第15話 星の声が響く場所
第1節 ケモノの少女
「本当ですか? それは」
北米にある魔法協会本部。
私たちの報告を聞いた魔法協会会長は、目を丸くしていた。
広い室内の一画にある豪華な客用のテーブル。
私たちの対面に座る人の良さそうな顔をした会長は、しげしげとテーブルに置かれた種を眺める。
私がオルロフで見つけてきた、オルロフリリーの種だった。
「本当にこの種を育てれば、魔力汚染の特効薬になる花が咲くと……?」
「まだ可能性の話だ。ただ、この花を栽培するのに最適な条件がわからねえんだよな?」
ジャックの言葉に私は頷く。
「薬効を調べるために、まずはこの花を育てて増やしたい。土や環境、水の分量、どの肥料が最適なのかまで、知る必要がある。だから、それが出来る場所を提供してほしい」
「精霊の森……ですか?」
こちらの意図を組んだのか、会長は探るような目つきでこちらを見つめた。
するとベネットがその視線に応える。
「植物に合わせて土壌が変質する精霊の森なら、オルロフリリーも育てられるはずだよ。花を咲かせれば、ラズベリーが土の状態を観察して、分析することも出来る」
「うん、私、土いじりだけは得意だからさ。農家みたいなもんだよ」
「お前魔女だよな……?」
困惑するジャックをよそに、ベネットはいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「会長、ラズベリーが精霊の森に足を踏み入れることを許してほしい」
「事情が事情です。もちろん構いません。あの土地は今、言の葉の魔女クロエが管理なさっていますから、あとで話を通しておきましょう。この話が本当なら、世界的な朗報になる。たくさんの土地を救うことにもなるかもしれません」
「それってひょっとして、星の核計画を遂行しなくても大丈夫だったりします……?」
私が尋ねると、会長は静かに首を振った。
「それとこれとは話が別です。オルロフリリーが汚染された土壌や人を救う力を持っていたとしても、乱れた魔力の流れを戻すことは出来ないでしょう。星の核の存在は不可欠です」
「理そのものに働きかけられるような、大きな原動力が必要ってことだな」
「そっか、そうだよね」
私は内心肩を落とした。
星の各計画がもし中止になれば、エルドラ姉さんを救えるかもしれないと思ったのだが。
やはりそう甘くはないようだ。
「そう言えば、あの……お師匠様は?」
「今はエルドラと共に魔法協会のラボにいらっしゃいます。もうすぐ星の核の精製が完了しますからね。もう何日も籠もりきりですよ」
「なんだ、久々に会えると思ったのに」
「そう心配すんなよ。全部終われば、また一緒に暮らせるだろ」
そっとため息を吐く私に、ジャックが声を掛けてくれる。
その気遣いが嬉しくて、私も「そうだよね」と笑みを返した。
「私、お師匠様に話したいことがたくさんあるんだ。成長した私の大魔法で驚かせてやりたいし、そのまま息の根を止めてやりたい」
「やめろ」
○
「あーあ、クロエと連絡がつくまでしばらく待ちかぁ。ご飯でも食べる?」
会長室を出たところで二人に尋ねると、ジャックとベネットは少し気まずそうな表情を浮かべた。
「いや、俺たちは別行動だ」
「うぇっ!? なして?」
「今回のプロジェクトでかかった経費の精算や報告事項があるからね。これでも一応代表として色々仕事があるんだよ」
「えぇー、一人かぁ。何しよっかなぁ」
私がぼやいていると両肩に乗っていた使い魔たちがホウホウキュウキュウとわめき出した。
あぁ、はいはい。君たちもいるね。
適当に体毛をぐしゃぐしゃにしてやると二匹は沈黙した。
「この辺りは広いからね、しばらく館内を見て回ったらどうだい? ちょうど良い時間つぶしになるはずだよ」
「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおっかなぁ」
ベネットの提案を受け入れたところで、何か思い出したようにジャックが「そうだ」と声を出す。
「メグ・ラズベリー。あとで魔法協会の養護施設に寄れ」
「養護施設?」
「一階のメインロビーから繋がってる。館内パスがあれば問題なく入れるはずだ」
「それはいいんだけど……なんで?」
「行きゃわかる」
不思議に思いながらも、私は二人と別れた。
魔法協会の本部は、かなり広い場所だ。
いろんな役割を持った複数の建物が隣接している。
薬の開発や、新型魔法の研究、魔導師に関する資格の管理、各資料の管理など。
魔法に関するおよそ全てを取り扱う施設と言えるだろう。
館内には気軽に入れる来客用のスペースもあり、魔法に関する資料展なども存在するようだ。
私は一応関係者用の入館パスをもらっているので、よほど専門的な施設でなければ問題なく出歩くことを許可されている。
北米は自然があふれる美しい場所で、館内から見える景色も、美しい木々が広がっている。
この建物は森の中に存在し、辺りの森一帯が、魔法協会の所有地なのだという。
魔力の管理が徹底されており、かなり安定しているのを肌で感じる。
「心地いいね」
「ホウ」
「キュウ」
二匹の使い魔が私の肩で同調するように鳴いた。
適当に見て回っていると、徐々に人気がなくなってきた。
いつの間にか館内の端の方まで来てしまったらしい。
いくつか専門施設が併設されているから、次はその辺りを見て回ろうか。
少し外に出てぶらついていると、魔法協会児童養護施設と書かれた建物を見つけた。
ここがジャックの言っていたところか。
迷ってるうちに着いてしまったらしい。
大きい施設で、まるで学校みたいに見える。
ここは身寄りのない子供たちの教育をする場であり、生活をする場でもあるのだろう。
鉄格子の門で閉ざされており、中には入れそうもない。
パスがあれば入れるとか言ってなかったか。
「確か戦争孤児や魔法災害の被災者が保護されてるんだっけ……」
私もお師匠様がいなかったら、ここで生活していたんだろうか。
何気なく建物を眺めていると、不意に近くから人の声がした。
「おい獣女! また人間様の土地にやってきたのか!?」
「近づくなよ! 臭いんだよお前!」
なんだろう。
虐めみたいな声だな。
何だか気になる。
辺りに誰も居ないのを確認して、少し歩いたところにある塀によじ登ってみた。
中を覗き込む。
すると、ちょうど私の目の前で、女の子が男子数名に囲まれていた。
壁際に追いやられ、小突かれている。
「やめてよ……」
「うるさい! 人間の言葉をしゃべるな!」
「お前気持ち悪いんだよ! 悪魔憑きだろ! 俺知ってるんだからな!」
ドンッ、と強めに突かれ、思わず女の子が尻もちを着いてしまう。
「うわ……胸糞悪。何とか出来ないかな」
「ホウ」
私の頭に乗ったシロフクロウが、何か提案するように鳴く。
「そうか!」
私はシロフクロウを空に解き放つと、一節の呪文を唱える。
「わが声に応えよ」
すると、空を旋回していたシロフクロウが、見る見るうちに巨大化するのがわかった。
そのまま私の合図と共に、地上に居る子どもたちを強襲させる。
「行けぇ、シロフクロウ! 寄ってたかっておなごをイジメる男なんざ肉塊にしておやり!」
「ホウホウ!」
「うわぁ! バケモンだぁ! 誰か助けてぇ!」
シロフクロウに追われ逃げ惑う男子ども。
ふふ、女子をイジメるとこうなるのだ。
私は反動を使って塀の上によじ登ると、そのまま施設の中に飛び降りた。
幸いにも、誰かが来る様子はない。
「ホウ」
シロフクロウの声に呼ばれると、元の姿に戻ったシロフクロウと、そのすぐそばで地面に座り込む先程の女の子の姿がった。
「ねぇ、あなた大丈夫?」
私が声を掛けると、一瞬だけ彼女はビクリと身を震わせる。
その姿を見て、すぐに異様なことに気がついた。
少女の耳は、人のものではなく、獣の形をしていた。
猫の耳のように見える。
私はその形を、よく知っている。
私を見つめる、その瞳も、顔も。
それは、私がかつてアクアマリンで助けた少女……シエラだった。
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