Data.3 : Favorite


 これは、好きになる記録。


 ※ ※ ※


 2X87 4.12 Thursday


 彼に言われて、私は検査を受けたり、彼が貸してくれた本を読んだりしているうち、あっという間に数週間が過ぎていました。


「おはよう。朝食を持ってきたよ」


 いつもと同じように、二人分の朝食を持って部屋にやってきた博士に、私は昨日から気になっていたことをたずねました。


「博士。海とはなんでしょうか」


「うん? これまたどうして」


「昨日読んだ本に海が出てきたんです。詳しい説明文を探したのですが、どうしても見つからなくて……」


「ははぁ、なるほど」


 彼は楽しげに笑いながら、なるほどなるほどと何度も頷き、


「海って言うのはね……」


 言いながら、水の入ったグラスに調味料であるはずの塩を入れると、「飲んでごらん」と私に差し出してきました。


「……」


「どう?」


「しょっぱいです」


「ははは、だろうね」


 楽しげに彼が言いましたが、私は楽しくありません。


「海っていうのはね、の集合体なんだ」


 彼は私が持っているグラスを、正確にはグラスの中の塩水を指差して言いました。


「海はこの星の地表の約70%を占めていて、とっても広くて大きいんだよ。で、その海を構成する大部分が塩水なんだ」


「塩水、ですか」


「うん。だから海は広くてしょっぱい水の集合体だと思えばいい。塩水の集合体の青い海が、延々と水平線の先まで続いてるんだ」


「青い……?」


 説明をされてもさっぱり想像できず、考え込んでしまった私に、彼が言いました。


「海は青いんだよ。ちょうどキミの瞳と同じ具合にね」


 そう言って彼が渡してきた手鏡を覗きこみ、自分の瞳の色を確認してみましたが、なるほどこれが海の色なのか、と納得することはできませんでした。


「今は想像できなくても、いつか本物を見たときはきっと好きになるよ」


「そうでしょうか」


「ああ、そうさ」


 笑って、自分のことのように言う彼を見ていたら、なんだかそう思えてくるから不思議です。


 この日の私は、彼が説明してくれた海について考えながら過ごしました。


 彼が去り際に言った「プリンも好きになるよ」という言葉の意味はわかりませんでした。




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