オルロフ編 第6節 彼女の贖罪

沢山の民家やお店や工房を調べたけれど、とうとう生存者を見つけることは出来なかった。

陽は傾き始め、やがて街は茜色に染まる。


「……そろそろ戻ろうか」


ベネットの言葉をきっかけに、今日の探索は終わりを迎えた。


「あーあ、結局何も見つけられなかったねぇ」

「うん……。あれ、リーくんは?」

「えっ? さっきそこに居た気がしたけどぉ」


周囲を見渡しても、それらしき姿は見当たらない。


「大丈夫。近くに気配を感じる。遠くにはいないはずだよ。少し探してみようか」



三人でリーくんを探す。

夕日に照らされた、崩れたオルロフの街を歩く。

瓦礫を包む魔力鉱石が夕日を反射し、キラキラと輝いた。


それまで当たり前に見ていた街並みが、急にこの世のものではないものに思える。

異界に迷い込んだかのような、幻想的な感覚がした。


「こうして見ると、綺麗な街ですね」


私が言うと、「そうだね」とベネットは頷く。


「オルロフは兵器の製造国だったけれど、ここの国自体は治安はよく、人々の暮らしも豊かな場所だった。国の領土は小さくとも、街も文明も発展していたんだ」


「……ねぇ、ベネット。私、少し不思議なことがあるんです」

「何だい?」


「どうしてエルドラ姉さんは、星の核の製作に参加したんでしょう」

「どういうことだい?」


「だって、こんなに街をボロボロにして、何千人も、何万人も殺したのに。今度は星の核で星を再生させるだなんて、矛盾してるじゃないですか。だから、おかしいなって」

「確かにそうだね……」


ベネットはしばらく黙ると、そっと呟いた。


「恐らくエルドラは、贖罪をしたがっているんだ」

「贖罪?」


意外な言葉だった。


「彼女は沢山の国を滅ぼした。でも、元々はとても人思いの優しい子だった。だから彼女は、命の種を生み出すことが出来た」

「それは……そうかもしれませんね」


どれだけ魔法の技術があったとしても、殺戮や復讐を目的とした人が、命の種を生み出すのは難しい。

それは、この私自身が身を持って体感していることだった。


「彼女は殺戮を後悔している。だから星の核で星を浄化して、罪を償おうとした。償えるとは思っていないだろうけどね。そしてファウストは、その想いを受け取ったんだ」

「お師匠様が?」


確かに妙だとは思っていた。

理と共に生きるという魔導師の鉄則すらも破って、お師匠様が星の核の製作に協力したことが。


「ファウストは理を受け入れる魔女だ。あるがままの姿を望む。少なくとも、魔法協会の理念に同調したのではないと思う」

「だからエルドラ姉さんのために、お師匠様は星の核製作に協力した……」


何となく辻褄が合う気がした。


戦争を憎んだ魔女エルドラ。

彼女は戦争の原因となる国を滅ぼし、そして自分自身を抑止力とした。

それはエルドラ姉さんにとって、復讐の先に生まれた、副産物だった。


彼女は災厄の魔女となることを受け入れた。

だけど、本当はずっと後悔していた。

だから、星の核を生み出し、何年掛かっても星の再生に生涯を費やすことを選んだ。


もしベネットの推測が全てあたっているのだとしたら。

そんなの、まるで。


「死にたがってるみたいじゃん……」


思わず声が漏れ出る。


「ねぇ、ベネット」

「何だい?」

「お師匠様とエルドラ姉さんって――」


そこまで言って、私は口を閉ざした。

エルドラ姉さんとお師匠様の過去について、詳細なこともベネットなら知っていると思った。


でも、それは旅の終わりに、お師匠様が教えてくれるはずだから。

ここで聞くべきじゃないと、何となくそう思った。


不意に、小さな建物の中で人の気配がした。

覗き込んでみる。


小さな工房のような場所。

そこで、リーくんが机を見つめて立っていた。


「あ、居た! ベネット! オズ! リーくんここに居た!」


私は叫びながら、建物の中に入る。


「もー、何やってんのリーくん。こういう場所では単独行動しちゃ……ダメって……」


そこで彼の顔を見て、言葉を失った。

工房の一画にある、小さな作業机。

その机を見つめて、リーくんは静かに涙を流していたから。


「あの、どうかしたの……?」


私が肩に触れると、彼は初めて私の存在に気づいたように、ハッと顔を上げる。

そして、ゴシゴシと服の袖で涙を拭った。


「何でもありません」

「うぇっ!? でも今泣いてたよね?」

「泣いてません。欠伸が出ただけです。迷惑かけました。戻りましょう」


彼はそう言うと、さっさと去ってしまう。


「何なんだよ……」


思わずそんな声が漏れ出る。


私は彼の見ていた作業机にそっと手を触れてみた。

ボロボロに朽ち、細かな傷がたくさんついたたその机には、かつての職人の記憶が焼き付いているような気がした。



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