オルロフ編 第10節 オルロフに集う者

リーくんの言葉を聞いた時、耳を疑った。


「殺されたってどういうこと?」


リーくんは一瞬、言ったことを後悔したような顔をしていた。

しかし観念したのか、静かに語りだす。


「僕はオルロフの出身です。幼少時代を、この国で過ごした」

「オルロフ出身……」


まさか、とは思った。

でもありえない話じゃない。

オルロフから生存したのは私だけじゃないんだから。


「でもリーは全然街の人と顔立ちが違うねぇ?」


オズが私とリーくんの顔立ちを見比べながら尋ねると、「僕の母はアジア出身ですから」と彼は頷いた。


「幼い頃に、母に連れられ国を出ました。オルロフの破壊があったのは、そのわずか数カ月後です。当時、オルロフでは軍需産業の衰退の原因を魔法にあると見ていました。それに伴い、大規模な魔女狩りの可能性が出てきた。それを危惧して、魔女だった僕の母は、魔法の素養があった僕を連れて国を出たんです。でも、父は国に残った」


「どうして……?」

「父は工房を取り仕切る職人でした。自分を頼ってくれるお客さんや、仕事の仲間がいた。自分だけ逃げることは出来ない、と……」


「ひょっとしてお父さんは、昨日の工房の?」

「はい」


少しずつ、パズルのピースがハマっていく感覚を覚える。


昨日リーくんが工房で泣いていた理由も。

彼が見つめていた机の持ち主が、誰のものだったのかも。

彼が何故この旅に志願したのかも。


ようやく分かった気がした。


「僕は……父を尊敬していました。だから、その父を殺した魔女エルドラを、僕は許せない」


リーくんはそう言って、私の方をジッと見た。


「そして僕はメグ、君のことも理解できません」


「私?」


「君はさっき、あの女性の像を『母だ』と言った。それを知った経緯はわかりませんが、この街の過去に何があったか、君も知っている。なのに君はどうして、魔女ファウストと共にいるんです?」


「どうしてって……」


「あまり知られてはいませんが、魔女ファウストはエルドラの師です。君も弟子なら、当然それくらいは知っているでしょう? 大量虐殺を行った弟子を、ファウストは野放しにしている。それどころか、エルドラを助長するような動きすら見えます。自分の故郷を滅ぼした人間を庇うような師を持って、何故平気なんですか?」


言葉に詰まった。

どう答えて良いか、わからなかった。

魔女ファウストの弟子であることは、私にとって誇りだったから。


「オルロフが魔女エルドラ姉弟子のせいで壊滅したと知った時、君はどう思ったんですか?」

「私は……」


ピチャンと、どこかで水滴が落ちる音がする。

真っ暗闇で、私たちの間にあるのは、ライトの頼りない光だけ。

その中に、緊張感が漂っている気がした。


鮮明に浮かび上がる。

オルロフが滅んだ時の夢の情景が。

リーくんの怒りは、もっともだ。


でも私は……。


「私は、分からなかった」

「分からない……?」


リーくんが表情を固くする。


「私にはオルロフの記憶がないから。オルロフにいた時、私は赤ん坊で、私にとっての故郷はラピスで……。それなのに、急に故郷が別にあるだなんて言われても分かんないよ。私には、魔女エルドラが悪い人だとは思えない。彼女がオルロフを破壊したのは、何か理由があったんだと思う」


「じゃあ僕の父はエルドラに殺されても仕方のないことをしたと!?」

「そうじゃない、そうじゃないけど! もっと、私は真実を知りたい」


徐々にお互いの熱が入ってきた時。

「やめやめぇ」とのんびりした声で制したのは、オズだった。


「こんなところで争っても仕方ないよぉ。やるなら表に出てからねぇ」


「……ごめん」

「すいません、つい熱くなりました」


私たちは互いに頭を下げる。

再び静寂が戻った時、ふと疑問が浮かんだ。


「そういえばリーくん、エルドラがオルロフを滅ぼした話はどうやって知ったの? ほとんど表に出てない話だよね?」


「オルロフの生存者の間にはコミュニティがあります。そのコミュニティで、ある一冊の本が話題に上がったんです。僕もその本を読みました」


「それってもしかして、『地図にない国』?」


するとリーくんは驚いたように頷いた。


「驚きました。コミュニティ外であの本を知っている人はほとんど居なかったので」


「ベネットが教えてくれたんだよね。オルロフが滅んだ経緯を知ったのは別だったけど、オルロフって国のことは、その本で学んだんだ」



「それ、僕の父さんが書いた本だよぉ」



不意に信じられない言葉が飛んできた。

私とリーくんは驚いて目を向ける。


オズだった。


「オズ……今なんて?」

「『地図にない国』を書いたのは、僕の父さんだぁって」


「冗談だよね?」

「冗談じゃないよぉ。僕の父さんはルポライターや戦場カメラマンをしていて、世界中を旅する人だったんだ」


オズはそう言って、どこか遠い目をした。


「『地図にない国』は、父さんが書いた唯一の本なんだ」


「じゃあ、ここにいる三人は、みんなオルロフの関係者だってこと?」


「そうなるねー」


「全然そんな風に見えませんでした」


リーくんが言うと、オズはカラカラと笑った。


「仕方ないよぉ。だって誰にも言ってないもん。まさか父さんの本を知っている人がいるなんて思わないじゃん。父さんの本は全然売れなかったし、すぐ絶版になっちゃったからねぇ」


どうやら彼は、本が消えた理由が魔女エルドラの呪いによるものだってことを知らないらしい。


「オズがオルロフに詳しかったのもお父さんの影響?」


「うん。たくさん話を聞いていたからねぇ」


オルロフの知識は大学で学んだんだって思っていたけど、それだけじゃないんだ。

オズにとってオルロフは、お父さんとの思い出だった。


「父さんは色んな国を旅する人だった。だから僕がジェンダーレスだってことも受け入れてくれたし、見た目や中身で人を差別しない大切さを教えてくれた」


彼は膝を抱え、そこに顔を埋める。


「そんな父さんが、生涯をかけて追いかけたのがオルロフだった。父さんが見てきた中で、一番美しい国だって言ってたんだ……」


「オズがこのプロジェクトに参加したのも、それがきっかけだったんだ」


「うん。父さんがかつて見た世界を、僕も見たいと思った。いつか僕が、オルロフの歴史や文化を、人に伝えられるようにって」


オズのお父さんは、生涯をかけてオルロフを追いかけた。

だけど、お父さんがしたオルロフの発表は、ほとんど広まることなく廃れてしまった。

誰の注目も浴びないまま消えた、父の生涯。


オズがオルロフの調査に参加したのは、お父さんの無念を晴らしたかったのかもしれない。


冷えた風が、静かに流れていく。

その風を受けて、オズが静かに立ち上がった。


「さてぇ、じゃあお互いについて知ったことだし、そろそろ行きますかぁ」

「そろそろって、どこへ行くんです……?」


不思議そうなリーに、オズは指を舌先で舐めると「ムムムッ」とおどけた仕草をする。


「風が流れていますなぁ。風が流れるということは、出口もあるということですなぁ」


オズは笑みを浮かべ、私たちに手を差し伸べた。


「行こうよ、二人とも」

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