日本人が書くファンタジー
先に言っておくとこれはファンタジーの否定だとか、本格なんちゃらがどうのって言う話ではないです。
僕は結構前から『砂紡ぎの商人』と言うファンタジーを書いている。年一回一章ずつ更新と言う間隔でやらせてもらっているので、単純に4年くらい書いていることになる。今回はその作品を「僕のファンタジー代表」として少しファンタジーについて語りたい。(別に語るほどファンタジーフリークスってわけじゃないよという予防線は張っておく)
砂紡ぎの商人の作者(=詩一)は日本人であるが、作品世界に生きる人々は言うまでもなく日本人ではない。だから価値観は正直共感しかねると言う人物もまま居ると思う。特に鍛治師フィヴィの戦いにおけるマインドは極めて非日本人的である。彼女は鍛冶師ゆえに武器を作るわけだが、その武器を主人公のイクサが持つともはや武器の域を超えて兵器になっている。そして彼女はその武器の開発が、戦争を早く終わらせることができるかもしれないと言っているのだ。ある見方をすれば平和的だし、ある見方をすれば危険思想だ。多分危険だと考える人の方が多いと思う。
これが敵サイドならわかるんだけど、主人公サイドなので割と問題あるんじゃないかと思った。今日。
でも、読者が日本人であるからと言って彼女の思想を歪めてはならないと僕は思う。だって別に、彼女は日本人のために生まれてきたわけでもないのだし、あの世界に日本人はいないのだから。
しかし一方で、おそらく売れる作品というのは、主人公サイドのキーキャラクターのマインドは極めて日本人的であると推測される。なぜなら共感できない人が多いと売れないからだ。それは単純に人気が出ないという話だけではなく、共感されない→反感を生むと言う流れから作品がヘイトタンクになり得ることへの危惧から積極的に出版したがらないことも含まれる。
もちろん作者の筆力により覆ることもあるだろうし、覆さなければいけないと思う。ただどれだけ作者側で努力し説得力を持たせようとも、読解力がない或いは自分と違う意見は絶対に否定するマン(ウーマン)が読んだら意味のないことだ。特に後者は作品の説得力があればあるほど強情になって粗を探したり、論点をずらして感情論で反撃することもあるだろう。(そう、反撃だ。彼らは攻撃を受けたのだ。勝手に)
例えば、フィクションでファンタジーの話なのに、リアルの現代に置き換えて「戦争を肯定するんですか!? 戦災孤児をかわいそうだと思わないんですか!?」みたいな論調。
もちろん戦争はなくて良いならない方が良いに決まっている。戦災孤児だってかわいそうだ。でも論点はそこじゃない。僕が言いたいのはファンタジー世界で起きていることやキャラクターってのは、必ずしも我々の味方ではなくてもいいんじゃないかってこと。日本と言う風土では生まれづらい価値観を見ることで、新たな気付きを得る可能性だってある。小説のみならず、アニメ、漫画その他諸々から自分とは違う意見を摂取してより自分の世界観を育てると言う行為はフィクションの役割だとさえ思う。
話は戻るけれど、考えてもみたら主人公イクサの行動パターンも非日本人的だ。ヒロインを「金目のものを持っているかもしれない」と言う理由で拾い、いざ話してみて鬱陶しいとなれば「殺してしまおう」と考える。
まあ、そんな主人公を受け入れて読み進めて下さった読者の方々は、今後どんなトンデモ思想が出て来ても軽く受け入れてくれると思うのでその辺りは全然心配はしてないです。
しかしながらなんだけど、出版社に売っていただきたいなら、日本人読者が共感できる主義主張を持った人が主人公サイドにたくさんいた方が良いなあとは思います。普通に。
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