。負けるとか、籠城するとか、そういった悲壮感を漂わせるものはなかった。王位を剥奪しようとしているママドゥイユ軍の気迫と比較するに、その危機感の欠如は安全と思われていた場所ほど深刻に蔓延していた。


 近衛兵との組織的な戦闘はなかった。散発的な戦闘は行われたが、ロベルク達は概ね順調に上階へと進むことができた。


「随分あっけないな」


 ロベルクは近衛兵を斬り捨てながら、首を捻った。敵の近衛兵は、野戦に出ていた一般兵と比較すれば相当の腕利きが集められた集団であったが、対するロベルクは『月の剣』を会得し、さらに一騎当千のレイスリッドや騎士隊長達に鍛えられてきているので、たいした障害にもなっていない。国王を護衛するどころか、板金鎧を薄紙のごとく斬り裂かれ、床を血の色で舗装する役にしか立っていなかった。


「どこか……おそらく王の周囲に集まって、守りを固めているんでしょうね」


 リニャールが血の滴る戦斧を一旦壁に立てかけ、盾に刺さった太矢を抜きながら答えた。


「お。リニャール、分かってきたじゃないか」


 レイスリッドがリニャールを褒める。


「ええ。帰ったら聖騎士かも知れないんですから、色々考えていますよ」


 リニャールは輝かしい未来を想像し、それでも控えめに笑った。


「もうすぐ謁見の間のはずだ。聖騎士のことは帰ってから考えよう」


 ロベルクは気を引き締めた。





 城の最上階。

 眼前には巨大な観音開きの扉がそそり立っていた。この奥には謁見室があり、恐らくクラドゥ国王と宮廷魔術師のナイルリーフが待ち構えている。


 まずセラーナが音もなく扉に擦り寄る。鍵穴に手鏡を斜めに差し出して鍵穴の内部の機構をざっと確認した。


「何か飛び出したり、破裂したりすることはないようね」


 彼女は続けて肉眼で鍵穴を確認すると、司祭衣の裾から細い鈎のような物を取り出して内部を軽く撫で回す。


「……鍵も掛かっていない。多分、開けた先にも罠はないわ。国王と、たくさんの騎士が見えるから」


 それを聞いて、ロベルクとレイスリッドが進み出る。二人はそれぞれ左右の扉の取っ手を握った。


「いいか、開けるぞ」


 ロベルクが全員に目配せをする。

 三人は頷いた。


 ロベルクとレイスリッドは互いに呼吸を合わせ、気迫が高まった瞬間を狙って、重厚な扉を押し開いた。

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