#FFD700

匿名絶望

#FFD700

 モノの価値を量るのは難しい。


 「金」という単語を見て、第四の壁の向こうの貴方は何をイメージするだろうか。Moneyだろうか。それともGoldか。私はGoldの方をイメージするので、これから金色という色について語ろうと思う。

金色、というのは「金」の結晶が持つような、山吹色をしていて金属光沢をもつ物体表面の光学的状態である。この金色という色は、芸術的な面では、赤や黒といった色とよく合わせて使われるが、青や緑など、だいたいどのような色に合わせても高級感を演出する。ヨーロッパなどの国旗や国章に使われる黄色は金色のことを示していたりもする。また、素材としての金は、指輪やネックレスなど宝飾品に使われるほかに、きわめて酸化しにくく電気・熱伝導率が非常に高いので電子部品などにもつくられる。私たちが日常的に使うスマートフォンなんかは、金含有量では同じ大きさの金鉱石をしのぐ。


 一通り金色と金の話をしたところで、唐突に話を変えることとなるが……私にはモノを等価値の金塊に変換する能力がある。トリガは私の「金塊になれ」の一言である。価値は流動するものであり、同じ見た目のものでも思い出の品は価値が高くなる。これを利用して金稼ぎができそうだが……そこは不便なもので、不純な動機が絡むときはこの能力は使えない。質量保存の法則などがどうなっているのかは知らない。

 トリガとなる言葉を言わなければいい上、それは日常生活でほぼ言うことのない言葉のため、とりあえずの安全は保障されているのだが……この能力は片付けの時など役に立つので頼ってしまうのが現状である。いらなくなった本などに使った後の金粉がどこかへ飛んで行ってしまうのは問題だが、代わりにごみを捨てる必要がなくなる。重いものを持つ必要がないのは便利だ。可逆性はないので運搬などには使えないが……。

 私には今日で付き合い始めて二年目になる彼女がいる。今日はそんな彼女との食事の日である。そして、今日私は彼女に結婚を申し込み、この結婚指輪――それは金の指輪で、赤く煌くルビーがあしらわれていた。金と紅のコントラストが美しかった――を渡すつもりだ。その指輪を入れた、ダイヤがあしらわれた黒いベルベットの小箱をカバンに入れて、私は彼女を迎えに行く。

雨が降っている。どうか、このような雨が私の心に降らぬよう。


 雨が降る外を眺める、ひとりの女がいた。

 彼女もまた付き合って二年目になる彼氏と食事の約束をしていた。しかし、彼女は悩んでいた。大学院進学と彼氏、どちらを選ぶかである。彼女の夢は文化学の博士であった。その夢のため、また修士論文提出のため、恋愛に現を抜かしている場合ではなかった。夢をあきらめて彼氏と添い遂げるか、と問われれば、彼女の答えはノーだろう。

 そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。


 「やあ、迎えに来たよ」

 私は彼女の家のチャイムを鳴らし、インターホンを通してそう伝える。彼女はすぐに家から出てきて、私の車に乗った。

 私と彼女が最初に食事をしたのと、同じ高級料理店。その建物が見えてくる。

 その店は格調高い黒と金でまとまっていて、間接照明がムーディだ。店内に入ると、店員に二人席に通される。いつも通りステーキとバーボンを二人分頼み、料理が来るまで話して待つこととしよう。なにせ、今日は私の人生で一番大きな挑戦があるのだから。

 ……しかし、話は彼女が切り出した。

 「あのね、話があるの」

 「……なんだい?」

 「ああ……あのね。私、もうすぐ大学院に行くの。だからこれから忙しくなって会えなくなる。だから……」

 その次の言葉は私にはあまりにも衝撃的だった。

 「……だから、私と別れてほしい」

 

 空気が凍り付く。彼女が何を言っているのか、私にはわからなかった。しかし、次の瞬間、私はあの一言を告げていた。

 「金塊になれ」

 と、一言だけ。

 

 彼女は目の前から消え失せていた。彼女がいた後には金粉の一粒すらも残っていなかった。彼女の価値はその程度だった、と私は失望し、その後、その程度でよかった、と安堵した。これでよかったのだ。そう考えて注文をキャンセルし、キャンセル料を支払い店を後にした。店員の、連れの方は、と訴えるような顔が印象的だった。


 雨が降っている。冷たい感覚がこれが夢ではないことを悟らせる。見上げると、空から水以外の何かが落ちてきていることに気づいた。刹那、私の頭に千トンはあるだろう金塊が激突する。私は自身の姿を知ることはできないが、きっと、金と紅のコントラストが美しいのだろう。そう、あの結婚指輪の金とルビーのように。

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