第13節 見習い魔女の見習い魔女

「こんちはー。ご注文の花お届けにあがりやしたー」


魔法協会の魔法薬研究センターに収穫したオルロフリリーを届ける。

入り口のインターホンを押すと、「はーい」と聞き覚えのある女性の声がした。


「ご苦労さまーって、メグじゃん」


「祈さん!?」


予期せぬ人物の登場に思わず声が出る。


「うわー! お久しぶりです! 老けました?」


「あんた死にたいの……?」


中に入ると、しばらく姿を見ていなかったジャックが「よう」とこちらに手を振ってくる。


「そろそろ来る頃だと思ったぜ」


「ジャック! 祈さん居るなら言ってよ! もっと早く会いに来たのに!」


「いいわよ、いちいちそんなの。こちとら一年中旅して回ってんだから」


祈さんが肩をすくめる。


「あんたこそ、ちゃんと涙集まってんの?」


「そりゃもちろん」


話しながら中に入った。


魔法薬研究センターは魔法効果を付随した魔法薬を開発する場所だ。

ここでは様々な薬が開発されており、魔力汚染に関する治療薬の研究も行われている。

今日はそのラボにある一室を借りていた。


「薬品の研究って言ったら英知の魔女を無視することは出来ねぇからな。オルロフリリーの話を聞いた時に俺が呼んでおいた」


「まったく……突然言うんだもの。スケジュール調整するのに苦労したわ」


祈さんはゲンナリすると、気を取り直したように私の手に握られたそれを指差す。


「それで、あんたが手に持ってるのが、例のオルロフリリー?」


「あ、そうです!」


私は机の上に収穫した十本のオルロフリリーを置く。

ジャックが部屋の中を暗くすると、花はほのかな輝きに包まれた。

それを見て祈さんが「わぁ」と声を上げる。


「キレイね……光る花なんて始めて見た」


「こんなに早く育つと思ってなかったんでびっくりしましたよ」


「精霊の森で栽培してたんだってね。あそこは土も魔力も特殊だから。植物が育ちやすいし、長持ちするの。あそこで繁殖したおかげで、絶滅危惧種だった植物がいくつも助かってるんだから」


「ふえぇ……精霊がいる土地ってやっぱすごいんですねぇ」


そこでふと思い出し、私は机の上に一冊のノートを置いた。

置かれたノートを見て、ジャックと祈さんは興味深げに中を開く。


それは植物の観察ノートだった。


オルロフリリーを育てるまでに上げた肥料や水の量。

よりつきやすい害虫やその駆除方法。

花の育つ速度や性質。

魔力の調整方法など。


栽培に関する情報を細かく記してあるのだ。


「かなり育てやすかったけど、やっぱり最初は苦戦しましたね。ある程度育つまでは土壌の魔力を安定させないと育ちが急に悪くなるみたいです」


「やるじゃんメグ。ここまで細かく書かれてるのはなかなかないわよ」


「へへ、そんなことないですよ。うひひ、ぐひひひ」


「その汚い笑顔見てたら褒める気も失せるわ……」


私たちのやり取りを気にした様子もなく、ジャックは真剣な表情でノートを見つめている。


「魔力を変質させる成分があるのは花弁か」


「うん。薬にするなら花弁を使ったほうが良いと思うんだ」


「魔力を分解して栄養源とし、それが同時に発光作用もあると考えるのが自然だな。まず、どの成分がどんな役割を果たすのか、解析に回す必要があるな。とにかく量が居る。オルロフリリーはまだあるのか?」


「クロエが育ててくれてるよ。ただ、繁殖力がめっちゃ強いから、育てる場所は考えた方が良いって」


私の言葉を聞いた祈さんが「長期的にやるしかないわね」と肩をすくめた。


「しばらく魔法協会には滞在する必要がありそうね。まぁ、元々呼ばれてたから良かったけど」


「何か用事だったんですか?」


私が尋ねると、二人ともキョトンとした顔をする。


「お前弟子なのに知らないのか? 三日後に星の核の完成式典があんだろ」


「えっ、完成したの!?」


「ニュースになってるわよ」


初耳だった。

そう言えば、ここ数日ずっとクロエの家に寝泊まりしていてテレビも見れていなかった。

現在クロエの家ではベネットにソフィーまで寝泊まりしており、とにかく賑わっているのだ。

テレビのニュースに注目している時間はない。


「あんた、ファウスト婆さんから連絡は来てないの?」


「いや、まったく」


「どんな師弟関係してんのよ……」


私たちが連絡を取り合ってないのは、けじめみたいなものだ。

ちゃんと再会を果たすまではお互いに会わないというけじめ。

だから私も、この数ヶ月の間、お師匠様に一切の連絡をしていない。


「でも良かったわね。星の核が出来たんだから、もうすぐファウスト婆さんに会えるんだし」


「え? あぁ、まぁ、そうですね……」


返事したものの、自分でも歯切れの悪さを感じる。

私の中では、ラピスを出た時のお師匠様の悲しそうな笑顔が、どこか心に引っかかっていた。


 ○


本格的な花の解析を始めるとかで忙しくなりそうだったので、私は研究センターを後にした。

施設内を歩き、養護施設へと向かう。

以前ウェンディさんから施設側に連絡を入れてもらっていたので、今度は楽に中に入れた。


建物の外側を周り、姿を探してみる。

すると、以前出会った場所と同じところに、彼女は座っていた。


「シエラ」


声をかけると、シエラはパッと表情を明るくする。


「メグちゃん」


「ごめんね。会いに来ようと思ってたのに、間が空いちゃった」


「もうこないかとおもった」


「んなわけないじゃん。形が変わったとしても、私は約束を守るタイプだからね」


私は彼女の隣に座った。


「その後どうよ? 施設の子とは仲良くなれた?」


尋ねると、シエラはシュンと俯いてしまう。

まぁ、そう簡単に馴染めるはずないか。


「メグちゃんは、なにしてたの?」


「私? えっとね、花育ててたよ。それから蔦に絡まったり、お茶飲んだりしてた」


我ながら何しているのかまるでわからない。


「実はね、今日はシエラにちょっと話があってさ」


「なぁに?」


「私はもうすぐラピスに帰っちゃうんだ。けど、このままシエラのことを置いて帰っちゃうのは気がかりでさ。私なりに考えて、答えを出してみたんだよ」


私は彼女の両肩に手を置いた。


「シエラはさ、魔女になりたいんでしょ」


「うん」


「だったらさ、シエラ、うちに来る気はない?」


「えっ?」


私の言葉に、シエラは驚いたように目を見開く。


「魔女になりたいなら、魔女の弟子になるのが一番早いよ。もしシエラが本気で魔女を目指したいなら、私の弟子になるのはどうかなと思って。と言っても、まだ私も見習いだけど」


私はシエラにニッと笑みを浮かべると、空を見上げた。


「ラピスは良い街だよ、きっと気に入る。それに頑張って魔法を覚えれば、いつかシエラの身体を元に戻す方法だって見つかるよ」


「からだを、もとに……?」


「そのために魔女になりたかったんでしょ?」


「ううん、ちがうの」


意外にも、彼女は首を振った。


「わたしがまじょになりたいのはね、わたしも、だれかをたすけたかったから」


シエラはそう言って、私の服をギュッと握った。


「わたしをたすけてくれた、ステキなまじょみたいに、わたしもなりたい」


「素敵な魔女って、ひょっとして私のこと?」


尋ねると、シエラは黙って首肯する。

私はその時、自分の勘違いに気がついた。


シエラは、獣の耳を持った今の身体を、ずっとうとましく感じてると思っていた。

自分がイジメられる境遇になったのは、この身体のせいなのだと。


でも、違った。

彼女は体を治したいんじゃない。

自分を救ってくれた魔女みたいに、誰かの力になりたかったんだ。


魔女メグ・ラズベリーみたいな魔女に。


その言葉を聞いて、胸が熱くなった。

私はそっと、シエラを抱きしめる。


「ねぇ、シエラ。この世界にはね、どうしようもない大きな流れみたいなものがあるんだ。私たち魔女は、それをことわりって呼んでる」


「ことわり……」


「魔女はね、理と共にあるんだ。自然の流れや、物事の変化。その中には、人の死も含まれる。沢山のどうしようもない事柄と向き合って、理に力を借りて、魔女は魔法を紡ぐんだよ」


私は、シエラの顔を真正面から見つめる。


「シエラ、今はまだ、誰かがまた居なくなるかもしれないって、怖いかもしれない。でもね、私きっと、シエラのこと立派な魔女にしてあげる。大切な人たちを守れるくらいの魔女に」


ウェンディさんはいつか言っていた。

シエラが生き残ったのは、重要な意味があるのだと。


「いつかシエラが一人前の魔女になって、人と関わることが怖くなくなったら、その姿を見せに、一緒にシエラの故郷に行こうよ」


彼女だけが生き残った意味。


「だからシエラの妹ちゃんや、お父さんやお母さんのこと、ちゃんと覚えててあげて」


それは、きっと死んでしまった人の分まで生きることなのだと、私は思うのだ。


「シエラの故郷はどんな場所なの?」


「おさかながおいしくて、うみがキレイで、みんなやさしかった」


「素敵な街じゃん。いつか私にも、シエラの生まれた場所を見せてほしい」


「うん」


「それにシエラがうちにくるなら、美味しいご飯も作ったげるよ。私、こう見えて、結構料理上手いんだから」


「うん……」


シエラは頷く度に、泣きそうな顔を浮かべ。


「わたし、メグちゃんのでしになりたい」


シエラはそっと笑みを浮かべたあと。


「ありがとう……おししょうさま」


そう言って、彼女は大粒の涙を流した。


シエラの瞳からこぼれた涙は、静かに彼女の頬を伝い。

ポチャリとビンにこぼれ落ちた。


その時だった。


ビンからあふれるほどの大きな輝きが溢れたのは。


「何!?」


私は慌てて、ベルトに付けていたビンを取り出す。

ビンが虹色に輝きを放っていた。


「キレイ……」


「は、はは……」


虹色の輝きを瞳に映したシエラが、静かに呟く。

私はと言えば、思わず笑い声が出てしまった。

なぜなら、私が手に持ったビンの中には、ほとんど満タンの量の涙が溜まっていたから。


シラタマやイヴを宿した今ならわかる。


私が集めた世界中の人たちの涙。

精霊たちが流してくれた涙。

それらが集まったこのビンの中には、九百九十七粒の涙が入っているのだと。


「シエラー! やったよぉ! 私やったんだぁ!」


私がギュッと抱きしめると、シエラは「おじじょうざま……ぐるじぃ」と潰れた声を出した。


あと三粒。

余命はあと二週間。


私はついに、追いついたんだ。

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