Data.2 : Hide


 これは、隠し事の記録。


 ※ ※ ※


 2X87 3.24 Saturday


 私が次に目を覚ましたのは、一ヶ月後のことでした。


「……ん」


 何やらいい匂いがして身を起こしてみれば、見知らぬ男性がそこにはいました。


「お、起きたね。ちょうど朝食を持ってきたところなんだ。一緒に食べようじゃないか」


 それは白衣を着た、白髪の男の人でした。


 彼は朝食のプレートを丁寧にテーブルの上へ置き、言いました。


「おはよう、メル・アイヴィー」


 それは、あの優しい声でした。



 ※ ※ ※



 私が目覚めたのは、たくさんの電子機器やモニターが置かれた机に、一つの本棚と小さな机と小さな椅子が二つある、白い部屋でした。


 そこで一緒に朝食を食べながら、彼はいくつかのことを教えてくれました。


「キミの名前はメル・アイヴィー。16歳の女の子だ。以前、僕はメルと十年近く一緒に暮らしていたのだけど、ある日すごく重い病気にかかっちゃってね。僕はつきっきりで看病してたんだ」


 ここまで来るのはとても大変だったよ、と笑う彼に私はたずねました。


「私の記憶がないのは、病気のせいなんでしょうか」


「いや、違うよ」


 彼ははっきりと答えました。


「そう、ですか」


「あ、そうだ」


 唐突に、彼は手をポンと打って思い出したように言いました。


「キミが外に出るためにはこの部屋を直さなくちゃいけないんだけど、いつまでかかるとか、ハッキリとしたことが言えなくてね。申し訳ないけど、それまで我慢していて欲しい。望む物があれば、僕ができる限り用意しよう。あとは何か聞きたいことはあるかな?」


 説明を終えて彼が問うてきましたが、私は思いつかず、特にないと答えました。


「そっか。なにはともあれ僕はキミと会うのを心待ちにしてたんだ。会えて嬉しいよ」


 本当に嬉しそうに笑う彼に、私はやっぱり聞きたいことを思いつき、たずねました。


「あなたのことは、なんと呼べばいいですか」


 私のことをとても思ってくれている人の名前を、私は覚えていない。


 私にはそれがとても悲しいことのように思えて、彼の名前をたずねました。


 ですが、彼はゆっくりと首を振って言いました。


「僕に名乗る名前はなくてね。だから呼ぶときは博士と呼んで欲しい」


「……わかりました。博士」


 彼は、名乗りませんでした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る