この受賞を、亡き友に捧ぐ

 今回のカクヨムWeb小説短編賞2020短編特別賞受賞に際し、エッセイでいろいろな方にお礼を言いたいと考えておりましたが、まずはこの話をさせてください。それが自分にとっての順番だと思いましたので。




 僕には同じ夢を志した友人がいた。(かつてのペンネームは『しゅく』だったので以下から祝さんと呼ぶことにする)

 彼はとても面白い作品を書いていた。そりゃもう本当に、腹がじきれるほどに面白い作品を書く人だった。

 この人には勝てないなって、直感で認識していた。


 16年前。

 当時の僕は傲慢不遜ごうまんふそんの塊のような存在で、この世で一番面白い作品を書けるのは自分だと思っていた。

 そんな僕でも彼の作品を読んで「勝てない」と思った。

 彼には才能があった。

 いずれ受賞し、必ず世にその名を知らしめる作家になるだろう。そう確信していた。

 僕が受賞するのはそのあとだ。そう思っていた。


 けれども世界はそれほど甘くなく、祝さんも僕も受賞しないままに、月日は流れていった。

 とうに終わったモラトリアムは、間違って湯切り前にソースを入れてしまったカップ焼きそばに似ている。食えば食うほど倦怠感と虚無感が腹にたまっていって、そのくせ箸は止まらない。自らが犯したあやまちの、その罪悪感から逃れるために、箸を動かしすする工程をただ繰り返す。時々むせる。

 そんな中でダラダラとバイトを続けていくうち、僕は書く気力を失っていった。

「どうせ書いても無駄だ」そんな思考が頭にこびりつき、生きた死体のような人生を歩み始めていた。


 彼は小説家としての道ではなく、シナリオライターとしての道を歩んだ。ゲーム会社に就職したのだ。

 彼に頼まれてデバッカーの仕事を受けた。プログラミングのことはさっぱりだったけれど、文章に間違いがないかを見抜くのには小説家志望としての才能を発揮できる。

 そこでの祝さんの文章はもう最高だった。やはり面白かった。こんな文章が自分にも書けたなら、どれだけ楽しいだろう。ピアノを習いたての子がプロのピアニストの打鍵を見たとき、おそらくこんな感情を抱くのだろうなんて思った。

 しかしどれだけ祝さんが素晴らしいシナリオを書いても、ゲームの売り上げに直結させることは難しかった。そもそも会社が小さければ宣伝能力も低いのだから当たり前のことだ。

 そんな会社なので社員への待遇もよいわけがなく、彼は「食っていけない」という理由から会社を辞め、地元の市役所(だったと思う)に就職することになった。


 祝さんが地元に帰っている頃、僕は忙しく働いており、ますます創作から遠ざかっていた。

 2009年。リーマンショックを皮切りに起きた不況のあおりで、僕は転勤することになった。

 もはや創作のことを考えることすらなくなっていた2010年のある春の日。僕は仕事の最中になぜだか祝さんのことをやたらと思い出して、無性に会いたくなった。そしてその夜、友人から祝さんの訃報ふほうを聞いた。

 聞いても実感がなかった。だから思わず「冗談でしょ?」と聞き返して「冗談でこんなこと言わないよ」と言われ、とても気まずい思いをしたことを覚えている。

 どうして。なんで。ありえない。うそだ。でも聞いた言葉は本当だ。死んだのか。いや。うそだ。うそじゃない。うそだ。いや。

 思考はずっとまとまらないままだった。


 次の日、三県跨いで弔いに行くことになった。

 道中でもまだ僕は「あの祝さんが死ぬわけない」とか思っていた。

 現地へ向かう際、友人と合流して車で閑散とした高速道路を走った。その日は豪雨の予報だったのに、空はあっけらかんと晴れ渡っていて、なんだか祝さんが天候を操って迎え入れてくれているみたいで嬉しかった。今から会いに行くからねって、そんなのんきなことを考えていた。


 家について、上げさせてもらって、祝さんが居る部屋に入った。

 彼は棺桶に入っていた。

 鼻に白い綿を詰めて、口を半開きにして。僕はなんだか笑ってしまいそうになった。だって、近づいた瞬間に鼻息でその綿をふんって飛ばして「騙されたな!」って言うところを想像してしまったから。

 死んだ彼を見ても、頭と心はまったく理解しようとしなかった。

 死ぬわけねえって。あんな才能に満ち溢れた人が、なにも受賞しないで、書籍も残さねえで、逝くわけねえって。バカじゃねえの? みんな騙されてるって。こんなのが現実であっていいわけねえじゃん。なに寂しそうな顔してんの。そんな顔してるからさ、祝さんがタイミングを逸してんだって。起きるって。絶対。このまま。なにごともなかったかのように。


 ——逝くわけねえんだって!!




 僕は結局、笑うことはなかった。でもそれでよかったかもしれない。きっと笑ったら、一緒にいろいろな感情が止まらなくなってしまっただろうから。そんなの多分家族の方にも迷惑だったろうし。


 それから僕は考えた。

 祝さんが死んだという事実とともに、もう彼は書かないんだと言う事実を。

 じゃあ、彼が面白い小説を書いていたことを、才能に満ち溢れていたことを、人々に知ってもらうためにはどうすればいいか。

 僕が受賞すればいい。

 そうすりゃあ必然的に祝さんも受賞しているってことになる。だって彼の方が僕よりも面白いものを書いていたから。僕ですら受賞できたならそれより面白い彼の作品は絶対受賞しているに決まっている。そうだろ。


 と言ってもすぐさま書き始められるほど、僕には才能も勤勉さもなかった。

 仕事が忙しかったというのもあるけれど、本当に書きたいのなら時間の隙間をこじ開けるはずだ。

 僕はここ数年で身に着けてしまった甘さでもって、またもダラダラと時間だけを浪費していった。


 そういう日が続いてしまって、「書かなきゃ」という決意はいつしかただの重石おもしになってしまって、それが背中と同化してしまって、僕はすっかり猫背になってしまった。


 それから7年。

 僕は職場でも人を扱う立場に回るようになり、結婚もした。

 でもなにか、どこか、足りない。そう思っていた。

 どこになにが足りないのだろう、と考えるまでもなく目に付く不足は山ほどあった。他人と比べれば比べた分だけ不足が見つかるような自分だった。

 しかしそんな中でも、これ一発で全部解決ってのが一つあった。

 それさえすれば、今までの人生をすべて肯定できる一撃。


 受賞。


 僕だけではない。今度こそ、祝さんの魂ごと救う。彼を、辿り着けたはずの未来まで連れていく。


 結局僕にはそれしかない。それしかないんだ。

 僕は勉強もできないし運動もできない。だから学歴も低いし給料だってそんなにもらえない。

 でも、それでも、たった一個だけ。祝さんの劣化バージョンだけれど、小説を書くと言う才能だけならある。


 僕はまず『書く』ことにした。

 大きなブランクがあった。だから受賞させようとしなくていい。ただありのままを書けばいい。今の実力値で、誰に対して書くわけでもなく、自分が書けることの証明をするために。

 そうして何度も何度も書き続けた。

 そうするうちに、受賞を視野に入れた作品を書けるようになってきた。

 同時に、自分の得意分野という概念を捨てた。得意分野という考え方は自分の可能性に蓋をする害悪だと気付いたからだ。

 なんでも書く。そしてその度吸収する。あらゆるジャンルを書きつくすまでやめない。可能性は全部伸ばしつくす。


 一次選考落ち、二次選考落ち、落ち、落ち、落ち——落選落選落選。

 それでも書いた。

 だって受賞するから。僕は絶対に受賞する人間だから。

 そうじゃなければ祝さんの才能の否定になるから。

 ふざけるな世界。お前の好きにはさせない。


 世界に祝さんを奪われたように感じていたし、落選させられているように感じていた。

 世界は敵だった。

 その気持ちがまた僕を創作に向かわせた。


 ——そして2021年5月18日の夜、受賞内定のメールが届いた。


『カクヨムWeb小説短編賞2020短編特別賞受賞』


 あの日。2010年の春。祝さんが辿り着くべきはずの未来に、11年越しに届いた。

 祝さん。大賞にあなたの名前はないけれど、僕が特別賞なんですからあなたは絶対に誰がなんと言おうと大賞を受賞していましたよ。

 祝さん、大賞受賞、おめでとうございます。

 僕はあなたの才能を信じていた。信じ続けていた。ようやく、ようやくようやくようやくそれを証明することができました。時間が掛かりました。本当にすみませんでした。ダラダラしていて。もっと早く書いていれば、もっと早くあなたの才能を証明できたのに。

 でもこれからもまた僕は書き続けますから、どうか安心してください。

 あなたはいつだって僕の前に居る。走っている。歩いている。時々立ち止まって、こちらを振り返って、「カラオケ行こか」って言ってくれる。

 僕が書き続ける限り、あなたも書いている。

 そのように思います。



 2021年5月31日。人生で初めての受賞を、亡き友——祝さんに捧げる。

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