『ライトノベルは中学生でも書ける』問題

 はい、いまさら書きますよー。


 ちょっと前にTwitterのTLタイムラインを賑わせていたこの問題。問題のツイートは見ていなくって、どういう思いでこの発言をしたのかはわかりませんが、この文面を見たときに私が感じたこととかをつらつらと書いていきます。



 まー、結論から言うと、別に小学生だろうが老人だろうがなんだろうが、書こうと思えば小説は書けるよね。ただそれが他人から見たときに小説のていを成しているかどうかは別として。


 スポーツとかと同じかなって思う。例えばスプリント。100m走なんて幼稚園児でもできるわ。みたいな。

 クラウチングスタートしたり、ちゃんと最後まで全力で走り切ったり、オリンピックで金メダル獲ったり、10秒切るのは難しいんだけどね。


 小説も人気を出したり受賞をしたりするが難しいだけで、ただ書いて投稿するだけならパソコン&スマフォの知識さえあればできるもの。

 原稿用紙に書いて悦に入るだけなら文字を書ければ最低限のハードルは越えられるわけだし。


 だから実力のほどを度外視したらそりゃなんでもできるわねえ。と思うし、そういう思い違いから本当に才能が開花する可能性もあるから、書けるわって思った人は是非とも書いてほしいなと思う。それで「お、結構楽しいじゃん」って思ったらそれはその人の得だし。いいじゃんそれで。


 だからその「ライトノベルは書ける」という点においては、「面白いかどうかは別としてそうだね」というのが僕の意見で、それ以上心は動かなかったんだけど、個人的には大事なのはそこじゃあない。



『ライトノベルは書ける』


『中学生




 学生バカにしてるのかなって思った。


 僕は子供も大人も等しいと思っている。子供の方がバカで大人の方が賢いなどとは思っていない。そんなものは大人が子供を支配するために組み立てた固定観念だ。そりゃあ小学校、中学校って段階を踏むことで学習をしてより賢くなるチャンスを得ているわけだから、大人の方がチャンスに恵まれてきたって言う事実はあるけど、そのチャンスを活かせていない大人なんていっくらでもいるわけで。


 実際因数分解できるのは60歳と15歳でどっちが多いのかなあなんて愚かしいことも考えてしまうしね。


 だから、この一文には『ライトノベルディス』以外に『中学生ディス』も含まれていて、僕はどっちかって言うと後者が気になってしまったんだよね。でもTwitterに流れてくる内容なんかを見るとみんな『ライトノベルディス』のことばかり言っているので、『中学生ディス』に対してなんら疑問を抱かねえんだなあと不思議に思って見ていたわけです。


 &固定観念ってこえーなって。


 ちなみにこの価値観ってーのは自作にも生きていて、僕の作品群の中で「子供でも」とか「大人なのに」とか「女だから」とか「男のくせに」とかは出さないようにしてるんだよね。作品の雰囲気や主人公の価値観によって敢えて使ってる場面もあるけど、そうじゃあない場合は極力避けてる。

 こういうのって作家性とかそういうものになっていくんじゃあねえのかなって思っていて、だからこういうポリシーって結構大事だよなって思ったりとかしているんだけど、みんなそうでもない?

 あ、いやこれは他の方を貶めているわけじゃあないんですよ。単純に疑問。僕がマイノリティ組なのはわかっているし、討論し合って多数決したら負けるのは知っているので。



 まあ、こういう問題一つとっても、なんかお話の主題とは違うところでを覚えるのが僕なので、生き辛いなあとは思うんだけれども、こういう意見もあるんだなーって感じで捉えて貰えれば大変ありがたいです。


 と言うお話なのでした!!

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