第11節 友との再会

森の中を歩く一人の魔女が居た。

その名をソフィ・ヘイター。

七賢人の一人、祝福の魔女の名を持つ若き天才である。


その若き天才は今。


「また同じ場所に出た……」


道に迷っていた。


北米にある精霊樹の森。

そこに友人がいると言う話を聞き、わざわざ足を運んだのだ。


「ジャックが余計なこと言わなければ森になんて足を運ばなかったのに……」


ソフィは森を歩きながら、その時のことを思い出す。




「よぉ、ソフィ。久々だな」


魔法協会から受けた依頼の完了報告をしに本部に寄った時、声を掛けられた。

七賢人の一人、生命の賢者ジャックだ。


「ジャック。遠征に出てたって聞いた」


「あぁ、戻ってきたんだよ。ベネットと一緒にな」


「そう」


さほど興味もなかったのでさっさと去ろうとしたその時。


「そういやお前、メグ・ラズベリーとも面識あるんだったか?」


不意に、久しく聞いた友の名を耳にした。


「近くまで来たなら会いに行ってやったらどうだ? 久々だろ」


「ズベリー……? どこに居る!? 教えて!」


「お、おぉ……。あいつなら――」




そして現在に至る。


「……ムカつく」


当時の情景を思い出し、ソフィは忌々しそうに顔を歪めた。

かなり食い気味に聞いていたのは自分だったような気もするが、そんなことは関係ない。


もはや彼女にとって重要なのは、自分がどこを歩いているのかすらわからないというこの現状を、いかにして解決するかなのだ。

電波はかろうじて入るが、地図を見ても、もはや広大すぎてどこを歩いているかわからない。


「クロエに電話……」


この森の管理者に電話すれば早い。

そう思い、ソフィはふと手を止める。


あの小生意気な子供老人に電話でもかけようものなら、道に迷っていたことを散々バカにされた挙げ句、数ヶ月はマウントを取られる気がした。

それだけは我慢ならない。


足が疲れてきた。

精霊の森に入っていることは確かなはずだが、もう何時間もこうして歩きまわっている。

すぐに陽も沈むだろうから、あまりうかうかしてられない。


「ホウ」


不意に、聞き覚えのある声がして空を見上げる。

すると、木の上に白いフクロウが居た。

どこか見覚えのあるシロフクロウである。


「ズベリーの使い魔……!」


ソフィが声を出すと、彼女を視認したシロフクロウはバサバサと羽を広げてソフィの元へと降り立った。


「案内してくれる?」


「ホウホウ」


シロフクロウを肩に載せ、ソフィは導かれるまま森を進む。

しばらくして、大きな樹がそびえ立つ一帯にたどり着いた。


今まで見たことも無いほどの巨大な樹である。

それがこの精霊の森の神木であることは、見てすぐに分かった。

ありえないほどの魔力が溢れていたからだ。


「すごい……」


思わず感嘆の声が漏れる。


「ホウ」


「ズベリー、ここにいるの?」


しかし、どこにも姿が見えない。


「やぁ、ソフィ」


声を掛けられた。

見ると、神木から伸びる巨大な樹の根に、見知った老人が座っている。


世界最高の賢者、ベネット・エンデだった。


「久しぶりだね。こんなところで会えるとは思わなかった」


「久しぶり」


良かった、これで助かった。

ソフィは内心安堵し、彼の横に腰掛ける。

ベネットはいつもの穏やかな笑みを見せてくれた。


「ベネットはこんなとこで何をしてるの?」


「約束をしていてね。人を待ってるんだ。もう一週間以上になる」


「一週間以上もこんな場所で……」


「そういう君こそ珍しいね。クロエに用事かい?」


「依頼されていた式典の完了報告を魔法協会にしにきた。それで、私の知り合いが居るってジャックが教えてくれたから」


「ひょっとして、ラズベリーかい? ファウストの弟子の」


「そう」


「そうか、二人は面識があるんだね」


「一応、友達」


「一応……か。君らしいね」


ベネットはおかしそうに口元を抑える。

そんな彼を構わず、ソフィは周囲をキョロキョロと見渡した。


「それで、ズベリーはどこ」


「ラズベリーなら、今、君が椅子にしているけど」


「えっ?」


ソフィは怪訝な顔をして背後を見る。

顔があった。

蔦に絡みつかれ、草に埋もれた、泥まみれの私の顔が。


「ひぃぃぃ!」


ソフィが見たこともない顔で悲鳴を上げ、私から飛び退く。

彼女の声が呼び水となり、深く潜っていた私の意識はそこで覚めた。


目をパチリと開く。

ソフィと目が合った。


「んあ? ソフィじゃん! 久しぶり!」


「久しぶりじゃない……」


覚醒して間もなく、頭も薄い膜が掛かったようにぼんやりしていたが、彼女の顔を見て反射的に声が出た。

ひっくり返ったソフィは間抜けな格好で怒ったようなしかめっ面をしている。


「久々の再会なのに冷たいじゃん!」


「蔦に巻かれて喜ぶ変態趣味と話したくはない」


「なんじゃこりゃあっ! 違う! これはプレイではない!」


叫び声を上げながら芋虫みたいにもがく。

バランスを崩し、ゴロゴロと簀巻きの状態で転がり「ぬあー!」と声が出た。

クロエのことを変態だとか散々罵ったが、もはや自分が同類になるとは。


地面に転がる私を見て、ベネットは愉快そうに私を覗き込んだ。


「おかえり、ラズベリー。待ってたよ」


「あはは……ただいま」


 ○


「ふぃー、さっぱりしたぁ」


久々の風呂に入る。

つんつるてんのテカテカになった顔でリビングに戻ると、皆が座っていた。


ソフィ、ベネット、クロエ。

紅茶を注いでいるウェンディさんがこちらを見て、パァッと華やかな表情を浮かべた。

まるで花が咲いたみたいだ。


「メグさん、お湯どうでした?」


「よござんした、ホンマに。いやはや、すっかり空けちゃって。ご迷惑おかけしました」


するとソフィが「お疲れ」と言ってくれた。

感情のない平坦な声なのは相変わらずだ。


「ラズベリーが木霊憑きをしていたのは十日間か。驚異的な長さだね」


「ズベリーはいつも普通じゃない。頭がおかしい」


「しばくよ?」


「そこまで深く樹と一体になったんじゃ。さぞかし感覚が洗練されたことじゃろ」


私は身体の感覚を確かめるために手を握ったり開いたりする。


「うーん? そんな感覚はないけどなぁ」


特に異常はないが、動いていなさすぎて関節がいちいち軋む。

まるで使い古したロボットだ。

そんな私を見て、クロエが呆れたように嘆息した。


「十日も木霊憑きをしておいて変わっておらんとは、何やっとたんじゃウヌは」


「学びはあったんだけどさぁ。樹と一体化するってのとはちょっと違くない?」


「どういうことじゃ?」


「いや、木霊憑きって、神木と同化して何千年も過ごす修行だって思ってたんだよ」


「思ってたも何も、木霊憑きはそう言うもんじゃ」


「でも私さ、樹じゃなくて精霊になってたんだよね。白い、ふわふわってした身体を持ってて。それで旅をしてた」


「旅?」


私がベネットに問いかけるような視線を送ると、彼も不思議そうに見つめ返してきた。


「ベネット、シラタマって言う精霊のこと、覚えてる?」


「シラタマ……?」


そこで彼はハッと表情を変えた。

思い出したのだ。


「かつて、イヴとベネットと旅をした樹の精霊。もし、あれが私だったって言ったら、ベネットは信じる?」


「そんなバカな……」


ベネットは呆然としている。

言葉を失っているようだった。


ソフィが「イヴって誰」と首を傾げると「精霊の森の創始者で、魔法の始祖の一人です」とウェンディさんが耳打ちした。


クロエだけが、「ありえんじゃろ」と私の言葉に対して冷静な意見を返す。


「木霊憑きで精霊になるなんぞ聞いたことがない。それじゃ何か? メグは過去に戻って精霊となり、魔法の始祖二人と旅をしたっていうのか? どうなんじゃ、ベネット」


「確かに、その記憶は僕の中にある。イヴだけが見ることの出来る精霊の名前。彼女はシラタマって呼んでいた。それに、精霊の森を生み出した時も、シラタマのおかげで命の種を使うことを思いついたって……」


「話がおかしいではないか。それではまるで、メグがいなければ精霊の森は生まれなかったみたいに聞こえる」


微妙な空気が流れる。

すると「タイムパラドックス」とソフィが呟いた。


「未来の干渉が無いと過去が成立しない。矛盾してる。ズベリーの存在がこの全宇宙森羅万象における矛盾」


「言いすぎやろ」


思わず突っ込む。

でも、私の時だけそんなことが起こるだなんて、どう考えても不可解だ。


「何でそんなイレギュラーが起きたんだろ。誰かが何かやったとか?」


「誰かって、誰じゃ」


「んなもん知らんがな」


「もし魔導師の干渉があったとしたら、神木自身に何かが行われていた可能性が高いだろうね」


ベネットがそう言うと「それはない」とクロエが反論する。


「神木に細工がされてたなら、わしが気づかんはずがない。身体にイタズラされるようなもんじゃからの。もっとも、わしが生まれる前なら話は別じゃがな」


「クロエが生まれる前に神木に細工できる人って、二百年近くも効力を発揮する魔法が撃てる人ってこと? そんなの、お師匠様しか思いつかないよ」


「いや、ファウストでも流石にそれは難しいんじゃないかな……」


「ベネットがそう言うならもう詰みじゃん。エルドラ姉さんでも無理ってことでしょ? そんなすごい魔導師、他にいるはず――」


そこで私とベネットは「あっ」と同時に声を出した。


とんでもない魔法の使い手で。

イタズラが好きで。

私たちを驚かせそうな人。


そんな魔導師に、一人だけ心当たりがある。


「イヴだ」


私たちは同時にその名を呼んだ。

彼女が生きたのは、もう何年も前のはずなのに。

これほど歳月が流れても、サプライズをされるだなんて思ってもみなかった。


すると「待て待て待て」とクロエが声を出した。


「イヴが生きたのは何年も前じゃろ? 目的が見えんではないか!」


「まぁ、確かにそうなんだけど」


「でも、イヴならやりかねない」


ベネットは、はっきりと言った。

そんな彼に、私も「そだね」と頷く。


イヴがやったと言われれば、何故だか私たちは納得してしまう。

なぜなら、彼女はそう言う人だから。

いつも、人の想像を軽々と超えてしまう、とんでもない人だ。


脳裏に、生前のイヴの顔が思い浮かぶ。

屈託のない笑みを浮かべた、イタズラっぽいイヴの笑顔が。


私とベネットは、クックックと体の芯から湧き上がるように笑った。

そんな私たちの様子を、クロエとソフィとウェンディさんは困惑した顔で見ていた。


無理もない話だ。

イヴのことを知らなければ、きっと誰にも理解されないだろうから。


そう。

彼女のことを理解している人間が、ここに二人も存在している。

まるで、奇跡じゃないか。


神木が、遠い過去を通して、私とイヴとベネットを繋いでくれた。

それなら、私がやるべきことは、一つしか無い。


「ねぇみんな、一つ提案なんだけど」


「何じゃ?」


「あの神木を、私たちで眠らせてあげよう」


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