最終話 始まりの世界と希望の魔女

第1節 最終決戦

洞窟を抜けると、不意に視界が広がった。

あまりの明るさに、一瞬目がくらむ。

光に目が慣れるまで、少しかかった。


そこは、砂と青空が広がる、不思議な空間だった。

洞窟を抜けて外に出たのだろうかと思ったが、違う。


ここが聖域なんだ。


この世のどこでもない。

異界でもなく、世界からも隔絶された、不安定な場所。

足元の地面には魔力が満ち溢れており。

時の流れも、空間としてのあり方も、何もかもが違っていた。


だけどそこは、確かに世界の中心だった。


この世とはまるで違う場所なのに。

この世の理の全てが、ここから世界へ解き放たれているのがわかる。


一歩歩くと、柔らかい砂の感触がした。

まるで砂漠の砂が敷き詰められているようだ。

だけど砂漠と違い、肌を焼くような暑さは感じられない。

むしろ、夏場の森の中のような、独特な心地よい涼しさすら感じられる。


見上げると、そこには青空が広がっていた。

でもこれはきっと幻で、本当はただの洞窟の内壁が広がっているだけなんだ。

ここに流れる溢れんばかりの魔力が、私に空を見せている。


不思議な場所だと思った。


前を見ると、遥か先に芝生が生えた一帯があるのがわかった。

一本だけ、小さな樹が生えている。

樹の傍には、二人の人影があった。


エルドラ姉さんと、お師匠様だった。


お師匠様は全身ボロボロになり、樹にもたれかかるように座り込んでいる。

異形と化したエルドラ姉さんは、どこか悲しそうにその姿を眺めていた。


よく見ると、お師匠様の脇腹からは大量の血が流れていた。

エルドラ姉さんの腕が、鮮血で染まっている。


心臓が、ドクンと鳴るのが分かった。

お師匠様が、負けた……?


「嘘だよね、お師匠様……」


当然、その声は届かない。

呼吸が荒くなるのを、どうにか堪えた。

私まで感情的になっては、この場を乗り切ることは絶対に出来ない。


心臓を抑え、どうにか鼓動を落ち着けると、私は二匹の使い魔に目配せした。


大丈夫だ、落ち着け。

お師匠様には命の種があるじゃないか。

命の種は、あんなに深手を負ったベネットすらも急速に癒やしていた。

だからきっと、お師匠様も大丈夫なはずだ。


エルドラ姉さんは、皮膚を紫色に染め、身体の至る場所を異形へと変化させている。

背中や足から触手が生え、右腕は奇妙に太くなり、爪が刃物のように鋭く尖っている。


彼女の胸元には、怪しく輝く星の核が埋め込まれていた。

これが全ての元凶だ。


それを壊しても、エルドラ姉さんが助かるか分からない。

でも、私が二人を助けられるとするなら、これしか方法は無い。


ここで私がやらねば、星の核はエルドラ姉さんの殺意を用いて全てを破壊するだろう。


あれはもうエルドラ姉さんじゃない。

災厄の魔女であり、破壊の化身エルドラなんだ。


「いくよ……お前たち」


「ホウ」


「キュウ」


私はそっと使い魔に手をかざす。


「我が眷属よ、この声に応えよ」


その呪文に呼応するように、使い魔の姿が変わっていく。

シロフクロウはオオワシのような鋭く大きな姿となり。

カーバンクルは強靭な四肢を持つ大型の獣へと姿を変えた。


不意に、私に気づいたエルドラがこちらに目を向ける。

その瞬間、憎悪の感情が、大きな円を描いて私たちを包むのがわかった。


嫌な予感がした。


「カーバンクル!」


私が叫ぶのとほぼ同時に、カーバンクルが私を背中に乗せて大きくジャンプする。

刹那、広がった憎悪に沿うように、エルドラを中心に一面を薙ぐような黒炎が走った。

瞬間的に広がった炎が、空間を一閃したのだ。


「危なかった……!」


一瞬でも判断が遅れていたら、あの瞬間に私たちは燃やされていた。

感情が、攻撃の軌道になってたんだ。

それを読んだおかげで、魔法を回避することが出来た。


「走って!」


「キュウ!」


カーバンクルが大きくエルドラの周囲を回る。

私たちのすぐ頭上を、シロフクロウが飛んでいた。


不意に、エルドラが右手に火球を生み出し、こちらに投げつける。

早かったが、かわせない速度じゃない。

私はソフィ直伝の魔法陣構築術で空気抵抗をなくし、カーバンクルの速度を早めた。


私たちの速度についてこれず、火球は壁にぶつかり大きく爆発する。

当たればひとたまりも無いだろう。

でも相手が威力で勝負をするなら、こちらは速度で勝負するまでだ。


「壁を行くよ!」


私は次に、壁に擬似的な光の壁を構築し、重力無視と慣性無効の魔法を付与した。

生み出された壁を、カーバンクルが私を乗せたまま駆け抜ける。

外周を回り、隙を見つければ勝機はあるかもしれない。


すると、エルドラの様子が変わった。

先ほどと同じ、大きな黒炎の火球を生み出したかと思うと。


数十の小さな球へと分割したのだ。


小型の衛星のような球体が、エルドラの周囲にいくつも生み出される。

何が起こるのかと思っていると。

生み出された小さな火球郡が、ものすごい速度で私たちを追いかけてきた。


風を切る音と、火球が走ると同時に巻き上がる砂。

爆音で高速接近してくるそれが、ただの火の球ではないことは明らかだ。

全体の大雑把な攻撃だと当てづらいから、焦点を絞ったんだ。


「ヤバい! 飛ばして! もっともっともっと!」


「キュウキュウ!」


カーバンクルは私を乗せ全速力でダッシュする。

時速百キロ以上は出ているはずだが、火球はその勢いを落とすことなく私たちを追尾してきた。

まるで小型ミサイルだ。


「シロフクロウ!」


「ホウ!」


私が叫ぶと同時に、シロフクロウが近くの石を掴み、私たちとすれ違いざまに火球に投げ込む。

すると、石をぶつけられた火球は轟音を立てて爆発し、他の火球も巻き込んで大爆発を起こした。


「やった……!」


「キュウ!? キュウキュウ!」


「うぇっ!?」


カーバンクルの鳴き声に促され前を見る。

すると、今度は前から火球が飛んできていた。

いつの間に。


「なんの!」


私はカーバンクルの上で身体を捻り、火球がかする隙間を縫ってギリギリのところをかわした。

しかし最後の最後で、服がかする。

チッという擦れた音と共に、大きな爆発と爆煙が巻き上がった。


飲まれたかと思ったが、とっさに結界を張ったおかげで、何とか駆け抜けることが出来る。


「無事!? カーバンクル!」


「キュウ!」


爆発で飛び散った細かな石に身体を打たれ、カーバンクルも私も体中傷だらけだ。

しかも攻撃はまだ止まない。

このままじゃいつかやられる。


「近づこう! 打って出ないとやられちゃう!」


指笛を鳴らすと、シロフクロウが合図に気づく。

私たちは大きく回りながら、徐々にエルドラとの距離を縮めた。

エルドラが私を視認し、新たな魔法を生み出そうとする。


「エルドラ姉さん! 目を覚まして!」


もし、まだあの中にエルドラ姉さんの心が残っているのなら……。

その一縷いちるの望みを託し、私は呼びかける。


「こんなことしても誰も喜ばない!」


エルドラは、私の叫びを無視して極大の火球を生み出した。


「あなたの大切な人は、それで本当に笑顔になるの!?」


すると、一瞬、エルドラの動きが鈍った。

生み出された火球が霧消する。


今だ……!


私が指示する前に、考えを読んだカーバンクルが背後からエルドラ姉さんに急速接近していた。

すぐにエルドラの動きが戻り、こちらに大きな爪を一閃する。


だが攻撃は空を切った。


攻撃が当たる瞬間、カーバンクルの魔法を解き、一緒にシロフクロウに掴まったのだ。

今、私はエルドラの真上にいる。

しかしエルドラは、すぐにこちらに反応した。


「風よ舞え!」


私が呪文を唱えると、エルドラの足元に風が走り、砂が大きく巻き上がった。

一瞬視界が奪われるも、構わずエルドラは、巨大な腕を大きく振り回す。

その腕を誘導するように、カーバンクルを乗せたシロフクロウがエルドラの周囲を飛んだ。


すでにそこに私は居ない。

砂煙が上がった瞬間、私は地面に着地し、エルドラの足元へ滑り込んでいた。


私は体制を立て直し、星の核を目の前に捉え、手を延ばす。

もう少しで私の手が星の核に触れようとしたその時。


エルドラの左手が、私の顔面を掴んだ。


何が起こったか気づくのに時間が掛かった。

あの大きな右手に気を取られすぎて、左手を使うなんて予想していなかったから。


エルドラは攻撃を全て右手で行っていた。

もしあれが、ブラフだったとしたら……?


考える間もなく、エルドラの左手に急激に魔力が集中した。

熱が生まれ、極大の火球で私を焼こうとしている。

炎が生まれた瞬間、頭部は焼け焦げ、私は絶命するだろう。


全身に寒気が走る。


悟った。

私、死ぬんだ。


そう思った瞬間。


不意に、エルドラの動きが時を静止したように固まった。

何が起こった……?


極限状態の中、奇妙なまでの静寂が満ち。

一秒が無限にも感じられた時。



私はその静かな声を確かに聞いた。



「はぁ、はぁ……舐めるんじゃ……ない、よ……」



お師匠様……!

考えるより前に、理解し、身体が反応した。

私はとっさに身体を捻り、エルドラの手から顔を逃がす。

刹那、時の流れが戻り、私のすぐ横をものすごい轟音と熱が走った。

魔法が私の頬をかすめて放たれたのだ。


攻撃を外すと思っていなかったのか、エルドラの動きが鈍る。

私はその隙を見逃さず、死にものぐるいで星の核を掴んだ。


触れた瞬間、手が紫色に染まっていく。

超高濃度の魔力の塊に触れたことで、汚染されていた。


そんなの構うもんか。


星の核が増長させているエルドラ姉さんの憎悪。

星の核自身が放つ魔力。

それを一点凝縮させれば、核は超高密度のエネルギーに耐えきれず崩壊するんじゃないか……?


ほぼ直感だった。

私は渾身の力を込めて憎悪と魔力を押し流し、星の核に集約させる。


「戻ってきてぇ! エルドラ姉さん!」


その叫びと同時に。



ピシリ



星の核に、ヒビが入った。



ピシリピシリ



ヒビは一気に広がり。

そして次の瞬間。



星の核は、粉々に砕け散った。



――エルドラ。

――まぁま。


核が砕け散る瞬間。

どこかで聞き覚えのある声が聞こえた気がした。


「フリッツ……、リア……」


エルドラ姉さんは誰も居ないはずの場所を見つめて呟くと、頬から大粒の涙を流し。

こぼれた涙はポチャリとビンへこぼれ落ちた。

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