オルロフ編 第14節 またいつか
全てが終わり、魂の光が完全に消えた時。
私たちは、駆けつけたベネットとジャックに助けられた。
二人は、私が行った追悼の光を見て来たのだという。
街の人たちと、私たちの想いを眠らせるための儀式。
それは、私のただの自己満足だったかもしれない。
でも結果としてそれが、私たちの命を助けることに繋がったんだ。
ベースキャンプに戻ると、私たちを仲間のみんなが出迎えてくれた。
オズもリーくんも私も、みんなにもみくちゃにされた。
「バカァ! 七光りぃ! 心配したんだからっ!」
「メグちゃん、良かったぁ生きてて……」
「心配掛けてごめんね、シャオちゃん、ルナ」
「ほれ見たことか! あの小娘どもが死ぬわけ無いと言った通りだろう!」
「ええ、良かったです。本当に。ベネットもお疲れ様でした」
「ありがとう、アボサム」
「ジャック先生! もう! 急に出ていかれては困ります!」
「すまねぇ、テレス」
「リー、お疲れ様だねぇ」
「お互い命拾いしましたね」
私たちの生還を知って、みんな涙を流して喜んでくれた。
ポチャリ、ポチャリ、ポチャリ。
また涙が、少しずつ増えていく。
沢山の想いを受け取って。
私たちのオルロフ調査は終わりを遂げた。
私たちは、すぐにそのまま近くの病院へと搬送され、検査入院を余儀なくされた。
しかし幸い、誰一人魔力に汚染されることはなかった。
「まるで、奇跡みたいだぁ」
約一週間の入院を経て。
ようやく退院となった私たち三人は、ロビーのイスに座っていた。
他の皆はもう空港に集まっているらしい。
私とリーくんとオズは、迎えの車を待っている最中だ。
「にしても、どうして私たち助かったんだろ。あれだけ魔力濃度が高い場所に居たのに」
足元で戯れているシロフクロウとカーバンクルを眺めながら、私はふと疑問を浮かべる。
すると、リーくんがなにか考えるように顎に手を当てた。
「……いくつか理由はあると思います」
「理由って?」
「まず、あの地下です。魔力濃度は高かったですが、大気は汚染されていなかった。オルロフの街と同じく、気化した魔力が重力で地面に落ちて、結晶化していたからです」
「そういえば、空気は澄んでた気がする」
「それに、事前に防護用としてベネットの結界が掛かっていたのも大きかった。世界一の魔導師の結界です。かなりの効果を発揮してくれていたのは間違いないでしょう」
「でも水は? あれだけ水の中泳いだのに、まったく害がないなんてことある?」
「それなんですが……」
リーくんは何故か言いよどむ。
「どしたの?」
「いえ、これは完全に単なる推測だなと感じまして」
「えぇ……今さら?」
「良いじゃん、リー。話してよぉ。僕も聞きたい」
オズの言葉で折れたのか、リーくんは静かに話しだした。
「オルロフリリーですよ」
「オルロフリリー?」
「あの花は地下深くまで繁殖していました。オルロフの地下はかなり広いようでしたから、もし、他の場所でも繁殖していたとしたら」
「オルロフリリーが水を浄化した可能性がある?」
私が言葉を継ぐと、リーくんは頷いた。
「なるほどねぇ」とオズが感心したように頷く。
もし、本当にオルロフの土地を浄化したのが、オルロフリリーだとしたら、地下水を浄化した可能性だって、十分あり得るわけか。
私とオズが感心していると、リーくんは「失敗しました」と肩を落とす。
「あの花は持ち帰るべきでした」
「どして?」
「当然でしょう。オルロフリリーが魔力を養分にすることは知られていても、汚染された土壌を浄化するなんて、誰も知らなかったんですから。オルロフリリーには研究の価値があります。あの花があれば南アジアのゼオライトも救えるし、他にもいろんな可能性が広がる。ひょっとしたら、薬にも使えたかもしれない。魔力汚染の……特効薬に」
「えっ? マジで?」
私は驚いて、ポケットに手を突っ込む。
中に入っていたものを手に掴んで広げると、リーくんは怪訝な顔をした。
「何です? その平べったい物は」
「オルロフリリーの種だけど……」
「はっ?」
すると、彼はいままで見たこと無いような驚愕の表情を浮かべた。
「今なんと?」
「いや、オルロフリリーの種。たまたま種つけてるの見つけてさ。うちの森で育てようと思って持ってきたんだー! なははは、あは、あははは……は」
私が乾いた笑いを浮かべると、リーくんはガタガタと小刻みに震える。
ヤバい、目がマジだ。
「君って人は……」
「や、やっぱマズかった?」
「とんでもないミラクルですよっ!」
「あが、あがが、おごごごご」
彼はブンブンと私の肩を掴んで振り回す。
怒っているのか驚いているのか分からないリーくんの姿は、なんだか新鮮で。
私たちの様子を見てオズが心底おかしそうに笑っていた。
○
空港につくと、すでにそこには、長らく旅を共にしたプロジェクトメンバーが、一堂に会していた。
全員が全員、手を取り合い、別れを惜しみ合っている。
もうこの仲間ともお別れか。
なんだか感慨深い。
数ヶ月は一緒に暮らしたのだから、無理もないか。
「ラズベリー、無事退院出来てよかったね」
ベネットが笑みを浮かべる。
私は「ご心配おかけしました」と頭を下げた。
「ここで挨拶してるってことは、みんなとはお別れですか?」
私が尋ねるとベネットが頷いた。
「あぁ。今回は色々トラブルもあったからね。他のメンバーは帰すことにしたんだ。それぞれ今日を境に、各々の人生に戻っていくことになる」
「そっか、なんだか寂しいな……」
すると、全員揃ったのを見て、ジャックが「じゃあ、そろそろだな」と声を出した。
「皆、長旅ご苦労だった! 後は魔法協会がお前らを送迎してくれる手はずになってる! 事後報告は俺とベネット、メグ・ラズベリーで行う! 今日は家に帰って休んでくれ! またどこかで会おう!」
ジャックの号令と共に、どこからともなく拍手が上がった。
あぁ……いよいよ長かった旅も終わるんだな。
最初は動き出そうとしなかった皆も、時が経つと一人、また一人と帰路へついていく。
少しずつ人が少なくなるのを、私は静かに眺めていた。
すると、ポンと背後から肩を叩かれた。
「七光り」
シャオユウだった。
「シャオちゃんともお別れだね。寂しいなぁ」
「私はぜんっぜん寂しくないわよ。あんたみたいにやかましい奴が居なくなって、清々するわ」
「えぇ~?」
彼女はフイと顔を逸らせた後、少し照れくさそうにこちらを一瞥する。
「……あんた、いつか台湾まで来たら言いなさいよ。用がなくても会いに来なさい。命令よ」
「用はあるじゃん」
「えっ?」
「シャオちゃんの故郷の湖を見てみたいし、シャオちゃんに会いたいよ?」
「……バカ」
「何をしおらしい別れをしとるんだ。柄にもない」
いつの間にか近くに居たヨーゼフが、呆れたように肩をすくめる。
そんなヨーゼフを「おやおやぁ?」とオズがたしなめた。
「ヨーゼフのおじさんも、さっき寂しそうな顔浮かべてたけどねぇ?」
「な、何をバカなこと言っとるんだ! そんなわけなかろう!」
「どうだろうねぇ」
オズはクスクスといたずらっぽく笑い、こちらに向けて軽くウインクした。
「お弟子さん、悲しい別れはゴメンだからぁ、別れは言わないでおくねぇ。お互い死地を乗り越えた仲だもん。ご縁があればまた会えるでしょう」
「うん、オズもありがとう」
すると、不意に横からスッと握手を求める手が伸びてくる。
アボサムだった。
「ミス・メグ。あなたに会えてよかった」
「私も。いつか絶対、アボサムの国にも行くね」
「その時は家族を紹介します」
「楽しみにしてる」
一通り別れを惜しんで、魔法チームのみんなを見送った。
彼らの背中がすっかり見えなくなった時。
「メグちゃん」
リーくんとルナ、それにテレスさんが挨拶に来てくれた。
「お別れだね。本当にありがとう」
「ルナも。いつかまた会いたいな。ラピスの街に来たら遊びにおいでよ」
「うん、絶対行く」
「テレスさんも、今からアクアマリンに戻るんですよね?」
「はい。ジャック先生にココちゃんの様子を見てほしいって頼まれてしまって」
「ココも久々に会いたいなぁ……」
私が羨んでいると、テレスさんはクスリと笑った。
「……メグさんのこと、ちゃんと話しておきますね。それから、ジャック先生のこと、よろしくお願いします」
「ははっ、テレスさん、ジャックの奥さんみたいっすね」
「やだっ! 妻だなんて! んもう!」
「うぐふぅ!」
とてつもない
何ちゅう力。
可憐な見た目してとんでもないパワーの持ち主だ。
すると、リーくんがそっと手を差し出してくれた。
「……リーくんも元気でね」
私は彼の手を取って立ち上がる。
すると彼は、どこかバツが悪そうに俯いた。
「メグ」
「うん?」
「僕はまだ、魔女ファウストと、エルドラを許していません」
そして彼は顔を上げ、今度は私の顔をまっすぐ見つめる。
「でも、あなたのことは信じてます」
「……うん。ありがとう」
私がほほ笑むと、彼はどこか照れくさそうにはにかんだ。
○
いよいよ空港残ったのは、私とベネットとジャックだけになった。
「よし、じゃあ俺らも行くか」
「あ、その前に少しだけ、話があるんだけど」
「あん? 何だよ改まって」
私は二人に、そっとオルロフリリーの種を見せる。
「ラズベリー、これは?」
「オルロフリリーって言う、オルロフにだけ咲くユリ科の植物の種。詳しくは後で話すけど……これはひょっとしたら、魔力汚染の特効薬になるかもしれない」
私の言葉に、ベネットとジャックが驚きで目を見開く。
「お前、そりゃ本当か? もしそれが本当なら、とんでもねぇ発見になる。歴史に名が残るぞ」
「分からない。でも可能性はあると思う。ただ、種から栽培するとなると時間も掛かるし、土壌も気温も違うから、上手く栽培出来るかどうかわかんないけど……」
「それなら、北米の精霊の森に行くべきだろうね」
「精霊の森?」
私が尋ねると、ベネットは頷く。
「言の葉の魔女クロエが管理する、どんな植物でも育つ森だよ」
「そんな場所があるの……!?」
確かに北米は精霊がたくさんいるとは聞いたことがあるけれど。
まさかそんな万能の土地が存在するとは思わなかった。
するとジャックも同意するように頷く。
「確かに精霊の森なら、育てるのが難しい植物も育つかもしれねぇ。
「祈さん! 久々に会いたいなぁ! クロエにも!」
「慌てなくても、すぐ会えるよ」
ベネットが苦笑していると、ふと思い出したのか「それよりお前」とジャックが口を開いた。
「涙はどれくらいまで溜まったんだ? 一番大事だろ」
「えっ? えっと……たぶん七百粒くらい?」
私は涙のビンを取り出してみる。
そこでギョッとした。
オルロフに入るまではまだ三分の二程度だったのに。
ビンのほぼ九割近くまで、涙が増えていたからだ。
「なんで? 確かにオルロフでみんなの涙は入ったけど、それでもこんな数……」
「ラズベリー、これは、オルロフのみんなの涙だ」
「オルロフのみんなって、死者の涙ってことです?」
ベネットは首肯する。
「生者の涙には及ばなくとも、君に追悼された何万もの魂。彼らの流した涙が少しずつ集まって実体を持ったのだとしたら、それは生者の流す感情の欠片に匹敵するのかもしれない」
「そんなことあるのかな……」
だけど、そうとしか考えられない。
さもないとこの涙の量は説明がつかない。
それに、私も信じたいと思った。
お父さんとお母さんが流した涙が、この中にあって欲しいと思ったから。
私の余命は、あと五十日。
残る涙は、恐らく百粒前後。
それは十分可能な数字であることを、この旅が教えてくれた。
「可能性が見えてきたね、ラズベリー」
「はい!」
旅の仲間と、生まれ故郷の人たちの涙。
沢山の人たちの想いが、また、私に生きる意味をくれた。
この旅で得た出会いと、見たものは……一生忘れない。
「行こう、北米へ!」
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