オルロフ編 第11節 オルロフリリーの道導

風の流れに従うまま、駅の奥の方へと進むと、先へ繋がる通路が見つかった。

崩れ落ちた瓦礫が水をせき止めているおかげで歩いて行けそうだ。

足先が濡れるが、その点は我慢するしかない。


「汚染水に足をつけるのは抵抗がありますが……」

「ささっと進んじゃえば問題ないよ」

「君は楽観的ですね」


暗闇の中を進むと、瓦礫を踏み歩く私たちの足音が辺りに響いた。


静かだ。

空気が研ぎ澄まされてる感じがする。

床だけでなく、天井や側壁、至る場所に存在している魔力鉱石のせいだろうか。


「ここってまだ地下鉄だよね」


私は辺りを見渡す。

所々崩れた壁のせいで、ほとんど原型がない。

足元にある線路だけが、辛うじてここは地下鉄であると物語っていた。


「地下深くにあった魔力が気体みたいになって表へ出たせいでぇ、崩れたんだろうねぇ」


「地下鉄構内をガス状の魔力が充満し、破裂したんでしょう。オルロフの底にあった大量の魔力溜まりが一気に噴出した。火山の噴火に近い状態だったはずです」


「なるほど」


歩いていると、ふと視界の橋に妙な光がチラつく。


私たちが歩いている通路に横道があり、その道を照らすように、ほのかな光が敷き詰められている。


一つや二つではない。

かなりの数がある。

私はそれに近づく。


光の正体は、花だった。

ほのかに光る、小さな白い花。


花が、横道に敷き詰められるように咲き誇っていた。


「ねぇ、二人とも! 見てよ! こんなとこに花がある!」


私が呼び止めると、こちらを向いたオズは「わぁっ」と目を輝かせた。


「オルロフリリーだぁ」


「リリーってことは、ユリの花ってこと?」


「うん。オルロフが滅んだから、ほとんど絶滅してるんじゃないかって言われてたんだぁ」


「へぇ。光るユリの花なんて、初めて見た……」


「世界で唯一だからねぇ」


オルロフにだけ存在する、光るユリの花か。

妙に目を奪われる美しさで、触れれば崩れ落ちそうな儚さが漂っている。


「なんでこんなとこに咲いてんだろ」


「あんまり詳しいことはわかってないんだけど、魔力が満ちた土壌で育つ種類って言われてるみたいだよぉ」


「魔力に汚染された土壌で、年月をかけて繁殖したのかもしれませんね」


オルロフリリーは、道のずっと先に続いていた。

それは光の道となり、先を示す。


繁殖したと言うことは、元々は地上に生えていたと言うわけで。

だとすれば、この花をたどれば上に出られるんじゃないだろうか。


私たちは、静かに顔を見合わせる。


「しかしこの花、汚染されてるかもしれませんね。足首が触れるのは少し怖い気もします」


心配するリーくんに私は「大丈夫だよ」と声を掛ける。


「どうして分かるんです?」


「汚染された植物にしてはどれも形状がまともすぎるから。汚染されていたら変異して奇形になっていてもおかしくないはずなのに、ここに咲いてる花はどれも形が整ってるもん」


「不思議だねぇ」


三人で話しながら、心なしか上がり気味のテンションで、私たちはオルロフリリーの道を進む。


出られるかもしれない。

誰も口にしなかったが、そんな予感がしている。

足の疲れも忘れ、歩く速度は徐々に早まる。


やがて、緩やかな坂道になったかと思うと、その先に光が見えてきた。


「外だっ!」


誰ともなくそう叫び、私たちは光に向かって走った。

地下を抜けると、視界が光で染まり、一瞬目がくらむ。

徐々に目が慣れてきて顔を上げると、そこにあった光景は驚くべきものだった。


私たちがいるのは、穏やかな傾斜が続く丘だった。

過去、地下鉄構内に充満した魔力が、様々な場所で穴を開けて噴出したのだろう。

私たちが通ってきたのは、その時できた穴の一つというわけだ。


そして、そこにあるのは……。


「すごい……」


一面に咲く、オルロフリリーの花畑だった。


白い花弁が床を埋め、見渡す限りを埋め尽くしている。

空を覆う雲の切れ間からは、太陽の光がわずかに差し込んでいて、オルロフリリーを照らしている。


その情景はどこか異質で、現実離れしているように感じられた。


まるで天国みたいだ。

そう思った。


「こんなにオルロフリリーが……」


「魔力が強い土地に繁殖するということは、汚染されたオルロフの地は彼らにとって過ごしやすい環境だったのかもしれません」


私とリーくんが話していると、どこかオズが「そっかぁ」懐かしそうな表情を浮かべた。


「父さんは、オルロフリリーが好きだったって言ってたなぁ。その理由が分かったよぉ」


思い出したのか、彼はポソリと呟く。


「光を放つオルロフリリーが密集する場所は、それはそれは美しい光景が広がるんだっていってたんだぁ。父さんは若い頃、その情景に目を奪われたんだって」


「今、オズもお父さんと同じ光景を見ているのかもしんないね」


「きっとそうだねぇ」


すっかり花に見とれていたが、ハッと現状を思い出す。

こんなことをしている場合じゃない。


「そうだ、早くベネットたちに無事を知らせないと。ここから戻ることって出来ないかな」


しかしオズは「うーん」と首を捻る。


「現在地がわからないからちょっとねぇ」


「ここまで開けた場所にもかかわらず、ベースキャンプや南区角の探索時もこの場所を見つけることは出来ませんでした。西側の農業区の可能性がかなり高いと思います」


「距離的にはそう遠くないと思うけどぉ、僕らが地下を通って山を抜けてしまっていたらぁ、厄介だねぇ」


「地図や方角がわかんないと無理かぁ」


私がガックリと肩を落としていると、不意にリーくんはどこかに向かって歩き始めた。


「リーくん、どこ行くの?」


「あそこに民家があります。何かあるかもしれません」


リーくんが歩く先に目を向けると、確かにそこに家があった。

オルロフリリーに囲まれた、レンガ造りの一軒家。

破損もなく、今も誰かが暮らしていそうな、キレイな建物。


その家を見て、何故だか心臓が高鳴った。

この情景に、どこか見覚えがある気がした。


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