俺たちの放課後は変身ヒロインとともに
トクシマ・ザ・スダーチ
第1話イケメン、やべー格好の少女に遭遇する
そこは
「なんだこれ……」
彼の目の前には電柱に子供が落書きしたような手足とコミカルな目、口を携えた奇怪な怪物がいた。その腕は線のように細いくせに手のひらは祭りでしか見かけることのない大うちわのように広く巨大である。脚も同じように線のような形状のくせにその末端は冗談のように大きなスニーカー靴で締めくくられている。
「ヤベーナァー!!」
怪物が雄たけびを上げて子供が癇癪を起したように無造作に腕を振ると民家の塀が音を立てて崩れた。いや、爆散したという表現が近いかもしれない。
海渡は陸上部に所属しており多少運動はできるが、しがない高校生だ。このような異常事態に対処するすべはない。彼のクラスにいるいわゆるオタクと呼ばれる人種が読むようなアニメや漫画、ラノベに出てくるようなシチュエーションである。
今日この日まで話半分にしか聞いたことのなかったそれらの物事に興味をもっていれば、あるいは何か対処できたのかもしれないが、時はすでに遅かったらしい。
怪物は海渡を明確な敵意を持って睨んでいる。
(あ、死ぬ……)
海渡がそう思って目をきつく閉じた時には怪物は彼にめがけてその巨大な拳を振るっていた。
次いで岩と岩が衝突したような周囲に響く重低音。大型トラックが猛スピードですれ違ったかのような衝撃波が海渡の頬と髪を乱暴に嬲る。
しかし、海渡が想像したような痛みはいつまでたっても訪れなかった。ひょっとして痛みを感じる間もなく自分は死んでしまったのか?
「……?」
海渡が不思議に思い目を開けると、そこには派手な上にポップでキュートなピンクを基調としたフリルたっぷりの衣装を着た一人の美少女が怪物の拳を両手で押して掴むようにして受け止めていた。
なんなら髪の色までピンクである。筆記用具やカバンなど、小物を目に優しい緑系統の色を好んで揃えている海渡には少々キツイ色であった。へそも出ている。年頃の女子としては恥ずかしい格好かもしれない。
「大丈夫!?」
「あ、ああ。無事、だ。君こそ大丈夫か? その、格好とか」
「え、ええ!? か、かっこ可愛くない……?」
「正気を疑う格好だ……」
「正気を!?」
海渡の言葉にショックを受けている様子の美少女。しかし、どう見ても華奢な少女にしか見えない彼女の膂力は凄まじいらしく、体躯で大きく勝る怪物は突き出したままの拳を押すことも引くこともできずに目を白黒させている。
『ピュアホープ! のん気にお話をしている場合じゃないのだ! はやくヤベーナーを倒しちゃうのだ!』
「ああ、そうだった!」
どこからともなく声をかけられた少女、ピュアホープは怪物に向き直ると掴んでいた拳を押し戻し、弾かれるように地を蹴って怪物を殴りぬいた。
そこから先の光景は海渡にとって夢のような光景だった。怪物から繰り出されるありとあらゆる攻撃を、時にアクロバティックに避け、時に民家に被害が出ないように受け止め、そして隙を見ては攻撃を加えてゆく。やがて、怪物はまともに立てなくなり、片膝をつくところまで追い詰められた。
『ホープ、今なのだ!』
「うん!」
謎の声に応じたピュアホープは深く呼吸を整えながら格闘家のように構える。すると彼女の全身から身にまとう衣装と同じようにピンク色のオーラが立ち上り始める。そして次の瞬間、ピュアホープは海渡の視界から消えた。
……さっきまで彼女の立っていた場所には冗談のように靴底の跡がめり込んでいる。
「ホープゥ……ダイヤモンドフィストォ!!」
「ヤベェェエェェナァァァァアァァァーー!!?」
名状しがたい神々しい気をまとったピュアホープは目にもとまらぬスピードで怪物に突っ込んで右ストレートで殴りぬいたのだった。
拳を受けた怪物はきりもみ回転をしながら空高く舞い上がり、光の粒子となって消えていった。
海渡はその様子を口を阿呆のように開けて見ていた。
「……」
「あのぉ」
「…………」
「もしもーし」
「………………」
「あの、あなた大丈夫? 頭でも打った?」
「っ!?」
そんな彼にピュアホープが心配そうにそう声をかけ続けているとようやく海渡は我に返った。そして彼女の顔をまじまじと見た。しっかりと認識した。
ピュアホープの顔を見るまでは海渡の胸中には「あの怪物はなんだ」とか「君はどんな存在なんだ」といった疑問が渦巻いていたがそれらを押しやって、今や海渡の疑問は一つだった。
「よかった。気が付いたみたい」
『ホープ、そろそろおうちの門限が近づいているのだ。遅れるとママさんがカンカンに怒っちゃうのだ』
「大変! それじゃ、君。気を付けて帰ってね」
そう言うとピュアホープは跳び上がって民家の屋根を伝って海渡の視界から消えていった。
「……あの恥ずかしい格好をした少女、うちの妹の友達じゃなかったか?」
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