第2話エリートオタク、狼狽する!

 最近俺のクラスメイトである須藤 海渡の奇行が各生徒の間で噂になっている。


 須藤海渡という生徒は高校入学と同時に中二病とオタク趣味を封印して高校デビューを狙ってあえなく失敗した俺こと、木駒きこま レルマとは違い、なかなかリア充めいた生活を送っていた生徒だった。


 まずイケメンであり、普段は物静かで休み時間は次の授業の予習をしており、放課後は陸上部で長距離走という文武両道具合だ。当然、成績も中学時代から良かったらしいし、陸上部ではまだ一年生の春だというのにもう顧問からの期待が厚いのだそうだ。


 物静かだからといってコミュニティ能力が低いのかと言われるとそうではなく、話しかければ無難に受け答えができるし、陰口や嫌味な態度もとらない。


 さらにもう一度言うがイケメンだ。当然人気も出る。一部ではファンクラブを設立しようという声も上がっているのだとか。


 俺? 中学時代ですら帰宅に命と尊厳をかける帰宅部の地区代表(自称)だったのだ。今更入部なんて考えられない。成績は、まぁ中の中くらいなんじゃない?


 ……俺のことはいいんだ。今語らなきゃならないのは須藤のことだ。


 そう、今の俺の状況を説明するには語らなきゃなんだろう。


 そんな高校生活として華々しいスタートを切ったらしい須藤だが最近どうも様子がおかしい。俺が休み時間に寝たふりをしながら周囲の会話を盗み聞き、もとい情報収集をしたところによると、


・仲の良かった超かわいい妹に最近嫌われたらしい

・陸上部に退部届を出して放課後はどこかしらへとふらりと消える。

・これまでまるで接点のなかったキモイ人たち(話しぶりから察するにおそらくオタク圏の人類)と会話しているところを見かける。


 といった行動をしているらしい。これまで静かに青春を謳歌していた人物が起こすアクションとしてはなかなか劇的な変化に見える。


 まあ、俺のように毎週楽しみに見ていた少年探偵もののアニメで培った知識から推察するに、オタクの魔導に足を踏み入れ、順調に灰色の青春に堕ちようとしているというあたりが妥当なんじゃないかな?


 冷静に考えて周囲の期待を振り切ってオタク道に突っ走るってのは割と正気の沙汰じゃない気がするが。俺は歓迎するよ?


 うぇるかむとぅーあんだーわーるどってやつだ。


 なんて考えていたのはさっきまでだ。どうやら俺の勘違いだったらしい。という一点を除いて。


 さて、現状を説明するのはもう少しだけ待ってほしい。


 ここからはほんの少しだけ俺の話をしないといけない。


 俺は無意味にハーフで中学時代はそこそこのオタクで、例にもれず中二病を患わっていた。外国人の父から授かった青い瞳が片目にだけ宿ったオッドアイなのもそれに拍車をかけた。


 両親揃ってオタクで、俺の中二病とオタク趣味を後押しするようにコスプレをさせ、王道ファンタジーを、ダークファンタジーを、異世界転移ファンタジーを、その他諸々を、アニメ、漫画、ゲームといったあらゆる形で体験させていただいたのだ。


 俺はもちろんサブカルチャーにのめりこんだ。中でもとくにのめりこんだ作品は、幼いころから両親と毎週雁首を並べて見ていた日曜朝の変身ヒロインモノのアニメ、『プリチア』シリーズだった。


 未だにシリーズは続いており、両親の話ではもう最初のシリーズから十余年も経過しているのだそうだ。


 相当ヤバイ作品だよな。余談だが両親も俺もなぜか特撮にはそれほど興味を感じていなかった。


「なあ、母様。どうしてこの悪者達はどうして最初から自分で戦わないのかな? なんで自分の部下を週一で少しだけ差し向けて負けを見届けて去って行くの? これじゃプリチアたちは程よく成長してしまうと思うのだけど」


 オタク英才教育を受けた当時の俺はある日、母に子供らしからぬそんなひねくれた質問をした。

 

「いい着眼点ね。他に疑問はあるかしら?」


 母はまず、俺の疑問に答える前にすべての疑問を引き出そうとした。


「どうして部下がやられたらすぐにぱっと帰っちゃうのかな? 最初から数回は油断を誘う理由でそれでいいとして、頃合いを見て帰ったふりをして、プリチアたちの後をつけて住所を割り出せばもっと簡単にけりがつくんじゃないかな」

「オーウ、レルマサーン。それでは彼女たちの冒険が終わってシマイマース」


 そんな俺の発言に対して父は普通の反応を返した。

 

「父様。でも、悪者はプリチアたちをやっつけたいんでしょ? なんか変だよ。なんでかなー?」


 俺のそんな様子に母は嬉しそうに、父は困ったように笑った。


「レルマサーン。アニメには不可逆的なお約束、破ってはならないルールがありマース。本来はそこで思考を止めてしまっていいのデス。それがどの年齢層に向けた作品かどうかでそれは決まるのデス。厳密に言うとプリチアはそれを考えるのがルール違反なのデース」


 父はそう言って俺にそんなことは考えず、もっと頭を空にしてまっすぐな心でアニメを楽しめと諭してきた。


 後に判明するのだが父は某有名海外アニメの関係者だったらしい。とくに働いている様子がないのに一軒家で生活に全く不自由しない、海外から時折高級食材やティーセットとかが送られてくる、俺への小遣いも月5000円も貰ってる理由がそれなんだろう。父はどんな立場の人間だったのか度々聞くのだが、いまだにはぐらかされている。


「ふふ、パパの言うことも一理あるけど、それを『そういうもの』で片づけていてはそれ以上その作品を楽しむことはできないわ。疑問が生じてしまったのなら今まで見てきた材料から推察して『こういう理由があるんじゃないか?』と考えるのも一興よ」


 母は俺に疑問に思ったことをそのままにせず理由を解明してみるのも面白いと何かを期待するように笑っていた。


 後に判明するのだが母は設定厨で考察厨だった。その手の掲示板で神扱いされているとかなんとか。


 ついでに有名レイヤーだ。毎月撮影会のお誘いやその手の雑誌からオファーが来る。正直息子としては三十路越えの親がコスプレをするってのは……まぁ、それは置いておこう。


 ともあれ我が木駒家の家族関係は非常に良好である。


 とまぁ、そんな出来事があって俺は中学時代、作品を純粋に楽しみ、疑問は考察に考察を重ねるという行為をひそかに集った同志たちと語り合いに語り合い尽くした。


 結果、中三の頃には学校のオタクを統括する立場となっていた。本当にいつの間にか、だ。


 わかるかな!? いつの間にか見知らぬ後輩に「ああっ、木駒先輩! 先輩がおすすめしてた作品マジ最高でした!」とか言われた時の恐怖が。


 いや、まずお前誰ぇ!? 絶対面識ないのに怖いくらい会話の距離近いんだぜ?


 あと、俺のコスプレをリスペクトする中二病が蔓延して学校の三割くらいが放課後にヴァンパイアめいた仮装をはじめ、その中の七割くらいがカラーコンタクトでオッドアイ化していた。毎日が文化祭のようだった。


 いやいや、日光避けろ日光! 日中から堂々と道を歩くな。真祖吸血鬼何体いるんだうちの中学校は? まったく、ロールプレイがなってない。


 そんなわけで俺としては普通のオタクライフを送っていたつもりだったが、何かが良かったのか悪かったのかそんな地位にまで祭り上げられてしまっていた。


 そのせいで放課後や休み時間に漫画や小説を教師に見つからぬようにこっそり楽しもうとしても誰かしらの同好の士に絡まれ、自分の時間が取れなくなったりもした。


 同志との談議に花を咲かせるのはもちろん有意義ではあったが。


「うーむ、このままでは自分の時間が深刻なレベルでとれなくなるのでは?」


 そう考えた俺は高校入学を機に髪形を変え、オッドアイをカラコンで隠し、普通の男子生徒に扮した。あわよくばリア充グループとは言わないまでもクラスのヒエラルキーの中間あたりに入って中学時代の二の舞を避けようと画策した。


 ……のだがコミュニケーションに失敗して結局ボッチとなった。


 よし、話を戻そうじゃないか。俺は中学時代、オタクの元締めにいつの間にかなっていた。そして高校に上がって隠れオタクに扮したわけだ。で、俺は自分の時間を確保したかったので自宅付近の高校を受験してめでたく合格して入学を果たした。


 つまり自宅付近の高校ということは、俺のいた中学の連中もある程度いたわけである。そしてその中でとりわけ俺と親しいオタク仲間もいたってわけだ。俺の高校デビューの姿を見て、最近は距離を置いてくれていた空気の読める素晴らしいオタクだと思っていた。


 そう、思っていたのだ……!


 さて、長々と前置きをしてきたがこれで最後だ。ここでもう一度うちのクラスの人気者、クールでイケメンで文武両道な須藤 海渡の奇行のうちの一つを振り返ってみよう。


・これまでまるで接点のなかったキモイ人たち(おそらくオタク圏の人類)と会話しているところを見かける。


 ここだ、この一点。このキモイ人たちというやつらの中に当時の俺のオタク仲間がいたってわけね? そしてあろうことかそいつは俺のことを須藤に話したらしい。


 そういういきさつがあって、俺は昼休みに初めて須藤に話しかけられ、人気のない階段の踊り場まで連れてこられたってわけだ。


 俺の手には弁当、須藤の手には通学中に買ってきたらしいコンビニでよく見かける総菜パンが握られていた。


 それらに手を付ける前に、須藤は非常に真剣に、思いつめた様子で立ったまま切り出した。


「なあ、木駒君。変身ヒロインを助けるためには、俺は何をどうすればいい?」


 一体何がどうなったらわざわざ俺を呼び出してそんな意味不明な質問を投げるような状況になるんだあああああ!?

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