Data.6 : Emotion


 これは、感情の記録。


 ※ ※ ※


 2X87 7.17 Tuesday


 先月からずっと私の部屋で作業を続けていた彼ですが、最近はさらに忙しいのか一緒に食事を摂る機会も減っていました。


 だんだんと痩せぼそっていく彼の体調だけが心配でした。


 そんなある日、昼食を摂った後の私が本を読みながら歌を口ずさんでいると、突然声をかけられました。


「歌、上手だね」


「わっ、博士。戻ってたんですか」


「戻ってたよ。声をかけようか迷ったんだけど、キミの歌声があまりにも綺麗だからつい聞き入っちゃってね。それ、昨日僕が渡したアルバムの曲でしょ」


 突然声をかけられたことに驚きつつ、私は答えました。


「はい。とてもいい曲ばかりで自分でも歌ってみたくなったんです」


 言いながら、私は彼が渡してくれた『X→LIST +』と書かれたアルバムの背をなでました。


 他にもたくさん曲を聴いたけれど、特に好きなのがこのアルバムでした。


 それを彼に話すと、彼は嬉しそうに、懐かしむように目を細めて言いました。


「ああ、それを歌ったのはメルだからね。歌いたくなったのも頷けるよ」


「そうだったのですか」


 彼の言葉に、思わず私は自分が歌を歌っている姿を想像してしまいました。


 案外、悪くないかもです。


「ねぇ、何か歌ってみせてよ」


 彼がアルバムを手に取りながら言いました。


「いいですよ」


 急なリクエストだったので少し驚きましたが、彼に歌声を褒められたのが嬉しかったのと、彼が私に何かお願いをするということはとても珍しいことだったので、私は応えることにしました。


「なんの曲がいいですか?」


 私はこのアルバムの曲ならどれでも歌える自信があったので、彼にどの曲を歌って欲しいかたずねました。


 彼は迷わず、アルバムに書かれている曲名の一つを指差して言いました。


「これを歌って欲しいな」


 彼がリクエストしたのは「Redo」という曲。


「わかりました」


 リクエストを受けた私は曲を流して、歌い始めました。


 ピアノの伴奏から始まり、軽快なメロディが奏でられる「Redo」は願いを叶えるために世界を繰り返す一人の少女のお話。


 それは『X→LIST +』の曲の中でも、私が特に好きな曲でした。


 私はいつの間にか夢中になって歌っていました。


 だから歌い終わった時、彼が泣いていることにすぐ気づくことができませんでした。


 彼は本当に静かに、ただ涙を流していました。


「博士……? なぜ泣いているのですか?」


「え? あ、ほんとうだ」


 彼は自分でも泣いていることに気づいてなかったようで、驚いた様子で涙を拭いていました。


「大丈夫ですか? 最近疲れているようですし、少し休んでも……」


「いやいや、休むわけにはいかないよ。もうこの部屋も直るんだ」


 涙を拭いて、赤くなった目で彼が言いました。


「また聞けてよかった、ありがとう」


「言ってくれれば、またいつか歌いますよ」


 私はそう言いました。


 ずっと。


 ずっと、こんな日が続けばいいと思いながら。








 三日後、彼が亡くなりました。



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