オルロフ編 第9節 告白

叩きつけられるような痛みと共に、鋭い冷たさが全身を包んだ。

一瞬混乱したが、すぐに状況を把握した。


水だ。

もろくなった地盤の底に、水が張っていたのだ。


「ぶはぁ!」


どうにか水面に顔を出す。

辺りが暗く、何も見えない。


「リーくん! オズ!」


声を出すと、どこか遠くから「こっち!」と光がかざされるのがわかった。

その光は、ホタルの光のように頼りなく、今にも消えそうだ。

でも、私はその方向を頼りに泳ぐ。


ほとんど辺りが見えず、先も見えない水の中を泳ぐのはどうにも気味が悪い。

光が近づくと、そこに二人の人物が立っているとわかった。

リーくんとオズだ。


「よかったぁ、無事で。心配したよぉ」


オズが手を差し出してくれ、私はその手を取る。

ようやく水から上がることが出来た。


「怪我はないですか。少し診ます」


リーくんがペンライトで私の体をチェックする。

そういえば私も探索用にライトを持っていたんだっけ。

ポケットから取り出してスイッチを入れると、光がついてひとまず安堵した。


「あの高さから落ちてよく三人とも無事だったねぇ」


オズがいうと「奇跡ですね」と私を診終わったリーくんも同調した。


「人間が生身で水に飛び込んで生存できるのは六十メートルが限界と言われてます。もっとも、助かると言ってもその高さから飛び込めば大半が死にますが」

「全員無傷なのは僥倖ってことかぁ」


二人の会話を聞きながら、私はライトで辺りを照らしてみた。


「うわっ」


思わず声が出た。

辺り一面を、魔力鉱石が埋め尽くしている。

水の底も、側壁も、天井も、全て魔力鉱石の結晶が満たしていた。


「凄い魔力鉱石の量……」


よく見ると、濁った水の底には線路のようなものが走っているとわかる。

ここはどうやら、元は地下鉄だったみたいだ。


とすると、私たちがいるのは駅のホームか。

かなり崩れているから、全然気づかなかった。


「これだけ魔力鉱石があると、ここの水も安全かわからないですね。汚染されてる可能性がある。体も冷えますし、早めに服を乾かしたい」


「魔法使っちゃダメかな?」

「やめた方が良いんじゃないかなぁ。ベネットならともかく、これだけ魔法鉱石があると普通の魔導師なら魔法をコントロール出来なくなると思うよ」


「最悪、詠唱に呼応して駅構内が火の海になる可能性もあります」

「そっかぁ」


そこでふと閃く。


「それならさ――」


 ○


「暖かいねぇ」


まるで温泉に浸かっているかのように、オズが気の抜けた声を出す。


私が生み出した魔法陣の上に、私たちは背中合わせで座っていた。

効果範囲を明確に限定できる魔法陣なら影響が少ないのではないかと思ったのだが。

その考えは間違っていなかったらしい。


ソフィ直伝の魔法陣構築術が役立った。


「器用だよねぇ。流石は魔女ファウストのお弟子さんだぁ」

「えへへそれほどでもげへへぐへへへ」

「笑い方汚ぁい」


キャッキャウフフする私たちとは反対に、リーくんはため息を吐いた。


「凍え死ぬのはこれで免れました。ですがこの服は早く着替えたいところです。それに、検査も受けた方が良いでしょう。汚染されてる可能性がある」

「確かにぃ、ここいらは魔力も濃いし、あまり長居はしたくないねぇ。汚染されなくても、何らかの影響がありそうだしぃ」


そこで疑問が湧く。


「ここって地下鉄でしょ? 上れる場所があるんじゃない?」


「さっき見て回りましたが、階段らしき場所は崩れてました」


「じゃあここでベネットたちが助けてくれるのを待つしか無いか」


「それも微妙かもしれません」


「どうして?」


「何日掛かるかわからないからです。あの高さを下れるロープはない。魔法で降下出来なくは無いですが、魔法がどのように作用するか分からない場所で闇雲に使うことはしないでしょう」


「それは確かに……」


「それに食事の心配もあります。ここでただ待つだけだと飢えてしまう」


「悲観的なことばっか言うじゃん……」


スマホも水の中に入ったせいで壊れてしまった。

分かってはいたものの、どうやら私たちは、なかなか詰んだ状態に居るらしい。


「ごめんね二人とも、私が勝手な行動しちゃったから」


私が言うと「そんなことないよ?」とオズが励ましてくれた。

リーくんも頷く。


「あそこが崩れるのは誰も予測できませんでした。地盤が緩くなった場所に、三人分の重さが影響したから崩れたんです。不用意に集まった僕らも悪かった」


「お弟子さんは、あの石像の女の人を気にしてたみたいだったよねぇ。何かあったのぉ?」


話すべきか迷ったが、ここまできて隠す理由もない気がした。


「あれはたぶん……私のお母さんだったんだ」


私が言うと、二人が静かに息を飲むのがわかった。


「私はさ、オルロフの出身なんだ。と言っても、赤ん坊の頃の話だけど。オルロフが災害に遭った時、お師匠様に――魔女ファウストに助けられた」


「じゃあ、お弟子さんが魔法協会のプロジェクトに参加したのって……?」


「うん、オルロフに行くため。ベネットとジャックが声を掛けてくれたんだ」


「なるほどねぇ、だからかぁ」

「何が?」


「不思議だったんだよねぇ。どうして君がこのプロジェクトに居るのか。ルートも知らない、概要も知らない、何もわかんない。無い無いづくしだったんだもん」


「アハハ、そりゃそうだよね。私も自分でビックリしたよ。何も知らなさすぎて」


私が乾いた笑いを浮かべていると、リーくんがこちらを振り返った。


「どうして……平気なんです」

「えっ?」


言葉の意味がわからず、反応が遅れた。


「どうしてメグは、そんなに平然としているんですか。故郷を潰されたのに」


彼の呼吸は、少し荒い。

普段はクールなリーくんだが、少し興奮しているように見えた。


「どうしてって言われても……。赤ん坊の頃の話だし、そもそも、自分がオルロフ出身だってことを知ったのも最近のことだったから」


「それでも、街がああなった原因を知っているんでしょう?」


「えっと、まぁ……一応。そう言うリーくんは知ってるの?」

「もちろん知ってます」


ハッキリと、彼は答えた。


「僕の父は、魔女エルドラによって殺されましたから」


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