第3節 再会とお願い

魔法協会を出た私たちは、更に森の奥へと向かっていた。

魔法協会のある森の奥に精霊の森の入り口があるらしいのだ。


薄暗い森の中を、二人で歩く。

一応道はあるものの、ほとんど区別がつかない。

野生動物の姿もチラホラ見え、クマとか居ないだろうかと少し心配になった。


「もう少し歩くと、魔法協会の管理する保護区に入ります」


ウェンディさんがそう言って間もなく、不意にフェンスで区切られた一帯が目に入ってきた。

どうやらここからが保護区らしい。


「ここから先が精霊の森ですぅ」


「ふーん? 普通の森に見えるけどなぁ」


「ふっふっふ、それがそうでもないんですよぉ」


「どゆこと?」


「すぐにわかりますぅ。あ、でも気をつけてくださいねぇ」


ウェンディさんの言葉に耳を傾けながら入口に足を踏み入れる。

すると、不意に全身が何かに包まれるような感覚に襲われた。

まるで目に見えない水の中に足を踏み入れたみたいだ。


そして襲い来る倦怠感と吐き気。

平たく言えばめちゃくちゃ気持ち悪い。


「うぇぇ、なんじゃこりゃあ」


「精霊の森の結界です。慣れてないと二日酔いみたいな感覚になっちゃうんですぅ」


「もっと早よ言えや……」


頭がガンガンする。

酒に酔うとこんな感じらしい。

こんな感覚に好き好んで至るとは、世の酒好きはどういう嗜好をしとるんだ。


この感覚は部外者を排除するものらしい。

体内の魔力コントロールをすることで解消出来るそうだ。

だが、すぐには無理だな。


「待ってて下さいね。すぐに私の魔法でメグさんの魔力を整えますから」


「お願いしましゅ」


ふらつきながら顔を上げる。

そこで目を奪われた。


「すっご……」


視界に飛び込んできたのは、縦横無尽に咲く花々と、ひと回りサイズが違う巨大な樹木たち。

空中には数えきれないほどの精霊が舞い、森の中を楽しげに飛び回っていた。

先ほどまで歩いてきた森にも精霊はいたが、数も規模も段違いだ。


色とりどりの花々。

木々の隙間から差し込む木漏れ日。

風に揺られる草木のざわめき。

その中を浮遊する、輝く精霊。


命が躍動している。

そんな印象を受けた。


「外から見た光景と全然違うやん……」


「結界外からは中の様子がわからないよう、擬態化させてるんです」


「この結界はウェンディさんが?」


「管理は私がしてますけど、生み出したのはベネット様です」


「やっぱとんでもないなあの男……」


「さ、魔力は整えました。目的地はこの奥ですよぉ」


「あ、待って、まだ気持ち悪い……うぇぇ」


しばらく歩くと、やがて森が拓け、大きな館が目に入ってきた。

森の中に建っているにしては綺麗な洋館だ。

どこかの金持ちの別荘にも見える。


「着きましたよぉ。ここが私とクロエ様の暮らす家です」


「こんなところで暮らしてんの?」


物資とかどうやって調達しているんだろうか。

宅配のお兄さんが大変そうだな。

そう言えば今日の晩ごはんどうしよう。

色々考えた。


家の中に入る。


広いホールと、吹き抜けになった大階段。

上下にそれぞれ寝室とリビングに繋がるドアが見えた。

部屋数はかなり多そうだ。


どこもかしこも美しく、普段から清掃されているのが分かる。


「クロエ様ぁ、お客様ですよぉ」


ウェンディさんのキレイな声が広いホールに響いた。

しかし返事はない。

と言うか、人が居る気配すらない。


「いないのかな? 街に出かけたとか?」


「クロエ様は普段遠出しませんから、裏の森にいらっしゃるのかもしれません」


ウェンディさんと家の裏側に向かうと、小さな花壇がいくつかあるのがわかる。

だが、今は使っていないらしく、ここはなかなか荒れ果てていた。


裏庭を通ると、そこから更に森の奥へと続く道が見えた。

森の深部へと繋がっているらしい。

私たちはその中に足を踏み入れる。


奥に向かうにつれ、精霊の森の自然は豊かになっていった。

辺りにある木々は、どこか普通の樹木とは違うように見える。

なんというか、生命力に満ち溢れているように見えるのだ。


精霊の数も更に増えている。

というよりも、この樹から生まれているような気がした。


「これってもしかして精霊樹? ここにあるの全部?」」


「そうですよぉ。だからこの森は『精霊の森』って呼ばれているんです」


「ふえぇ……」


精霊樹と言えば、私がラピスで生み出したセレナイトが思い出される。

樹齢百年を超える大木。

今ではラピスの樹木を育む守り神だ。


ここにある樹の一本一本は、どうやらそのセレナイトに匹敵する樹木らしい。

田舎町の守り神も、ここでは有象無象の一つか。

スケールが違いすぎる。


私は「半端ないなぁ」とため息をついて、近くの樹にもたれかかった。

すると、もたれかかった樹がガサガサ動き始める。


「誰じゃあ! 人の頭の上に乗りおって!」


「えぇっ!?」


一瞬樹が喋ったのかと思い狼狽する。

しかしそれは樹ではなかった。


全身をつたに絡みつかれた少女だったのだ。


髪の毛も、まつげも、肌も真っ白な少女。

その異質な姿を、私は知っていた。


「クロエじゃん!」


私が叫ぶと、最初は怪訝な顔をしていたクロエが徐々に驚愕の色を浮かべる。


「メグ!? 久しいのう! 何しとるんじゃこんなところで!」


「そりゃこっちのセリフだよ! 何やってんの全身葉っぱだらけじゃん!」


私たちがマシンガンのように言葉を投げあっていると「私がお連れしたんですぅ」とウェンディさんののんびりした声が背後からした。


「お茶でも飲みましょう、クロエ様」


 ○


クロエの館にある食卓にて、ようやく一息つく。

私の対面では、クロエがしみじみと嬉しそうに腕組みして座っていた。


頭にはまだ蔦が絡みついている。

まるでかんむりだ。


「メグ、ウヌともう一度会えるとは思っておらんかったわ」


「クロエは変わらず元気そうだね」


「まぁのう。ウヌは……色々あったようじゃの。アクアマリンや、魔法協会のよくわからんプロジェクトに参加したと言う話は耳にしておった」


「よくわからんプロジェクトて……」


こっちは割と命がけだったのだが。

酷い言われようである。


「中東では、精霊たちが世話になったようじゃのう」


「知ってんの?」


「わしは精霊の女王みたいなもんじゃ。精霊がいる場所の異変には気づく。精霊が死に絶えた土地が突然蘇った。調べたら、どこぞのチンケな田舎魔女の仕業じゃった」


「しばくぞワレ」


睨みつけてもクロエはひょうひょうとしている。

小生意気なのは相変わらずらしい。


「それで、クロエはあんな場所で何やってたのさ? 全身葉っぱだらけになって」


「木霊憑きをちょっとのぅ」


「木霊憑き?」


「精霊樹と同化する儀式なんですよぉ」


不意に、紅茶を運んできたウェンディさんが話に入ってくる。


気持ちがスッと休まりそうな良い香りのお茶が置かれる。

焼き菓子までついていて至れり尽くせりである。


「クロエ様はことわりの声を聞く言の葉の魔女ですから、木々と同調することで精霊や大自然の声を聞けるんです」


「それがさっきの蔦でぐるぐる巻きにされること? 趣味悪くない?」


焼き菓子をモグモグ食べながら適当に尋ねると「誰が趣味じゃっ!」とクロエが声を荒げた。


「あれはわしが好き好んでやっておるわけではない! 精霊樹の精霊と意思疎通すると、樹がわしと一体化しようとして勝手に巻き付いて来るんじゃ!」


「えぇ……めっちゃ迷惑じゃん」


するとウェンディさんがふと疑問に思ったのか、首を傾げた。


「でもクロエ様ぁ。どうして木霊憑きを? 何か異変でもありましたぁ?」


クロエは、少しだけ深刻そうな顔を浮かべる。


「精霊を看取っておったんじゃ。寿命が来た」


「クロエって精霊を看取るのもやんの? あれだけ数いたら大変じゃない?」


「今回は特別じゃ。寿命を迎えたのが精霊の森の神木じゃったからのう」


「神木……」


「森の主みたいなもんじゃよ。この森を守り、たくさんのものを教えてくれた。わしにとっては、古い友人みたいなもんなんじゃ」


クロエの表情は、どこか物悲しげに見える。

遠い昔の友人の訃報を聞いた時のような、どこか達観した表情だった。

元々、覚悟はしていたのかもしれない。


「今はまだ息があるが、もうすぐあやつはことわりに還るじゃろう。じゃから、残された時間をなるべく一緒に過ごしてやろうと思ったんじゃ」


「そっか……」


クロエは体が精霊と同化した、人類で唯一の存在だ。

生まれた時から精霊と一つだったクロエにとって、精霊樹の神木は家族同然だったに違いない。


そんな彼女になんと声を掛けてよいかわからず、私は何となくポケットに手を突っ込んだ。


そこであるものに手が触れ、ハッとした。

机の上に取り出す。


「うん? メグ、何じゃこれは?」


机に出されたものを見て、クロエが不思議そうな顔をした。


「オルロフリリーって言う、オルロフの土地にしか咲かない種だよ。クロエに会うので一杯ですっかり忘れてたけど、実はこれを育てたくてここに来たんだよね。魔法協会の会長さんから連絡があったと思うんだけど」


「うげっ、折り返そうと思って完全に忘れとったわ……」


会長という言葉を聞いてクロエはあからさまに顔をしかめる。

去年末の魔法式典の時も感じていたが、どうやらクロエは会長が苦手らしい。


「クロエ、この花、ここで育てさせてもらえないかな? 私が面倒見るからさ」


「ウヌが? つまりしばらくここに居るということか?」


「まぁ、迷惑じゃなければ。ダメかな?」


「う、うーむ? どうしようかのう」


クロエは腕組みしながらあからさまにソワソワしている。

不思議に思っていると、ウェンディさんが私の耳元で囁いた。


「クロエ様はめちゃくちゃチョロイんで、もうひと押しです」


なるほど。

ならばやるしかあるまい。

私は少女漫画のように瞳を輝かせると、クロエの手を取った。


「ね、クロエ、良いでしょ? せっかく会えたし、クロエともう少し一緒に居たいの」


「ふ、ふふぅ? 考えてやらんでもないがのう、どうしようかのう」


めちゃくちゃチラチラ見てくる。

もうちょいか。


「頼むよ、お願い、クロエちゃん」


「うーむぅ? どうしようかのう、むむむぅ?」


「一生のお願いだから」


「そうじゃのう、もう少しわしのこと褒めたりとか、して欲しいのう」


「可愛い可愛いクロエちゃん! お願い!」


「肩とか、揉んでほしいのう」


「あのー、ウェンディさん。面倒くさいんでそろそろぶちのめしていいですか?」


「メグさん堪えてぇ!」

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