オルロフ編 第8節 継がれた命

次の日には、首都圏である南区画へと入った。

早朝にベースキャンプを出たが、到着する頃にはすでに昼過ぎを回っていた。


「みんな、この辺りの地表はもろい。足元には十分注意して」


ベネットの言葉に全員が頷いた。


街の破壊はより酷さを増す。

そして、魔力鉱石と化した人々の数も、段違いになっていた。


「これは……酷いですね」


アボサムが街の情景を見て絶句する。

それもそのはずだ。

そこら中に粉砕された人々の像が存在しているのだから。


恐らくは瓦礫に潰され、絶命してから石化したのだろう。

苦悶と恐怖の表情を浮かべた像が一面に存在していた。


街の至る場所で、大きな穴が空いている。

地中から爆破したかのように、大きく地面が抉れているのだ。


「まるで地獄だねぇ~」


オズがのんきな声を出しながら、一眼レフカメラで写真を撮っている。


そんな彼を眺めていると、不意に妙な感覚がした。


「……助けて」

「……嫌だ」

「……死にたくない」


また、だ。

声が聞こえる。

かすかな、か細いけれど、切実な声。


「ラズベリー」


私の様子に気づいてベネットが近づいてきてくれた。

私は彼に頷く。


「また声がしました。それも沢山の」


街中に存在する無数の人間の像。

そこには、まだ人の想いが残っている。


彼らに意識があるのかは、定かではない。

でも、この像の中からは、確かにまだ声がする。


「理不尽な死に人は強い感情を抱く。君が聞いたのは、その声かもしれない」


怨嗟。

絶望。

恐怖。


そんな言葉が脳裏をよぎった。

ここでは、たしかにかつて殺戮が繰り広げられたのだ。

たった一人の魔女によって、何千もの人が殺された。


その事実と情景が、ここに鮮明に残されている。


「……エルドラ姉さんの魔法は、こんなに沢山の人を殺せるほど強力なんでしょうか」


「魔法だけじゃないだろうね。エルドラは頭の回転が早い人だ。彼女は最も効率よく魔法を配置する。いわば彼女は、爆弾に火をつけたんだ」


「どういうことです?」


「オルロフは魔力が濃い土地だ。地中には、魔力が多く集まるポイントがあった。そこを魔法で刺激したんだ。爆破を起こし、人為的に災害を起こした」


「それが、この国中を滅ぼすことになった……?」

「恐らくね」


地中にあった大量の魔力を、爆破することで表へと掘り出す。

大量の魔力が地表に出た結果、オルロフ国は濃い魔力に包まれ、人々を魔力鉱石にした。


その時。

不意に、私の脳裏にあった記憶と、目の前の光景が重なった。




大都市ロンドを思わせるような、大きな街。

大勢の人が歩いている。


不意に、一人の男性が空を指さす。

釣られて、他の人たちも顔を上げる。


視線の先に、大きな杖を持った魔女エルドラが浮かんでいる。


「これは、復讐よ」


彼女は呟き、天へ杖をかざす。


刹那、街のいたる所で爆発が起こる。

人々が叫び声を上げ、恐怖で逃げ惑う。

地面にヒビが入り、目に見える気体のようなものが湧き上がった。


視認出来るほど濃密な、魔力の塊だ。


その塊に飲まれた人は、異形と化してそのまま粉々に朽ち滅び。

ある者は汚染される間もなく絶命し、鉱石となった。




私がラピスで見た、潜在夢。

その情景で映っていた場所と、今、私がいる場所がピタリと重なる。


ハッとした。

そうだ、あの夢の中では、確か――


「お母、さん」


私は、誘われるように歩き出す。




覚えている。

夢で見た、あの情景を。




逃げ惑う人々の中で、赤ん坊を抱える女性。

噴き出す魔力の塊が、二人を包んだ。

女性は、赤ん坊を包むように強く抱きしめたのだ。


母が全身で私を包み。

母の体は、瞬時に鉱石となった。

それがまるで繭のように、赤ん坊だった私を守る。


私は、目に強い魔力の侵食を受ける。

異質なものを視認する、特別な魔力の目。

それは、ここで生まれた。




記憶なんてあるはずがないのに。

まるで昨日見たみたいに、鮮明に脳裏に浮かぶ。


この街に残った感情が、私の目を通じて、過去を見せている。



やがて、私はに行き着いた。



地面にうずくまり。

まるで何かを包み込むように丸まった、女性の鉱石像。

私は思わず呟く。


「お母さん……」


石像に触れようと一歩近づく。

もう少しで手が触れそうになったその時。

不意に、肩を誰かに掴まれた。


「何やってるんですか」


リー君だった。

近くにオズも立っている。


「ダメだよぉ、魔力鉱石に触れちゃあ。汚染されちゃう」

「でも、少しくらいなら大丈夫だって」


「わざわざ自分から触れる意味はありません」

「そっか……そうだよね」


うずくまり、絶命する母の像は、よく見ると腕の部分が破損していた。

自然と割れたのかと思ったが、そうじゃない。


私をここから助けたのは、お師匠様なんだ。


魔力に汚染され、誰も足を踏み入れられなくなった場所に。

お師匠様は、命を顧みず飛び込んだ。


当時は今よりずっと酷く汚染されていたはずだし、魔力鉱石になった人を壊すのにも抵抗があったはずだ。


それでもお師匠様は、きっと母の想いに気づいた。

そして……母に護られた私を見つけ、母の想いを汲み取って、私を助けた。


魔力鉱石になることを恐れなかった母。

魔力鉱石に触れることを恐れず、躊躇せず私を助けたお師匠様。


それは、私の命のバトンを、二人の母が繋いでくれたのかもしれない。


私ははなを啜る。

なんだか無性に、お師匠様に会いたい気持ちだ。


「何ボーッとしてるんですか。さっさと行きますよ」

「ほらぁ、お弟子さん。立って立ってぇ」

「うん、ごめん二人とも……」


私は笑みを浮かべて立ち上がる。

そこで、足元に変な感触がした。


何だか……


すると遠方に居たベネットが、こちらを見て表情を変えた。


「いけない、三人とも! 早くそこを離れるんだ!」


ベネットがそう叫んだ瞬間。

私たちの足元が、音を立てて崩れた。


「……っ!」


私とリーくんとオズは声も出せないまま、穴の中に落ちる。


光が遠くなる。

空が消えていく。

咄嗟に空中に飛んだシロフクロウの姿が目に入った。


手を伸ばすも、届きそうにない。


「ラズベリー!」


ベネットの声だけが、遠く遠くこだまして聞こえた。

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