第4話エリートオタク、遭遇する!
午後の最初の授業の後は体育だったので、着替えの時間で休み時間がつぶれ、そのあとは掃除が始まり、そして今まさに帰りの
つまり俺はあの衝撃的な昼休みの後、一口も弁当を食べる猶予がなかったというわけである。いいかげん腹減ったぜ。
「おーい、須藤チャーン。たまには女子ズとカラオケいかね?」
「悪いけど用事があるんだ。また明日な」
「オイオイ最近付き合い悪ぃなァー」
ふと聞き覚えのある声に視線を向けると、昼休み終わりに俺のことを笑いものにしたウェーイ系の人(そういえば俺もちゃんと名前知らない)の誘いをにべもなくあしらってさっさと教室を後にする須藤の姿があった。これから件の少女のストーキング……もとい見守りに行くのだろうか?
いや、いや。奴には奴の放課後ライフがあるのだ。俺には関係ない。気にならないって言ったら嘘になるけど、それで俺が須藤の後をつけ始めたらそれはもう下手なコントみたいなもんだ。勝手にすればいい。
気を取り直して、待ちに待った放課後だ! 教室では基本ぼっちだし、中学時代のオタク仲間とはすでに疎遠なので特に
帰り道にいきつけの書店とゲーセンを三軒ずつ回るのが俺の放課後のルーチンワークだ。
毎日同じ書店、同じゲーセンに通うことに大きな意味があるのか……だって?
当然あるとも! 書店では稀に出回る限定商品や、極々品薄なフィギュアを一体だけ入荷しているゲーセンなんかがある。レアものとの出会いは一期一会。フィーリングにビビッときたら迷わず飛び込むのが正解である。
それにしても空腹が割と深刻だ。教室で食べてから帰るか? いや、放課後と言ってもその辺でだべっている生徒だっている。奇異の視線に晒されるのは俺としては避けたい。それに今食べれば夕飯の時間しっかり食べられないだろう。
今、冷や飯を食べるのとさらに腹を空かせて暖かいご飯を食べる。どっちに軍配が上がる? このレルマ君の選択は後者だ。空腹はスパイス。
俺はそんな益体もないことを考えながら本日の学校生活で蓄積した疲労を感じさせない軽い足取りで教室を後にした。
☆☆☆
「おお、おめでとうございますレルマ氏! A賞ですぞ!」
「うわ、マジか!? どうせいつもの五百円の商品券だと思ってたのに!」
ところ変わっていつもの帰り道にある最後の書店、『マッド・スワンプ』の店内である。この店は他の書店に置いてある流行りの物はそこそこしか置いておらず、しばしば掘り出し物のディープなグッズを置いている穴場だ。
そして、この店はもうひとつ特徴がある。それはこの店舗での買い物で貯まるポイントカードのポイントを消費することで引くことができる通称『泥沼くじ』である。
『泥沼くじ』にはアルファベットが割り振られており、A賞を頂点としたオーソドックスなくじとなっている。このくじが曲者で、景品を見せることで客を釣る通常のくじ引きシステムとは逆に、完全に景品は隠蔽されている。
E賞以下は『マッドスワンプ』の商品券だったりちょっとしたオタグッズだったりと基本微妙なものだがD賞以上は見る者が見れば唸る景品を用意している。ネットオークションでどえらい値が付いている有名造形師が作り上げたフィギュアなんかも出てくるから侮れない。まさに引き際を誤りやすいオタク共にとっての泥沼である。
このくじの最高にタチの悪い点は五千円分の買い物で一回しかくじを引けないという点に尽きるだろう。そして一月に同じ客には五回までしか引かせないという徹底ぶりがこの店の固定客が徐々に増えている要因なんだろう。うーむ、商売上手。
そして俺は何の因果か……たった今、その『泥沼くじ』のA賞を見事に引き当ててしまったのである。ちなみに女性声優みたいなプリティボイスが特徴的な店員の矢島さん(男)とは顔なじみでオタ友である。メガネをかけた好青年って外見なのにこのチャーミーボイスは反則でしょ……。
「それで、今回は何を貰えるんですか?」
ちなみに俺が最後にA賞を引き当てた時のブツは幕末ルックの美男子が二人でくんずほぐれつしてる女性向けのきわどいフィギュアだった。身内で欲しがる人に進呈しようとしたら母と姉の間で戦争が勃発したという来歴のあるいわくつきのフィギュアである。余談だがネットで調べてみると六桁行くレベルの超プレミアムフィギュアだった。そりゃ戦争になるわ。
「今回は『ホールドアップ↑↑ プリチア』のくじで、A賞はチームリーダーの『チア・チアフル』ですな。歴代でも数少ないヘソ出しプリチアですぞ。『チアとチアでチアがダブってしまった』コラで有名な」
矢島さんがカウンターに出してきたのは天真爛漫な表情とキュートなポーズをしたチア衣装を彷彿とさせるプリティーな装備に身を包んだ美少女フィギュアであった。パッケージに封入されているのにもかかわらず、その完成度の高さが外側からにじみ出ている辺り職人の繊細な仕事ぶりがうかがえる。これもひょっとしていいお値段するブツなのかしら? しかし……。
「ああ、プリチアだったのか……」
A賞で浮かれていた俺は、水を差された気分になった。否が応にも昼休みでの須藤との一件が頭をよぎる。
プリチアが実在するかもしれないという与太話から始まって、その証拠映像の提示、面識のない俺への懇願、そしてあの必死の勧誘。
もしかして本当に……?
いやいや、今更だろ俺。昼休みにあんだけばっさり断っておいて……。大体、俺に何ができるっていうんだ? 考えるだけ時間の無駄ってやつだ。
「レルマ氏? ぼうっとして、どうしたのですかな?」
もの思いにふけっていた俺を矢島さんがアニメ声で現実に引き戻す。
「いや、何でもないよ。また、寄らせてもらうね」
「そうですかな? まいどありですぞー」
不思議そうな顔をした矢島さんを尻目に、俺は『マッドスワンプ』を後にして、残り少ない帰り道を戦利品の入った紙袋を片手に歩く。
「……ェー……ナァー……」
「……ん?」
今何か、唸り声のようなものが聞こえたような? いや、でもただの生活音にも聞こえたような?
俺は妙に気になってその声かどうかも判断つかない音の方へ歩みを進めた。
「……ヤ……アァアァ……!」
「……このっ……りゃぁああ……!」
次第にそれは鮮明になって聞こえている。やはり何者かの声らしい。結構剣呑な感じで、ひょっとしたら争っている声かもしれない。そんな風に聞こえる。
喧嘩かな。怖っ……。
障らぬ神に祟りなし。俺はそそくさと踵を返して元来た道を戻ろうと振り向く途中で見知った顔が視界にチラリと入った。
……須藤だ。須藤が昼休みに俺にも見せてくれたスマホで、物陰に身を隠しながら何かを一心不乱に撮影している。俺と須藤との距離はそれほど離れたものではないので確信が持てる。
では須藤は、いったい何を熱心に撮影しているのだろうか。
俺は人生で初めて生唾を呑む、という表現を自信に当てはめた。こうして思考できる冷静な部分のある心理状態なのにも関わらず、まるで夢遊病患者のように俺の足は須藤の視線の先の方に向かって勝手に歩き出す。
須藤は他のことに気が回らないのか撮影をやめる気配も、俺に気付いた様子もない。やがて、俺は須藤がいる位置よりも手前にあった物陰から、奴が被写体にしている光景を目にした。
「うおおおおお、ホープぅ、スパイラルミーティアァァァァァ!!!」
「ヤベエエエエエナァアアアアァァアアァァァーー!!」
そこには須藤のスマホで乱舞していたピンク髪でかわいい衣装に身を包んだ少女がオーラを身にまとって螺旋回転しながらコミカルな感じの怪物、としか言いようのない生物に体当たりしているっ光景があった。
怪物は断末魔とともに上空へと高く高く飛翔し、やがて思い出したかのようにキラキラとした派手なエフェクトを残して四散した。
「シュコー……シュコー……。くそぅ、覚えてろよプリピュア!」
「おととい来なさいよねっ!」
そして少女と怪物の衝突を見守っていた、仮面をつけた黒い人物が何やら捨てセリフを吐いたかと思うと、まるで瞬間移動をしたかのように虚空へと消え去る。あの仮面の形状はたしか、ペストマスクってやつだっけ?
そして、それを見届けた少女の衣装が輝き、それが弾けたかと思うと学生服に身を包んだ少女が現れた。それは須藤が昼休みに俺に見せてきた画像の少女、
「ふぅ、懲りないやつね。っていけない! 今日カレー粉が特売の日じゃん!」
いそげー! と最後にセリフを残すと、どこからどう見ても中学生の少女は去って行った。
そして、それに追随するように動く影が一つ。そう、
「須藤!」
「木駒君!?」
思わず俺は声をかけた。後ろから話しかけられてようやく振り向いて須藤は俺の存在に気付いたらしい。しかし、振り向いたのはその一瞬ですぐさま視線は望ちゃんが去って行った方向を睨んで、足早に、しかし音もなく歩き始める。
「見たんだね? ああ、悪いけど見失うから話は後にしてくれ」
「お、おう」
ベテランのスパイを思わせる貫禄を見せつける須藤のあとを、俺は早足だがなるべく音を立てずに追いかけ始めた。
ちょっとこの人、ストーカーが堂に入っててちょっと怖いんですけど……。
これで素人ってマジ?
俺たちの放課後は変身ヒロインとともに トクシマ・ザ・スダーチ @tennpurehaidaidatta
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