第2節 大切な役割

「大丈夫? 落ち着いた?」


「うん……」


建物入り口の短い階段に座って、シエラと話す。

近くの自販機でジュースを買って手渡すと、シエラはちびちびとそれを飲み始めた。


「私のこと覚えてる? アクアマリンで会ったメグだよ」


「おぼえてる」


「退院してから、こっちに来てたんだね」


「わたし、ひとりぼっちだから」


シエラは大規模な魔力災害で家族を亡くしたんだったか。

魔力災害で身寄りをなくした子供は、魔法協会に引き取られることになる。

だからいまここで、偶然私と再会出来た。


「ここでの暮らしは慣れた?」


しかしシエラは首を振った。

我ながら迂闊な質問だった。

先程の情景を見て、慣れていると思えるはずないじゃないか。


アクアマリンの時にはなかった暗い陰を、シエラは纏うようになっていた。

常にうつむいていて、表情も暗い。

話している最中なのに、言葉をつぐむ癖がついていた。

黙りがちになって、すぐに沈黙が満ちる。


「さっきの奴ら酷いね。いっつもあんな感じなの?」


「わたしがへんだから」


「変?」


「ふつうのひとじゃないって。どうぶつみたいだって、ばかにされるの」


シエラはそう言って耳を触る。

自分の頭部に着いた、獣の耳を。

それは、私が彼女に生み出してしまった後遺症だった。


魔力汚染で死にかけていたシエラを助けることで変異した、彼女の耳。

もし私が、魔女として一流の技術を身につけられていたら。

シエラはきっと、こんなところで、イジメられずに済んでいたはずだ。

友達を作って、穏やかな生活を送れていたかもしれない。


仕方がなかったこととは言え、なんだか責任を感じてしまう。


「シエラはちゃんと普通の人だよ……」


「おみみがへんでも?」


「そんなの、全然変じゃないよ。可愛いよ。個性みたいなもん」


体毛に覆われた猫みたいな耳をそっと撫でると、シエラはゆっくり身を寄せてきた。


「目が異様なくらい青かったり、足がめっちゃ臭かったり、人間には色々特徴があるんだよ。獣みたいな耳の人くらい居たっていいじゃん」


「でも、みんなへんだって……」


「それはね、違いを受け入れられないんだよ。怖いんだ。私も魔法を使うけどさ、昔は悪魔の技だって言ってめちゃくちゃいじめられたよ。全員ボコしたけど」


「メグちゃんはまじょなんだよね」


「そだよ。一応ローブも来てるし、魔女っぽいっしょ?」


「こすぷれかとおもった」


「コスプレでこんなとこ来るか」


すると、何故かシエラはジッと、私の姿をジロジロ眺めてくる。


「わたしもいつかまじょになれるかな?」


「何で?」


「まじょになったら、みんなもわたしのこと、こわくなくなるかなって」


何となく、その言葉の意味を考えてみる。


「……魔法があれば、シエラの耳も治せるかもしれないね」


きっとシエラは、魔女になって自分の耳を治したいんだ。

普通じゃないと忌み嫌われた彼女は、普通になりたがっている。

何となく、それが分かった。


南アジアで救った人たちも、同じ様な目に遭っているのだろうか。

私が治療した人の中には、シエラのように体が変異してしまった人もいる。

生活を送る上で問題はない変異だけれど、それでも奇異の目で見られることは間違いない。


私は人を救った気になって満足していた。

でも、そこで その人の人生は終わりじゃないんだ。


助けたことに後悔はないけれど。

助けたことで、新たな苦しみを背負ってしまった人だっている。


そんなこと、ずっと前からわかっていたつもりだったのに。

こうして目の当たりにするまで、全然わかっていなかったのだと気づいた。


「めぐちゃん、わたしもまじょになれる?」


「……うん。シエラが頑張れば、魔女にだってなれるよ」


「ほんとう?」


「まぁ、それなりに苦労はするけどね」


私が苦笑すると、不意に建物内部から「おーい」と女性の声が聞こえてきた。


「シエラちゃーん、どこですかぁ?」


どこかで聞いたことのある、のんびりした声だ。

だが見つかるわけにはいかない。

関係者用のパスを持っているとは言え、私は今、閉ざされた施設に無断で侵入しているのだ。

どやされる前にさっさとトンズラするが吉。


「そ、それじゃああっしはこれにて御免……」


私が塀をよじ登ろうとしていると、シエラが空気を読まず「ウェンディちゃん、こっち!」と声の主を呼んでしまった。


うん?

ウェンディ?

どこかで聞いたことある気がする名だ。


「もう、シエラちゃん、どこ行ってたんですかぁ。心配しましたよぉ」


建物の扉を開き、女性が姿を見せる。

そこで目が合った。


一瞬、空気が止まったかと思った後。

私を見た女性は腰を抜かして、その場にヘナヘナと座り込んだ。


「ひ、ひぇぇぇぇ! 侵入者ですぅ!」


「違う違う違う! いや、違わんけど違う!」


そこでお互い既視感に気づいて「あっ」と声を出した。

この人。


言の葉の魔女クロエの弟子のウェンディだ。


 ○


「すんません……勝手に侵入して」


どうにか事情を話し、場を取りなす。

私が頭を下げると「謝らないで下さい」とウェンディさんは慌てて言った。


「私も、早とちりしてしまいましたから。シエラちゃんのこと、助けてくれたんですね」


「うん。めぐちゃん、でっかいとりさんで、みんなひきにくにしてやるっていってた」


「シエラ、ちょっと黙ってよっか?」


このままでは私がガチの犯罪者にされかねない。

恩を仇で返すとはこのことか。


「でも、ウェンディさんがこんなところで働いてるとは思いませんでしたよ」


「魔法協会には、クロエ様がいつもお世話になっていますから。ちょっとしたお手伝いです。それで、毎日通っていたら、子どもたちとも仲良くなってしまって」


「ふぇー、芸能活動もしながら毎日子供たちの面倒も見てるんだ、大変だなぁ」


そこでふと、閉ざされた門が目に入る。


「あの門が閉まってるのはなんで?」


「今、星の核の製作が最終工程なこともあって、色んな関係者の方が出入りしていますから。子どもたちに刺激になりますし、施設の方にお願いしてしばらく閉門してもらうことにしたんです」


「なるほどねぇ。そりゃ勝手に入ったら犯罪者扱いもされるわな」


私が勝手に納得していると、ウェンディさんは立ち上がってシエラの手を取った。


「さ、シエラちゃん。そろそろお勉強の時間ですから、お部屋に戻りましょう」


「……やだ。めぐちゃんとおはなしする」


「すっかり懐いてますね」


「ま、この美しすぎる魔女の魅力は、子供でも気づいてしまうんですよね」


「ウェンディちゃんのほうが、きれいだよ?」


「このガキ……」



ウェンディさんと一緒にシエラを教室まで送り届ける。

歩いていると、シエラが手を握ってきた。

その手を、そっと握りしめる。


養護施設の内装は学校とよく似ていた。

居住スペースと教育スペースが分けられているのだろう。

かなりの数の子どもが一緒に暮らしているらしい。


「さ、シエラちゃん、付きましたよ」


ウェンディさんがシエラに声をかける。

教室にはすでに他の子供たちが集まっていた。

しかし中を見て、シエラは立ちすくむ。


震えるシエラの肩を、私は静かに抱き寄せた。


「シエラ、またすぐ会いに来るから。それまで頑張れる?」


「ほんとう?」


「うん、約束する」


私が笑いかけると、シエラはおとなしく部屋へ戻っていく。

別れ際、シエラは何度も私に手を振ってきた。


子どもたちが、戻ってきたシエラを異物でも見るような目で見ていた。

その様子から、彼女がどれだけ孤立した生活をしていたのかが見て取れる。


私が心配していると「大丈夫ですよ」とウェンディさんが声をかけてくれた。


「このあと授業ですから、すぐに講師が来ます。すこしの辛抱です」


「心配だな……養護施設側は、シエラがイジメられているのは把握してるんだよね?」


「はい……」


「どうにかして上げられないの? イジメられてるんだよ?」


「少しずつ交流会はしているんですが、なかなかきっかけが掴めないみたいで……。根はいい子ですし、施設内には優しい子も沢山います。同じ歳の友達が出来ればイジメられなくなると思うんですけど」


「そっか……」


まだ小さな子供だから、施設側もあまり大げさには騒がないのだろう。

でも、どこか孤独をまとうシエラの姿は、今にも消えてしまいそうなほど揺らめいて見えた。


「せめて何か励ましてあげられたらいいんだけどな」


「シエラちゃんは、メグさんが助けてくれたんですよね? ジャックさんから聞きました」


「まぁ、正確には私とジャックと祈さんでって感じだけど」


「メグさんは、シエラちゃんの出生はご存知ですか?」


「魔力災害で家族と故郷を亡くしたって聞いてるよ」


「はい。あの子の生まれは北部の沿海地方です。でも、かなり広域の魔力災害が起こってしまって……土地が汚染されて、一瞬で人々が魔力に汚染され死に絶えたと聞いています。地獄のような光景だったそうです。汚染者が魔物化し、人を食べるような光景もあったのだとか」


「人が人を……?」


思わず耳を疑った。

しかしウェンディさんは首肯する。


「あの子が助かったのは、奇跡のようなものだったのかもしれません。シエラちゃんは、妹さんとケンカ別れして、家を飛び出たから助かったんです」


「でも、大切な家族とはそのまま一生会えなくなってしまった……」


「きっとあの子の中には、妹とケンカしたことも、家族がいなくなったことも、引っかかりになっているんだと思います。だから人と関わるのを怖がってる。また誰かとケンカしたらどうしよう、居なくなってしまったらどうしようって思って、積極的になれないでいるんです」


「大切な人が居なくなるのが、怖いんだ」


幼いころ両親を亡くした私とはまた違う苦しみを、シエラは抱えている。


私には、お師匠様がいたけれど。

シエラは、本当に一人ぼっちになってしまったんだ。

そして、また同じような経験をすることを、心から恐れている。


「私は考えてしまうんです。あの子が助かったのには、何か重要な意味があるんじゃないかって」


「意味?」


「あの子にしか出来ない、大切な役割がきっとあるんだと思います」


「大切な役割かぁ」


それはどこか、私自身にも重なる言葉のような気がした。


何だか気まずい沈黙が満ちる。

すると、少し暗くなった雰囲気を切り替えるように、ウェンディさんは「そうだっ!」と何か思いついたようにポンと手を叩いた。


「そう言えば、クロエ様に会っていきませんか?」


「クロエ? そりゃあ会いたいけど……いいの?」


「もちろん! クロエ様、ずいぶんとメグさんのことを慕っているんですよ。会いたがってました。お連れしたら喜ぶと思います」


「ちょうど今精霊の森に入る許可が降りるのを待っている最中だから、クロエに直接会えるなら渡りに船だよ。それに私も会いたいし」


「それじゃあ決まりですね! 是非寄っていって下さい。行きましょう、精霊の森へ」

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