オルロフ編 第7節 あなたは何を望むのか

ベースキャンプに戻り、ジャックたちから簡単な検査を受けた後、ようやく一息ついた。


「ミス・メグ、お疲れさまです」


ベースキャンプの中心。

焚き火の直ぐ側に座っていたアボサムが、私を迎えてくれた。


カーバンクルとシロフクロウは彼によく懐いており、アボサムの姿を見て擦り寄る。

彼は、そんな二匹を快く受け入れ、撫でていた。


「アボサム、今日はありがとう。シャオちゃんは?」


「休んでいます。酷くショックを受けたのでしょう。衰弱しているようでした。ミスター・ジャックからは、オルロフでの探索は控えた方が良いと」


「そっか……。シャオちゃん、ああ見えて結構繊細だもんね」


普段は気丈に振る舞っている彼女だが、本当は誰よりも優しく、思いやりが深い。


私が危機に陥った時には涙を流したし、故郷を思って感情的にもなっていた。

若返りしたベネットに惚れそうにもなっていたし、一番感受性が豊かなのは確かだ。


だから、オルロフでの凄惨な光景は、彼女の心を押しつぶしたのだと思う。


「明日の調査には、アボサムとヨーゼフも参加するの?」


「そのつもりです。ミス・シャオユウのことは、医療チームの方で診て下さるそうなので」


「そっか、よかった……」


そっと安堵の息を吐き出す。

気が緩んだのか、一気に体が重くなった。

そんな私の姿を、アボサムは見逃さない。


「疲れましたか?」

「ちょっとだけ。でも明日の方がもっと疲れるんだろうな」


一日中歩いて、瓦礫をどかして、建物もくまなく探索したのだ。

無理もないのかもしれない。


「ベネットは、明日どうすると?」


「南の方の繁華街を探索するって言ってたよ。あそこは元々人口密度が一番高い場所だったから、この街の中心なんだって。だから、調査人員は多いほうが良いなって思って」


「そうですか。なら、明日の調査は責任重大ですね」

「そゆこと」


ふと、近くにリーくんが立っていることに気づく。

コーヒーを飲んでいた彼は、私と目が合うとバツが悪そうに顔を逸らした。


「リーくん、そんなところに立ってないで一緒に話そうよ」

「結構です」


ピシャリとそう言われる。

だが、刺々しい感情は感じなかった。

きつい物言いに聞こえるのは彼の話し方によるものなのだろう。


話しかけられたくなかったのか、彼はさっさと去ってしまう。

その背中を、私は静かに見つめた。


「ミス・メグ。どうかしましたか?」


「いやぁ、何か今日、リーくん様子が変だったなって。一日中焦ってるみたいだったし、居なくなったと思ったら泣いてたりしてさ」


「何か……彼なりに思うところがあるのかもしれませんね。ミスター・リーはオルロフの調査に自ら志願していましたね。それなら、彼は彼の使命のようなものを抱えているのかもしれません」


「使命?」

「あなたも同じなのではないですか? ミス・メグ」


ギクリとする。


「どうして……?」

「あなたがどうしてこのプロジェクトに参加したのだろうと、ずっと疑問に思っていました。しかし、数ヶ月行動を共にしていれば嫌でも気が付きます。ミス・メグはオルロフにゆかりのある人なのだと」


「そっかぁ、そだよね」


「このプロジェクトにはそれぞれが事情や目標を抱えて参加しています。ミス・メグがオルロフを目指したように、ミスター・リーもこの国に特別な想いや使命を抱えているのでしょう」


「想いや使命……か」


そこでふと気になる。


「アボサムも、何か使命や想いを抱えているの?」


自分の事情を話さずに人の話を聞こうなど、よく思われないだろうか。

少し心配したが、彼は特に嫌な顔することなく話してくれた。


「私は、故郷のためにこのプロジェクトに参加しました。私の故郷はアフリカで、そこでは沢山の人が野生動物や、大自然の中で暮らしています。美しい場所ですが、迂闊に野生動物の縄張りに足を踏み入れれば命を落とすこともある。そんな場所です」


「過酷な場所なんだね」


「はい。近年、その過酷さは更に脅威を増しています。原因は、魔力です」


「魔力?」


「私の故郷では近年、野生の動物が魔力汚染によって狂い、魔物化する深刻な被害が広がっています。魔力に汚染された食べ物を食べたり、地中で生成された魔力鉱石が、何らかの形で体内に入ったためと言われています」


「そんな事が……」


「アフリカでは、その他にもバッタによる農作物への被害も深刻化しています。魔力汚染が、その被害を加速させている原因でもあるのです」


「じゃあアボサムは、その被害を食い止めたくて……?」


彼は頷いた。


「このプロジェクトは、魔法と医療を提供するボランティアだけではありません。魔力汚染や、魔力鉱石の被害や影響を調べることも理念としています。何より、魔法協会が中心となって行う物です。魔力汚染に関わるなら、貴重な経験になると感じました」


「そっか、そうなんだ……」


シャオユウは故郷の大切な風景を甦らせるため。

アボサムは故郷を守るため。

ヨーゼフは家族のため。


それぞれがそれぞれ、事情を抱えてここにいる。


私はこの旅で、何を得たいのだろう。


故郷のことを知りたい。

ただその一心で、ここまで来た。


その故郷は壊滅し、人々は魔力鉱石となり、死に絶えていた。

そんな土地で、私は何を得れば良いのだろう。


この先に、答えがあるのだろうか。

そんな不安が、脳裏に浮かんだ。


「メグ、さっきはああ言いましたが、アフリカは良い場所です。いつかあなたにも来てほしい。あなたならきっと楽しめるし、みんなも喜びます」


「うん。絶対行くよ。約束ね」


でも今は。

この口約束を、嘘にしたくないと思った。

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