変形と変質を恐れないこと

 自分の創作術に関するエッセイなんかを書いていると、前に書いたエッセイを見て、古いなと思うことがあったりする。


 本エッセイの序盤の方に書いた『異世界転生ものについて考える。(作者編)』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887532285/episodes/1177354054887956187

から文章を抜粋する。


『例えば「熊の様に大きな男が」という描写、これはその世界に熊が居ない限り使えない。なぜなら熊を見たことがない主人公がなぜ「熊」という言葉を知っているのかという矛盾が生まれるからだ。』


 ここまで。

 このとき僕はファンタジーの描写に付いて結構こまごまとマイルールを決めていた。上記の文面からわかるように、ファンタジー世界にないものは描写出来ず、当然故事成語なども使っていなかった。だって『人間万事塞翁さいおうが馬』ってさ、「異世界に馬いねーじゃん!」「ワンチャン馬が居ても塞翁いねーじゃん!」と言う気持ちにならない? 当時の僕はなったんだよ。そのように。

 だから故事成語を使わなかった。けれど故事成語に付いて調べて行くとこれが実は僕らが当たり前に使っている言葉にもちらほら混ざっていたりするのである。その最たるものが『完璧』だ。

 そう、パーフェクトと言う概念。手抜かりなく間違いなく最初から最後まで申し分なく成功させた状態のこと。


 と、ここで唐突に『完璧』の由来——


 ちょうの国に「和氏のかしのへき」と呼ばれる名宝があった。

 しんの国の昭王しょうおうは、このへきがほしくなり、一五の城と交換しようと話を持ちかけた。

 ちょうの国王は、このへきを渡すべきか、渡さないべきか迷った。このとき、ちょうの国家臣の藺相如りんそうじょへきをもってしんへの使いにたった。

 昭王しょうおうがその実へきだけをうばい取り一五の城を渡す気持ちがないと知り、藺相如りんそうじょは秦の国の昭王をあざむいて、無事にへきちょうの国に持ち帰ったことから、この語が出来た。


 ——だ、そうです。

 ちなみにここで言われている壁と言うのは、『輪の形をした平らな宝玉』なのだそうです。


 いつも当たり前に使っているこの『完璧』。でもこれが故事成語となると、当時の僕のマイルール的には使うのはNG。もう完璧に使えないわけである。

 でもそうするとそもそも漢字と言う概念がそもそもNGなのではとかとかとか……考え出したらキリがねえ!! となっちゃったわけで。

 んで、最終的に行きついたのが


『ファンタジー語で書かれた書物を、日本人が意訳した』


 と言う解釈。

 意訳なので、当然日本人が読んで想像しやすい書き方をしている。

 最初に触れた『熊』的なものの描写も、異世界での正式名称が『ゲズスタントマカベリカ』と言う生き物だったとしても、日本人がそれ聞いてわかるわけないし、熊が近いんなら『熊のような』で良くない? と言うこと。

 で、横展させて、意訳なんだから「人間万事塞翁が馬」もOK。塞翁はいないけど、日本人ならこの方が想像しやすいでしょ? サービス精神ですからあ! って感じで。


 そう。今の僕は割と『なんでもあり派』だったりする。

 とは言っても、昔の名残でやっぱり「塞翁居ねえじゃん」と言う気持ちは脳裏にあったりするんだけど、まあこれは仕方ない。人間の「気になる」「気にならない」は、もう思考のベクトルをどうやって変えても変わらないから、これは思考ではなく感覚的な部分に帰属する性質なんだろうって思う。


 ああ、そうそう。そう言うわけで、あのエッセイの数か月後に異世界転生ものを書いたよ。

 あのエッセイを書いてわかったのは、「言い訳して書かねえのって、クソダサいな」ってこと。

「このジャンルはこーで、あーで、だから書きませーん」と言うのは、ほんとにダサい。……あ、これは他の人に言っているわけじゃなくて、自分がそう言うスタンス取ってたのはダサいってこと。マジで恥じてる。

 今こうして『なんでもあり派』になって、異世界転生ものを書いたり出来たのも、小説を読みに来てくれた方々やフォロワーさんたちとの触れ合いで、創作に対する視野がぐっと広がったおかげかなと思う。いやそれしか理由が見つからない。だからTwitterとかこういう場所でエッセイやら小説やらを公開するってのは、すごく有意義なことだと思うんだよね。うん。こんなエッセイ書いている暇があったら早く新作のプロット立てろよって言う言葉はあーあーあーあー! 聞こえなーい! 聞こえなーい!


 閑話休題。

 とにかく我々(いやこれまた主語がデカいって言われるやつだから)——僕は、変形と変質を恐れてはいけない。確かに変わっていくことは怖いけれど、でもそこで踏みとどまってしまったら小説は書けなくなってしまう。仮に書けていたとしてもそれは。古いものの焼きまわし。自分の作品の劣化コピーなんかしてどうする。っていつも自分に言い聞かせてる。

 僕は新しいものを書かなきゃいけない。だとしたら、狭い枠組みにはまっていたらダメだ。次々に吸収していかなきゃ。

 最悪変化が前進ではなくて後退だったとしてもいい。

 後退でも、その場所から動いたという事実がある。悪化したっていい。前より悪くなっても。良くなることが最善じゃないかも知れないだろう。とにかく動け。最悪の事態ってのは、自分が凝り固まってしまって、今までの成功例をなぞってしか書けなくなることだ。それこそテンプレだ。僕は僕のありきたりになっちゃいけないんだ。


「あの人は変わっちゃったなー」


 と言ってファンが離れるならそれでもいい。いつまでも同じところで足踏みしている詩一しか好きじゃあないなら、付いて来なくてもいい!




 ……でも寂しいから出来るだけ理解して、付いて来てほしい。


 そう言うわけで僕はこれからも変形と変質を恐れずに、書いていく。でも多分根幹に根差している「おもしろいものを書きたい」と言うのは変わらないから、「おもしろいものを読みたい」人の期待は裏切らないと思う。

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