第3話エリートオタク、食べ逃す!

 春のぽかぽか陽気、春眠暁を覚えない感じの昼休みに、人気のない階段の踊り場で高校デビューで隠れオタクを始めた俺は、リア充グループに属しているはずの須藤 海渡に呼び出され、「変身ヒロインを助けるためにはどうすればいい?」と質問された。


 な、何を言っているのかわからねぇとは思うが……、俺もまったくわからん。


 まぁ、確かに中学時代の俺は変身ヒロイン、とりわけプリチアの現実的問題なんかを嬉々として仲間内で議論、考察を重ねていた過去があるから俺にその質問をぶつけるのはとりあえずわかる。


 ……問題はどうしてそんな切羽詰まった真剣な表情で俺にそんな質問をしてくるのかだ。まるでプリチアが実在するかのようなスゴみすら感じる。


「ええっと、須藤君よ。どうして俺にそんな質問を?」

「実は僕、本物の変身ヒロインを見つけた。というか怪物に襲われたところを助けられた」

「は?」


 ええと、この場合精神疾患を疑って救急に連絡すべきか、それともいけないお薬の服用を疑って警察に連絡すべきか……判断に困るところだ。


 いや、ひょっとしてからかわれているだけか? あれだ、リア充グループで「あのいつも休み時間に机に伏せてる根暗クンに話しかけてきなYO!」という罰ゲームの線もある。


 あかん、これ想像するだけで結構傷つくやつやん。ウェーイ系がオタクで遊ぶやつのテンプレやめてやぁ……。


 まぁいいや。適当に話を聞いて切り上げよう。今日は俺の好きなハンバーグの入った弁当なのだ。さっさと切り上げてとっくり味わうのが吉ってもんだろ。ふふ、想像するだけで涎が出てくるぜ。


「ソースは?」

「ソース?」


 須藤は俺の発言の意図がわからなかったらしい。ハンバーグのソースの話がしたくないわけじゃないからどっちに取ってもらってもいいんだが、須藤は問いかけるように俺を見つめるだけだ。


 仕方ない。普通に答えよう。俺は短くため息を吐いた。


「その須藤君の言う変身ヒロインの存在を証明する何かはある?写真とか」

「動画があるんだ」

「動画があるの!?」


 マジかよ。手が込んでるとしても画像を加工してそれっぽいコラを見せて「これが証拠だ」って言われるくらいだと思ってたのに。動画は画像に比べて加工の難易度が段違いである、はずだ。いたずらやおちょくりにそこまでするか……?


 須藤がポケットからスマホを取り出し、それを操作して俺に画面を見せた。そこにはコスプレをした少女がアニメでよく見るどこかトゥーンな感じの巨大な怪物と肉弾戦を繰り広げる光景が映し出されていた。


「こ……れ、は」


 まず、間違いなくCGでなくては説明できない動きを怪物とコスプレ少女がしていた。しかし、一介の高校生にそんな技術があるとはちょっと考えられない。


 動画は手振れも多く、ときたま被写体をフレームアウトさせている。仮に俺をからかうため、あるいは自分のCG技術を見せびらかせたいだけならもっとまともな映像を使うだろう。


 この素人のクラフト感はかえってこの動画が本物であるという説得力を持たせている。


 極めつけにこの動画の戦闘シーンはこの学校からそう遠くない場所で撮影された映像だということがわかる。見覚えのある建造物や看板、家屋の立地の並びを見てもそれを察することができる。


 つまり、この映像は本物の可能性が……?


「次にこれを見てほしい」


 思いもしなかった混乱と急な頭痛に俺がこめかみを抑えていると須藤は動画を閉じて一枚の画像を見せてきた。快活そうなかわいらしい少女が満面の笑みでピースサインををしている。


 どうやらプリクラをスマホで撮影したものらしく、その写真が貼られているであろう手帳だかノートの線が画面の端に写っている。


「これは妹の手帳に貼られていた写真を撮影したものなんだ」

「えっ」

「その瞬間を偶然見られてから僕は部屋に入れてもらえなくなった……」


 須藤はそう言うとしょんぼりとした表情を見せた。


 いや、そりゃあ妹さんの気持ちもわかるわ。こっそり兄貴が自分の手帳を開けて友達の女子の写真をスマホに納めているとか気持ち悪いを通り越してちょっとした恐怖体験じゃないか?


 というか須藤が妹に嫌われたって噂はこれか? 完全に自業自得なんじゃないですかね……。


「それは置いておいて、この少女とさっきの変身ヒロインを見比べてくれ」


 えぇ……、そんなさくっとスルーできるような案件じゃなくない? なんならそれがメインの悩みごとだった方が幾分かマシまである。俺に的確なアドバイスができるかどうかは正直自信ないが。


 そんな俺の心情もお構いなしに須藤はスマホをさらに操作すると、加工したのか少女と変身ヒロインが画面の半分半分に写り込んだ一枚の写真を見せてきた。


「これは、髪の色とか髪形とか髪のボリュームは全く違うけど顔立ちがどう見てもいっしょに見える……!?」

「そう、妹の友人、三宅みやけ のぞみちゃんと僕が追いかけていた変身ヒロインは、同一人物だったんだ」


 俺はようやく須藤の最初の質問の意図が読めた。危険なことをしている妹の友人を何とかしてあげたい、そういう一心でこいつは最近噂の奇行を行っていたってわけか。


 須藤はさらに自分の話に信ぴょう性を持たせるためか日付の違う別のヒロインの戦闘動画を見せてくる。


 それも一本二本ではない。十数本の動画が収録されていた。徐々に撮影技術も上がっているらしく、最初に見せられた動画に比べると見やすい。


 これで陸上部を退部して課後はどこかしらへとふらりと消えるという噂にも説明がついたてしまったな……。


 しかも件の女子生徒が変身しているシーンが収録された昨日の日付の動画すらあった。端的に言って怖い!


 しかもこれダメでしょ、須藤の妹さんのお友達がいくつなのか知らんけどこれいかんでしょ! なんか光ってるけどシルエットとか完全に体の線が出てるんだけど! 思春期まっさかりの男子高校生にこれは刺激が強いっ……! アウトだろ!


 というか須藤はなんで真顔でその映像を俺に見せつけてくるんだ? 新手のプレイなのか!? 誰が得するんだ馬鹿!

 

「これで、変身ヒロインが存在するという証明にはなったかな?」

「た、たしかにここまで決定的な証拠がぼろぼろ出てくるとなると……信ぴょう性はあるな」


 プリチアは、本当に実在した……?


「そこで話を戻したい。木駒君、僕は望ちゃんを追いかけ始めて数週間のお粗末なストー……素人の見守り隊員だ」

「待った、やわらかい言葉でごまかしてるけど完全にストーカーだこれ!?」


 陸上部を辞めて放課後に中学校へとお目当ての女子を追跡する毎日とか想像以上にあんだーぐらうんどなんですけど! ウェルカムとか考えてたけど振り切れた人材だったんですけど! ついでに多分盗撮魔なんですけど! 怖い!

 

「素人の見守り隊員だ。ここで問題になるのが、彼女は変身ヒロインという非常に危険な活動をしているのにもかかわらず、僕のような素人の見守り隊員の尾行にちっとも気づかないということだ」


 どうやら須藤はストーカーという現実から断固として目をそらすらしい。


 しかし、なるほど。ようやく相談の内容と方向性が見えてきた。これは中学時代、同志たちと度々議論になった「プリチア戦闘後の警戒皆無問題」の現実版だ。


 プリチアはわかりやすい勧善懲悪の女児(一部の大きなお友達含む)向け作品だ。敵の繰り出してくる怪物を倒したら繰り出した幹部がいずこへと消え、主人公たちは何事もなかったかのように日常の帰路へとつく。


 それが「お約束だから」で済ませるならそれで話は終わりだが、「もし、敵が帰ったふりをしていて主人公らを尾行していたら」どうなる?家族を人質にするなりなんなりいくらでも思いつく。来週のヒロピン(ヒロインピンチの略語。主に触手でうねうねされたり怪物ににぎにぎされる)は約束されたも同然だ。


 つまりこの須藤 海渡という男はそういう事態を恐れている。あまりにもスマホの中で乱舞していた少女の安全が心配で期待されていた陸上までやめてしまった。そういうことらしい。


 結果として彼女をストーキングする存在わるものとなってしまったのは皮肉な話だが……。対象の安全を守りたいという意志でストーキングする存在は往々にしてその安全を脅かしているんだよなぁ……。この場合当てはまるのかは審議の余地があるけど。


「きっと彼女はこれから想像もつかない困難と立ち向かうことになる。そんな時に彼女の支えになるのは彼女が守っていてくれるこの日常なのだと思う。それが脅かされるようであれば、きっと彼女は折れてしまうだろう。僕は高校生で、彼女より年上だけど、彼女の立場に立たされたら、きっと足がすくむ。誰かが影で支えてあげないといけない。なあ、木駒君。僕に力を貸してくれないか? 多分、僕だけじゃいつか限界が来る」


 須藤の表情は終始真剣そのものだった。「使命感とかじゃなくてその場のノリで変身ヒロインになるパターンが最近の作品では多いんだZE!」とか言えない雰囲気だ。というか判断能力に懸念がある中学生辺りの女子を戦場に駆り立てるマスコットがどの作品を見ても邪悪の権化なんだよなぁ。しかも本人に自覚ないのがまたタチが悪い。


「頼む。僕と一緒に、彼女に力を貸してあげてくれないか?」


 そう言って須藤は頭を下げた。腰は綺麗な直角に曲がっている。


 なるほど。そんなに仲がいいわけでもない、クラスのヒエラルキーも低めの俺にここまで頼み込むってことは本当に他にアテがないってことだな。


 こうまでして女の子を守りたいってわけだ。まさに王道。まさに主人公的な行動。流石リア充。畏れ入った!


 たしかに俺も須藤の力になってやりたい……!





「い、いや悪い。正直信じられないし、さすがに冗談だろ? 十分驚いたから、さ。うん、他のオタクに今のネタやっても多分面白い反応すると思うよ」 





 俺はそう答えた。いや、だってそうだろ? いくら況証拠が揃ってるって言ったって流石にそんなことはあり得ない。アニメやラノベじゃないんだから。多分文武両道でクールイケメンなリア充な天から二物三物授かってる須藤だ。動画を全く違和感ないレベルで加工できる技術も持っていてもおかしくはない。プリチアが実在する、とかいうとんでもない話よりはずっとあり得る話だ。


 大体『リアルプリチア探し』は俺の中学時代に有志を募って敢行済みである。結果は言うまでもない。 


 よしんばプリチアが実在したとして、中学生までの俺なら真っ先に飛びつく案件だったかもしれないが、俺ももう高校生。高校入学と同時に隠れオタクデビューしたナイスガイだ。ましてや俺は自分の時間が欲しくてそうしているのだ。手伝うってことは少なくとも放課後がつぶれかねないってことだろ? そんな自分の時間を捧げるような殊勝な精神は今のところ持ち合わせてはいない。


 よってこの話は俺には受けられない。というかこんな奇天烈な話、ろくに面識のない人間にする方がどうかしてるぜ。


 そもそも中二病時代、望んでも望んでも手に入らなかった状況が急に転がり込んでくるとか、それなんてラノベ? ないない。俺はもうすでに平穏なオタ充生活を手に入れていて、これからもそれを維持していくつもりなのだ。


 放課後はゲーセンと書店巡り、家に帰れば録画したアニメや話題の漫画、ニッチなゲームたちが待っている。何度考えたってこんなバカげた話は受けられない。


「いや、待ってほしい。本当のことなんだ。というかどうして断る?」


 須藤は断られるとは思っていなかったのか驚いた面持ちでそう言った。


 おいおい、この反応は俺の中学時代ののいくつかまで知ってやがるな!? これは須藤に俺を紹介した奴にいろいろ聞かねばなるまい。


「悪いな、須藤。俺は帰宅部だけど放課後は結構忙しい」


 主に書店とゲーセン巡りにな!


「確かに須藤の持ってきた情報を精査すると本当に変身ヒロインはいるのかもしれない」

「ならどうして断るんだ?」

「簡単さ。俺も昔本気で探して、見つからなかったからさ。それは俺の中ではもう終わった事柄だ」


 そう吐き捨てると俺は踵を返して去ろうとする。が、須藤は俺の背後から制服の袖を掴んで待ったをかける。乙女か!? というかなんなのこの粘り!


「ああ、くそっ。なんだってんだマジで!」

「頼む、木駒君。俺を、違うな。彼女を手助けしてあげてほしい」

「ええい、うっとうしい。じゃあ俺の目の前にプリチア連れて来いよ! そしたら協力してやる!」


 俺は須藤の手を振り払うと一目散に駆け出した。冷静に考えれば陸上部期待のホープであった須藤に本気で追われたら間違いなく捕まっていたが、彼が追ってくる様子はなかった。


 そうして教室に戻ると俺の腹が結構な音量で鳴った。ちくしょう、そういえば昼飯くいっぱぐれてた!


「オイオイオイオイき、き、木島クン? 昼休み終わるころなのにもう腹減ってんのかよ! 腹ペコキャラかぁ!?」


 はやし立てるような声の後にクラスにクスクスとした声がそこかしこから漏れる。ああ、もうそんな時間だったのか? 嫌になるぜ。腹ペコなのもこのなんだかよくわからないウェーイ系のクラスメイトの相手をするのも!


「いやぁ、ははは……お恥ずかしい」

「お恥ずかしい、だってよ! おもしれーなぁ木島クンは!」


 ああもう、クラスのウェーイ系のお調子者にまで絡まれるし、悪目立ちするし、名前間違ってるし、声大きいし最悪だ! ほら、クラスメイトにいる気弱そうな君も居心地悪そうじゃねーか。ヒエラルキー上位層はもっと下位層の空気読んでどうぞ。


 俺はため息をつきながら席についた。結局俺はすきっ腹で午後の授業をむかえることとなった。おのれ須藤……!


 くっそ、ハンバーグ楽しみにしてたのに!!

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