Data.5 : Not Silly


 これは、他愛のある記録。


 ※ ※ ※


 2X87 6.17 Monday


「博士。なんで文字や言語はいくつも種類があるのでしょうか」


「こりゃまた藪から棒だね」


 就寝間際、私はベッドの上で彼に問いかけました。


 最近は忙しいのか、彼はもうすぐ就寝という時間になっても私の部屋で作業を続けていました。


 私の体の検査はもうほとんど行わなくなっていて、私はもうすぐ出られるのではと思って彼に質問しましたが、返ってきたのは「キミが出られるようになるにはこの部屋を直さないといけないんだよ」という答えだけでした。


 だから私は今日も本を読んだり、ストレッチをしたり、音楽を聞いたりして、過ごしていました。


 私は言いました。


「だって不便じゃないですか。この本の翻訳を見てみてください。なぜ『I love you.』の訳が『月が綺麗ですね。』になるのか、私にはさっぱりわかりません」


「すごいことを聞いてきたな……」


 私の言葉に、彼が疲れた表情をさらに疲れたものにするのが見てとれます。


 ですが、私は続けて言いました。


「私が言いたいのは、このような訳によって誤解が生まれてしまうくらいなら、なぜ言語を統一しないのかということです」


「うーん。それはまた難しい話なんだよな……」


 彼は例のごとく、腕組みをして考え始めました。

 この日はいつもよりもずっと長く、五分か、なんなら十分は考えていたかもしれません。


 不意に大きく息を吐き、腕組みを解いて彼は言いました。


「言葉や文字にはね、ロマンがあるんだよ」


「ろまん?」


「そう、ロマン。例えば僕はVって文字がすごく好きなんだ」


「V? なぜですか?」


「Vには『Love』という意味もあるんだ。ハートマークに見えるから、そういう意味がついたらしいよ。面白いよね」


「確かに、文字を形として捉えて、新しい意味を見出すのは面白い発想ですね」


「それがロマンなんだよ」


 彼は笑って、そう言いました。


「それがロマンなんですね」


 私も頷いて、そう言いました。


 笑えていたかは、わかりません。


 と、そこで彼が腕時計を見て、立ち上がりました。


「今日はもう寝ようか。就寝時間を少し過ぎてしまっている」


「あ……」


 本当はもう少し話したかったのですが、わがままは言えません。


 照明を落として部屋を出ていこうとしたとき、彼はドアノブに手をかけたまま言いました。


「そうそう、ロマンといえばキミの名前だって『月が綺麗ですね。』と同じロマンがあるんだよ」


「……?」


 私は彼の言葉の意味がわからず、ただ不思議に首をかしげるばかりでした。


 眠かったというのもあったのかもしれません。


 だから私は代わりの言葉をいいました。


「おやすみなさい、博士」


「うん、おやすみなさい。いい夢を」




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