Data.4 : Hero
これは、救いの記録。
※ ※ ※
2X87 5.6 Sunday
この日は彼が朝から私の部屋で作業をしていて、朝食を摂ってからも同じ部屋にいました。
だから、気になることがあればすぐ彼に聞くことができました。
「博士。なぜこの本の登場人物は、敵の前で名乗りをあげるのでしょうか」
「うん? どの本……ってあぁ、その漫画か。なんでってそりゃ、ヒーローはそういうものなのさ。にしても、なんでそんなことを?」
私の質問がよっぽど興味深かったのか、なにごとかモニターに向かって打ち込んでいた作業を中断してまで、彼は私の話を聞きにきました。
どうやら彼は質問されるのが好きらしい、というのが最近の私の中での見解でした。
彼に質問をすれば大抵のことは教えてくれるので、私も私で彼に質問をするのが好きになってきていました。
「この場面なのですが、どう見たって名乗らずに不意打ちをした方が確実に敵を仕留められるはずです。この登場人物は、自らそのチャンスをなくしてしまっています。ハッキリ言って非合理的です」
「ははは、ハッキリ言うね。うん、そうだな……」
ひとしきり笑うと、彼は腕組みをして考え始めました。
私が質問をすると、彼はいつも腕組みをして楽しそうに考え込むのです。
十秒ほど経ったのち、彼は言いました。
「ヒーローっていうのは、ただ単に悪者をやっつけるだけじゃなくて、人々に安心を与える存在のことを言うんだよ」
「安心を、与える……?」
彼の言葉の意味がわからず、わたしは
「ああ。その漫画をよく読んでみると、ヒーローが名乗り出る時って必ず一般人が人質だったり、危険な場所に取り残されてたりするんだ」
言われて読み返してみると、確かに敵がいない場面でもヒーローはしっかりと名乗っていました。
名乗った相手は、今にも崖から落ちそうになっている少年です。
名乗るよりも先に助けてやれよと言いたくなりましたが、彼が話し出したので話を聞きました。
「確かにキミが指したその場面は、名乗らないで悪者を倒すほうが合理的かもしれない。けど、ヒーローっていうのは悪者を倒すことそのものより、人々に安心を与えることのほうが重要なんだ。だからヒーローはまず『俺が来たからにはもう大丈夫!』っていうことを伝えて、人々を安心させるのさ。もちろん最終的には悪者を倒すことによって安心を与えているわけだけどね」
「もしも名乗って存在がばれてしまって、それが原因で負けてしまった場合はどうするんですか」
「名乗っても負けないからヒーローなのさ」
「ふぅん……」
自信満々に言う彼に、私は言いました。
「なら、博士は私のヒーローですね」
「……ははは、そりゃ面白いな。僕がヒーローか。うん、面白い。僕はキミに名乗ってすらいないのにね」
「なら、名乗ればいいじゃないですか」
「できないんだなぁ、これが」
大げさに肩をすくめて、いやぁ困った困ったと言いながら、彼はモニターの前に戻って行きました。
私も続きを読もうと本に視線を落とした時、彼が小さく呟いたのが聞こえました。
「……メルは、僕のヒーローだったよ」
「私、男じゃないですよ」
「ヒーローに性別なんて関係ないさ」
「そうかもしれません」
なぜだか、この日の時間はとても早く感じられました。
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