第三十三話 『彼我の戦力』

 ヴィナバードにおいても、戦の準備が行われていた。

 総ての聖騎士、聖兵に出陣の準備が命令された。

 市民軍には糧食が配給され、最低限の防衛力を残してほぼ全軍の出陣が通達された。

 ヴィナバード全体が慌ただしく動き始めていた。


 出陣を前に、北西のワルナスから使者がやってきた。

 恭しく捧げられた手紙をミーアが受け取る。その横ではレイスリッドが、表情こそ毛ほども動かしてはいないが、手紙の内容によって作戦に変更が出る可能性についてあらゆる角度から思案していた。

 内容は、ワルナスがヴィナバード総主教ミーアの意向に同意し、ママドゥイユに恭順の意を示すというものであった。


「一つ懸案が減った」


 二正面作戦のリスクについて計算を巡らせていたレイスリッドが安堵の言葉を漏らす。


 ワルナスは先の戦で多くの負傷者を出したが、死者はさほど多くなかった。故にレスティカーザから出兵命令があれば兵を出すことはできた。だが、センディラット卿を始めとしたワルナスの民は、不死の魔物の発生に対して、ひたすらに城門を閉じ続けたレスティカーザより、大増殖前に討伐してくれたヴィナバードに対して恩義を感じている者が多かったのだ。

 そのために今回、レスティカーザと袂を分かつ決意をしたということなのだろう。


 念のため、市民軍の一部を「援軍」という名目でワルナスに派遣することにし、ワルナスの監視とレスティカーザ軍に対する防衛力の増強を図ることとした。





 聖騎士団がママドゥイユに到着した時、侯爵の軍勢は北の町外れに集結し、いつでも出発できる状態になっていた。


 今回、聖騎士団の所属ではないロベルク、レイスリッド、ミーアの付き人として名乗りを上げたセラーナ、特務として聖兵団から出向しているリニャールは、士気向上のために督戦に来たミーアの後に付いてママドゥイユ候の謁見室に居た。


 侯爵はミーアをエスコートして高座に導くと、自身は一段下がった場所に立った。


「この度の決断、感謝します」


 ミーアは威厳のある声で侯爵に言葉を掛けた。


「恐悦至極に存じます。ラウシヴの守護者の筆頭に推挙いただくなど、この上ない誉れにございます」

「共に手を携え、自由の許される国を築きましょう」


 ミーアと侯爵の会談は和やかなまま営まれた。


 出陣前には、将たちが謁見室に集められた。

 ミーアから再度、ママドゥイユ候エクゾースをラウシヴの守護者とする宣言が為され、侯爵がクラドゥを討つ正当性が強調された。


「重要なことは、クラドゥⅡ世を討つことです。リグレジーク軍を討つことはあくまで副次的な物であるということを肝に銘じてください」


 ミーアは、この戦の目的はラウシヴの教えを蔑ろにするクラドゥを廃することであり、戦は目的ではないということを再度確認した。


 しかし、相手は今まで強大な権力をほしいままにしてきた国王であり、軍事力も巨大である。出陣に先立ち、ママドゥイユでは各都市で募兵が行われた。酒場街は、傭兵として一旗揚げようとする冒険者たちでにわかに活気づいていた。


 ママドゥイユでは、多くの妖精が従軍に志願した。妖精たちは通常、人間の文化とは一定の距離を置くことが多いが、今回の募兵では、旅団が形成できるほどの妖精が志願していた。ちなみにエトラルカ大陸の軍制では大抵、一旅団は約五百名の兵士で形成され、さらにそれが五つ集まって一師団が形成される。人員増強された聖騎士団でも全体で約六百名であるから、いかに多くの妖精たちが従軍することになったかがわかる。


 さて、妖精たちは強力な能力を持っていたが、同時に強い個性も兼ね備えていた。彼らはレスティカーザの英雄、ロベルクに指揮されることを希望した。侯爵も、人間の将校に彼らを御することは不可能であると察してそれを了承し、ロベルクは歓喜の声と共に将として迎えられた。


 ロベルクは将となったが、リグレジークの門を落とした後でやらねばならない事があった。

 クラドゥの陰に見え隠れする宮廷魔術師、ナイルリーフの討伐である。

 ナイルリーフこそ、妖精を迫害の環境に追いやり、不死の魔物を発生させた張本人である。それ以上に、ロベルクにとっては、数少ない理解者の一人であるセラーナを傷つけようとしたという、極めて個人的な仇敵でもあった。





 夜は簡素な晩餐会が催され、その後作戦会議が開かれた。大きな会議室に、旅団以上を指揮する面々が招集された。


 国王は籠城の構えを見せている。

 街の外縁部は一部の建造物が破壊され、瓦礫は守備に都合の良いように積み替えられて即席の城壁となっていた。

 そこに、猛将クラッカワー伯爵とアンドニアディス副伯を筆頭に、リグレジークを守護する多くの貴族たちが陣を敷いている。特にクラッカワーとアンドニアディスは、それぞれが二師団という大軍を指揮している。合計で十八師団、四万五千人を数える陣容だ。さらにその後ろに、クラドゥの近衛軍が籠もり、さらに北からはノルディプル公レブモスが軍を率いて移動中であるという。


 このレブモスという男は、先王ラニフⅤ世の弟、つまりクラドゥの叔父にあたり、王家の血が流れながら玉座が遠いという共通点から、王子時代のクラドゥと同じく悶々とした青年時代を送っていたという過去がある。

 ナイルリーフがやってくる前までは、随分とクラドゥの悪行を庇ったものである。

 クラドゥが即位してからは、広大なノルディプルを領地として与えられ、贅沢な隠居暮らしをしている、王家の数少ない生き残りであった。


 今回、クラドゥの危機ということで、多くの財宝を下賜されたのと引き替えに重い腰を上げたと聞く。


「ノルディプル公の軍を入れると、敵の戦力は二倍か……」

「人数だけならな。烏合の衆かも知れん」

「少なくとも、ロベルク殿やレイスリッド殿のような桁外れの魔法使いは、リグレフ国内では他に知られていません」


 本来、気圧されるほどの戦力差があるにもかかわらず、軍議は明るかった。歴戦の聖騎士や、『ママドゥイユの六芒星』の将は、自信に満ちあふれていた。


「我が軍は速攻を旨とし、楔を打って敵陣形を瓦解させることで戦意喪失を狙い、利に賢い公爵殿にはそれをご披露することでお引き取り願う、そういう戦術だ」


 レイスリッドの作戦は、言葉こそ破天荒であるが、理に適った作戦であると言えた。


「俺とミーア……猊下は侯爵殿と行動を共にさせていただき、全軍の指揮に関する助言と士気の鼓舞を行っていきたいと思う。次に、攻城戦についてであるが……」


 レイスリッドは、リグレジーク周辺の地図を広げた。

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