第7話

「この三日間、窮屈な想いをさせてすまなかった。これで君は晴れて自由の身だ」


そんなことを告げられたのは、謹慎生活が始まって三日目の夜のことだった。


ようやく謹慎にも尋問にも慣れてきて、今日も昼間を尋問室とこの邸宅で潰した。また明日も同じような日になるんだろうと、少し鬱になって来ていた今日この頃。唐突な解放宣言だった。


「記憶喪失で右も左も分からない中で、辛い思いをさせてしまったと思う。どうか許して欲しい」


「いえ・・・尋問って言っても尋問官の人とのおしゃべりみたいな感じでしたし、談笑も結構はさんだので、お陰様で今は右左くらい分かるようになってきました」


深々と頭を下げるアロさんに対して、少し申し訳なさを感じ、顔を上げるよう促す。


「そう言ってくれると助かるよ。君に嫌われたくないからね」


「それは何的にですか?」


個人的に・・・、とか言われた日には個人的命の危機を感じざるを得ない。


「まぁ色々的に」


「安心しました。色々的に」


安堵した顔が破顔して、2人で笑う。


最初に尋問したときよりだいぶ打ち解けられたような気がする。


まだたった数日しか経っていないけど、謹慎期間中この人は何度もこの家に足を運んできた。


その度に邸宅の広さに比例した「書斎」と呼ぶよりは「図書館」とも呼べるような部屋で、読書の虫になっていた僕に声をかけに来た。


時折、この世界の地図や国の歴史書などを差し入れに来たり、分からないことに答えてくれたり。ちなみにここ数日の夕食を用意してくれていたのも彼だ。


餌付けになびいた訳ではなく、それは彼が信頼に足る証として充分だった。


「いくらここが豪邸って言ったって、外に出れないのは中々憂鬱だったんじゃないか?」


「元々インドア気質なんで。ただ・・・、外も中々立派そうなんで、ちょっと出かけたいなーとは思ってましたけど」


バルコニーから正面には一面の海が広がる。それに隠れてあまり目がいかないが、すぐ右を見れば海沿いの街が広がる。


過去の記憶にもそんな街があった。


海抜0メートルで人々が泳いだり、身体を焼いている。その横には、まるで似合っていないようで、見慣れれば相乗効果さえ感じてくるような背の高いビルが建ち並ぶ。


ここ数日はぼーっとその景色を眺めるばかりで、海にも街にも行くことはできなかった。見張りもいる様子がないので、何度バルコニーを飛び降りて抜け出してやろうかと思ったか。


そんな僕の想いは報われるらしい。


「それじゃ謹慎解除祝いといこう。食べたいものとかあるかい?」


アロさんは家の戸を開けて、そう言った。


それについて行くようにして、夜の街にくり出す。



────────


「うわっ、何これ高そう」


「一口食べた感想がそれって。普通に美味しいとか言えないのかい」


「すみません。平民は経験したことの無いような美味しいものを食べるとまず値段を気にするんです」


「なるほど、とりあえず以前の君が貴族とかではなさそうで安心したよ」


肉が食べたいという僕のリクエストにアロさんは答えてくれた。しかし連れてこられたのは海沿いに建ち並んだビルの一角の最上階。


その時点で値段はお察しである。


「ただあんまり貧乏性になって、体調崩すとかは止めてくれよ。それで監督不行届になるのは僕なんだから」


この国の通貨やその相場については、彼が持ってきた本に一通り目を通せば、あらかた分かった。


その上でメニューに並んだ0の数に目を回した僕を見て、彼はそう言った。


「男子供は、食を細くしてでも娯楽に金を費やそうとするからね。こちらも君の物欲を満たしつつ、充分な食事が取れるだけのお金は支給するから」


あの家に住むにあたって、僕はアロさんからそれなりの現金が詰まった財布とクレジットカードとキャッシュカードのようなものを受け取った。


彼曰く、「それは今日から君のものだ」だそう。


付け加えて、カード類の講座には家でも買わない限りは無くならないくらいの額が毎月振り込まれるらしい。もっともここ数日は家から出れなかったので使えもしなかったのだが。


それを含めて、ずっと疑問に思い、ずっと尋ねてきたことを口にする。


「僕って本当に何者なんですか?」


「唐突だねぇ。どうかしたかい?」


「いえ、厳重な身の上管理に、目ん玉飛び出すくらいの好待遇・・・それを目の当たりにして、自分が何者か気にしない人なんてそういないと思うんですが」


「なるほど、それはもっともだ」


彼は頷きながらも、真面目に答える様子はなさそうだ。


「じゃあ、君の予想ではどうなんだい?」


「そうですね・・・。国の重要人物、またはその子、たとえば王子とか貴族の子とか。もしくは僕の記憶を気にするあたり、何かこの国の重要な情報を握っている者・・・とか?」


だが貧乏性なのを見るあたり、前者は恐らくない。


「ふむふむ、まぁ大方当たっているよ」


「テキトーですね」


「でも本当のことさ」


彼はそう言って、皿の上に上品に盛られた肉の真ん中にフォークを突き刺し、持ち上げる。


「じゃあここで君に一つ問題を出そう。この肉はどうして美味しいんでしょうか?」


「高いから」


「ぶっぶー。それは正しい答えじゃない」


彼はそう言って、フォーク刺さった肉をまるごと頬張る。


ひと皿に小さく、美しく盛られた肉をいただくにはとても下品な食べ方だ。手元に取り残されたナイフも気のせいか寂しそうに見える。


咀嚼して、飲み込んだところでまた口を開いた。


「価格なんて所詮人が勝手に定めるものさ。見るからに安っぽい壺とかだって、見る目のない商人が高値をつけてしまえばそれは『高いもの』になるわけだからね」


「分かりました。それなら、価格を高くせざるを得ないほど手間と金がかかっているから」


「その通り。やっぱり君は頭がいいね」


テキトーに褒めながら、なくなったものと同じ料理をまたオーダーするアロさん。彼のお財布は大丈夫なんだろうか。


「正しく人が手間暇、お金をかけたものってのは、それなりにいい働きをするものさ。肉も生産者がそれなりの時間と努力と金を費やして牛や豚を育てれば、その味はもちろん美味しくなる」


「なるほど。つまりどういうことなんです?」


「つまり比喩をしてるだけで、同じってことだよ」


「それは肉と僕がってことですか?」


少し例えが悪かったけどね、と言いながら彼は肯定する。


今、彼が食べてしまったものと一緒にされるのはなんだか複雑な気分なのだが。


「つまりそれなりに金をかけられている僕には、この後それなりの働きがあるということなんですが・・・」


「大正解だよ。もっともそれが今日明日になるか、遥か先になるかは分からないけどね」


「なんですか、その軍隊みたいな働き方は」


軍隊なんて働き時がない方がいい、とはよく言われること。彼らが国民の金でタダ飯食っているときほど平和なのだと。ただ彼らは、いざ働き時!という時でも平和ボケして頼りにならないというのもよくあること。


「またまた牛豚に例えるけど、生産者はその牛豚によって生活している。つまり牛豚の肉は生産者の希望なのさ」


「肉が希望ってなんか字体的に悲しいですね」


「よせよせ、生きるのにはなりふり構ってられないんだよ。とにかく何が言いたいかって言うと、君も同じってことさ」


「肉と?」


「うん、そう」


「・・・・・・・・・・・・」


アロさんは新たに運ばれてきた肉を、次はナイフで切って一切れ頬張る。あ、また僕が食べられた。


「いわば君は僕らの希望。だから僕たちは君にかける手間も金も惜しまない。君はそれに遠慮なく甘えてくれて構わない。その代わり────」


「それなりの見返りはいただく、ってことですか?」


「『いただく』と言うよりは君には希望が『ある』って感じかな。今の君にはなんの事だか分からないだろうけどね」


「それはいずれ知ることになる、ですか?」


「それをまさに言おうとしてたんだ」


話している間も彼は手を止めることなく、肉を平らげた。


その後、間を置いて運ばれてきた食後のデザートもコーヒーも少し苦い後味を口の中に残した。


そして会計の時にちらりと見えた伝票に積まれた0の数は、僕に乗せられた希望の数。


そう考えると、少しだけ肩が重くなった気がした。





























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