第十一譚 《冬》患い
待合室の
弁当を渡すにしても、診察が終わるまでは待ったほうがいい。待合室の片隅で町医者の仕事が落ち着くのを待つことにする。正確には、診療室というものはなく、布製のしきりがあった。医者が診察する声にかぶせて、げほげほと咳こむ声が静かな待合室に響いている。咳と言えば風邪の主症状だが、老人の様子はどこか風邪とは違っている。
「実は」と声を落として、ハルビアが言った。
「この頃、急に体調を崩す人が増えていて。みなさん、爪が青くなるんです。おじさまが処方するお薬を飲めば、ほとんどのひとは回復するんですけど、お年寄りとかは。それにしばらくすると、みんなぶりかえしてしまって」
「よそ者には関係のないことだろ」
エンダが低く吐き捨てた。
セツは数秒考え込んでいたが、あることを思いついて、診察室に踏み込んでいった。診察をしていた医者はもちろんのこと、患者である老婆がぎょっとして顔をあげる。老婆はずいぶんと痩せ衰え、
「あの、それはみたところ、
「いかにも、そうだが。君はまだ町にいたのかね」
眉根に皺を寄せて、昨日の町医者が頷いた。
診察中だからか、老眼鏡を掛けているので、よけいに人相が悪く見える。
「どんな薬を処方しているんですかぁ?」
「素人にはわからんだろう」
「ある程度は、師から学んでいます」
「ほお」
気難しい表情に微かだが、
医者は患者を放置して、薬瓶から粉末を取りだすと、少量、葉に乗せて差しだしてきた。
「これだ。なにが含まれているかは、学があれば見当がつくはずだ」
学があればだがなと、医者は繰りかえした。エンダが後ろからのぞき込んできた。
「先生……それはちょっと無理があんだろ」
エンダは苦笑いする。嫌がらせだと受け取ったようだ。冬の町唯一の医者である彼が取り扱っている薬は、町の者でさえ理解が及ばないものばかりだった。昔ながらの、と言えば聞こえがいいが、古書を読み漁って得た知識から調剤した薬は、魔女が大鍋で煮込んだり
セツは手袋をはずして、悪臭を発する粉薬を指でつまみ、舌の先端に乗せた。
細い目をさらに細め、真剣に味と臭いを確かめている。
「温泉の
「他には?」
「
医者は驚いたように老眼鏡を持ちあげた。
「なるほど。若いが、知識は確かなようだ」
医者が笑う。硬い鉄のような相好が崩れるとは思ってもみなかったので、セツは驚いたが、後ろでは医者とは旧知のはずのふたりも呆然としていた。エンダなんかは顎が外れそうなくらいにあんぐりと大口を開けている。
「君ならば、冬患いにはどのような薬を処方する?」
「僕でしたら、こちらを」
セツは外套から革製の袋を取り、なかに詰まっていた
慌てたのはエンダだ。顔を真っ赤にして声を荒げる。
「先生! そんなよそ者が持ってる薬を、患者に渡してどうするんですか! 毒だったらどうするんです? んなもん、ぜったいに信用ならねえよ」
「私が確かめた。毒ではない。薬だ。それも特効薬だ」
医者はそれだけ言って、患者の老婆を帰してしまった。
医者に食いさがることはできず、エンダは張本人であるセツに怒りの矛先をむける。さすがにクワイヤがいるので、胸ぐらをつかむことまではしなかったものの、噛みつくように怒鳴る。
「てめえ、いったい、なにを渡したんだ!」
「だから変なもんじゃありませんて。僕だって冬患いに
「だったら、なにを渡したか、言ってみろよ」
「温泉の硫黄に春の髭と春の角、冬の涙をまぜたものですよぉ」
訳がわからないとエンダが額に青筋を立てる。だが医者は納得がいったとばかりに頷いた。
「春の髭に春の角か。書物にはあったが、それがそうか」
「えぇ、もともと冬患いそのものが、人体の《春》が枯渇することで起こる機能障害の一種ですからねぇ。春を補充してあげれば回復します。そちらの薬は、冬に強い生物の凍結しにくい部位や寒さを緩和する機能を持った成分を調合したものですね? 確かに、春の素材が入手できないこの地域では、最善の薬です」
医者はふむふむと頷き、目もとを緩めた。
「分かった。ハルビア嬢、悪いが、待合室にいる患者全員にこの丸薬をひとつずつ、渡してくれ。後は帰ってもらって構わん。受診の時間帯はすでに終わっている」
ハルビアが「はい、おじさま」と丸薬を預かり、患者に配付しにいった。
「ちょっ、ハルビア! よそ者が持ってる薬なんか」
エンダをいさめたのは医者だった。
「患者がいる診療所では騒ぐものじゃない」
「けど、先生」
「まったく君は子供の頃から騒がしく、なにかと無鉄砲なことばかりしでかしていたが、変わらないのかね? 二十歳をすぎたんだ。ちょっとは落ち着きたまえ」
昔のことを言われると
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