第5節 木霊憑き

「ベネット、どうしたんすか急に」


「どうしたって、君に会いに来たんだよ。連絡もなしに消えたと思ったら、すでにクロエのところにいるって言うから」


「あ……」


そう言えば成り行きでここに来たのは良いが、ベネットたちに連絡を入れるのをすっかり忘れてしまっていた。

ウェンディさんが気を利かせて魔法協会に連絡を入れてくれていたらしい。

その機転がなければ、今頃大騒動になっていただろう。


「いやはや、ご心配おかけしまして……」


「ジャックが心配していたから、後日会うことがあれば一声掛けて上げてやってくれないか」


「うわぁ……どやされそう」


あの医療系ヤクザを怒らすと後が恐い。

旅の最中でもぶち切れているシーンを何度か見たが、遠巻きに見てても震え上がるほどだった。

一人娘とは言え、あれを制するココはすごいと思う。

私がげんなりしていると、傍にいたウェンディさんが深々とベネットに向かってお辞儀した。


「ベネット様、お久しぶりです」


「ウェンディ、久しいね。最後に会ったのは前回の賢人会議以来かな?」


「えぇ……何せベネット様はお忙しいですから」


「それはお互い様だよ。クロエは居るかな? 久しぶりに彼女にも挨拶しておきたい」


「今、森の奥で木霊憑きをされていらっしゃると思います。案内しますね」


「頼んだよ」


三人で森の中を進む。

今日の森は何だかいつもより静かで張り詰めている気がした。

クロエが木霊憑きをしているからだろうか。


落ち葉を踏みしめ、地面の枝がパキリと折れる音がする。

生命の気配が強く、魔力がみなぎっているのを肌で感じた。


「ベネットは私たちに会うためだけにわざわざここまで?」


「それもあるけれど、精霊の神木にも会いたくてね。寿命が近いと聞いたから」


「そっか」


するとベネットは「懐かしいな」と森を眺めて嬉しそうに目を細める。


「ここは昔よく足を運んだんだ。子供の頃は特にね」


「ベネットって北米の出身だったんですか?」


初耳だ。


「まだ国がまともに確立していないような時代の話だよ。今の僕にとっては、故郷なんてほとんど意味を成さない。国も土地も人も、移ろってしまったからね。もともとこの森も荒れ地だったんだ。それが本当に立派になった。見違えたよ」


「へぇ……荒れ地が世界一の精霊の森になるなんてあるんですねぇ」


「色々あったからね、この場所は」


そう言うと、ベネットは何故だか少し物悲しそうな表情を浮かべる。

なんだか寂しそうにも見えた。

私に見られていることに気づいたのか、「そう言えば」とベネットは話を変える。


「ファウストもかつてここで修行したことがあるよ」


「お師匠様も?」


気になる。

もっと詳しい話を聞きだそうとしたのだが。


「着きましたよぉ」


話を聞き出すより先にクロエの居る場所へとたどり着いてしまった。


目の前に巨大な樹が天へ向かって伸びている。

精霊の森は他の森とは桁違いに樹の力が強い。

しかし、私が今目の前にしているのは、その中でも頭一つ飛び抜けていた。


胴回りだけで数十メートルはありそうな、巨大な神木。

中東の災厄の樹も大きかったが、これはさらにその上を行くだろう。


まさしく、世界樹と呼んでも差しつかえないほどの巨木だった。


「相変わらずでっかい樹だなぁ」


クロエと再会した時はキチンと見ていなかったから、改めて見るとそのスケールに驚かされる。


「クロエ様ぁ、いらっしゃいますかぁ」


ウェンディさんがキョロキョロとクロエの姿を探している。

すると「ここじゃ」とどこからともなくクロエの声が聞こえてきた。

よく見ると、世界樹の根本であぐらをかいた、つただらけのクロエの姿があった。


「クロエ様、また木霊憑きを?」


「うむ。どうしたんじゃこんなところまで」


「お客様が来られたのでお連れしたんです」


「客?」


そこでクロエとベネットの視線が交差する。


「クロエ、久しぶりだね」


「ベ、ベベベネット!」


がばり、とクロエは立ち上がろうとするも、蔦が体に絡まってそのまま転がった。


「うむむぅ! 何じゃこの蔦はぁ!?」


「んもぅ、クロエ様が自分で巻きつけたんですよぉ」


「わしではない! 木霊憑きをするといっつも葉っぱだらけになるのじゃ!」


ウェンディさんに起こされながら、クロエは一人でプンスカ怒っていた。

そんな彼女の姿を、ベネットは微笑ましそうに見つめていた。

ベネットは神木に近づくと、静かにその根本に触れる。


「もうすぐ寿命なんだってね、クロエ」


「うむ。長い年月を生きたが、徐々に声が弱くなってきた。あと数日以内が限度かのう」


「そうか、間に合って良かった……」


ベネットは慈しむように、樹を撫でる。


「この樹は、僕が子供の頃に生まれたものだったんだ。精霊の森を生み出した、最初の一本。そこから全てが始まった」


「そんなに古くから……?」


驚いて思わず声が出てしまう。

魔法の始祖であるベネットがどれくらいの間生きてきたのかはわからないが。

少なくとも、千年や二千年という単位ではないのは確かだ。


人類がこの世に文明を持った始祖の時代。

この神木は、そんな時代に生み出されたものらしい。


「ラズベリーは、もう樹に触れたかい?」


「ううん、まだだけど……」


「じゃあ、触れてごらん」


促されるまま、ベネットに倣って樹に触れる。

すると、不思議と体に何か声のようなものが流れ込む感覚がした。



――おいで……。

――おいで……。



はっきりとした言葉じゃなかったが。

呼ばれた気がした。


「何だろ、声がする。おいでって言われた」


「珍しいのう、神木の精霊が人を招くなぞ。メグを好いておるんじゃろうか」


「好かれるようなことしたっけ?」


「世界中で精霊を助けてくれておるじゃろ」


「えっ? でもあれは全然違う国でやったことだよ?」


「わしと一緒じゃ。この樹の精霊は、精霊がいれば世界中どの場所とも繋がれる」


「へえぇ、やっぱすごい樹なんだ……」


私が感心して樹を撫でていると、「提案があるんだ」とベネットが言う。


「ラズベリー、この神木と木霊憑きをしてみないか?」


「木霊憑きって、さっきクロエがやってたやつ? 私にも出来んの?」


「可能だよ。と言っても、クロエみたいに世界中の精霊と繋がるネットワークみたいなことは出来ないけれどね。あれはクロエだから出来る、特殊な方法なんだ。本来、木霊憑きは魔導師たちが編み出した、修行の方法なんだよ」


「それって、さっき言ってたお師匠様もやったっていう?」


「ああ。樹の記憶にアクセスして共有することで、魔法の知識を得たり、魔力や、生命エネルギーを感じ取る感覚を高めたりも出来る。木霊憑きは本来そうやって、力ある樹から助力を得るような修行なんだよ。もちろん、弱い樹と繋がっても意味がない」


「この樹だから意味があるってことですか?」


「精霊の森の神木は、この星の歴史そのものだ。この樹と繋がることで、ラズベリーは魔女としての扉をいくつも開くことが出来るだろう。今まで以上の力を得ることが出来るはずだよ」


「えぇ……そんなすごい修行なら、もっと早くやりたかったなぁ」


「ファウストも時期を見ていたんだろう。木霊就きは、樹の力だけでなく、術者自体も洗練された感覚がないと効果が薄い。繋がれる時間が極端に短くなる。だから、ラズベリーの魔女としての感覚が研ぎ澄まされるのを待っていたんじゃないかな」


「なるほどねぇ。ちなみに、ベネットとお師匠様はどれくらい繋がったんですか?」


「ファウストは丸一日。僕は三日ってところかな」


「それってすごいの?」


私が尋ねると「当たり前じゃ」とクロエが会話に入ってくる。


「並の魔導師なら五分と持たんからのう。一時間繋がれただけでも偉業じゃ。特にこの神木は力が強いからな。樹から流れてくる膨大な情報についていけなくなる。一日耐えただけでも化け物じみていると言えるじゃろう」


「そうなんだぁ」


「ちなみに、わしは一年中繋がっていても問題ないぞ」


クロエはエッヘンと胸を張る。

私が「はいはい、わかったわかった」と邪険に扱うと、クロエは不機嫌そうに頬を膨らませた。

そんな彼女をよそに、私は少し考える。


魔法界第一位と第二位の魔導師が行った修行。

正直興味しかない。

一体どんなものなんだろう。


私はお師匠様の修行時代の話を殆ど知らない。

そういう事情もあり、余計に気になってしまう。


でも、嬉し涙集めのことや、オルロフリリーの世話もある。

この修業を本当に今行うべきかは少し迷うところだ。

ただ、この機会を逃してしまえば、神木との木霊憑きはもう行えないかもしれない。


今しか出来ない修行か。

やるべき使命に重視するか。

どっちにしたら良いんだろう。


「メグ、花の世話ならわしがやっておく」


そう声を掛けてくれたのは、クロエだった。

彼女は真剣な表情をして、私のことを真っ直ぐ見る。


「だから、神木の声を聞いてやってほしい。この樹はウヌを呼んでいる。きっと何か、伝えたいことがあるんじゃろう。神木の最後の声に耳を澄ませてやってくれ」


「もちろん、クロエ様だけじゃなくて、私も手伝いますよぉ」


「ウェンディさん、クロエ……」


「決まりだね」


ベネットは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる。

そこでふと気になったことがあった。


「ベネットがここに来た目的って、私に木霊憑きをさせるため……?」


「魔女として成長してほしい……その気持ちはあるけれどね。それ以上に、君には知ってほしかったんだ。この星の歴史を」


「それは、私が時代を変える魔女だからですか?」


「……わからない」


ベネットはフッと、私の顔を見つめる。

とても優しい顔だった。

まるで、最愛の人を前にしている時のような、そんな顔。


「でも、君がイヴに似ているからかもしれないね。彼女がたどった道と君がたどろうとしている道は、少しずつ交差しつつある。だから、僕は出来ることをしておきたいんだ」


私は何となく、ベネットがただ修行の提案のために言っているのではないのだと感じた。

もっと、ずっと大切なことを、彼は私に伝えようとしている。


「わかった」


私は、心を決める。


「やるよ、木霊憑き」


そこに、大切なことが待っているのなら。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る