オルロフ編 第5節 記憶を視る魔女

街を南下していくと、小さな建物が並ぶ区画へと出た。


道路に面して、すでに割れてしまった大きなショーウィンドウが建ち並ぶ。

中にはアクセサリーなどの貴金属や、ボロボロになったマネキンが置かれていた。


どうやらここは商店街で、並んでいるのはブティックや雑貨屋であるようだ。


「なんか、アクセサリーが多いな……」

「オルロフは貴金属の加工が盛んな国だったからねぇ」


私が店内をまじまじと見つめていると、いつの間にか隣にオズが立っていた。


「職人さんも多くて、オルロフのアクセサリは人気あったみたいだよぉ? 工房も結構あったみたい」

「へぇ、オズ詳しいんだ」


「いひひー。オルロフのことは結構勉強してるからねぇ。今僕たちが居るのは、ちょうど北の区画から南の都心部への中間。このまま南に行くと、繁華街やオフィス街に出るんだぁ。西側が農業区画で、東が工場区。軍事製品は工場区で作ってたんだろうねぇ」


「それも勉強したの?」

「まぁね」

「へぇ……」


その言葉に、少しだけ不思議に思う。


私も結構オルロフのことは調べたつもりだ。

オルロフの文化、オルロフの街並み、オルロフの歴史。

だが、そこまでオルロフに関して緻密に記載した書籍や資料は見つけられなかった。


一体彼は、どうやってこの国のことを調べたんだろう。


「オズは大学の研究室に所属していたんだっけ」

「うん、土地の風土とか、文化とかを学んでたんだぁ」

「なるほどね」


それなら、専門的知識を得ていてもおかしくないのかもしれない。


大学か……。

オルロフが破壊されていなければ、私も普通の学生生活を過ごしていたんだろうか。


学校で友達を作り。

放課後にはこんな雑貨屋やブティックを友達と歩き回って。

当たり前でつまらなく、そしていつか特別になる日常を。


私の平穏は、魔女エルドラに崩された。

彼女を恨んでいるのかは、自分でもよくわからない。

少なくとも、自分の中にそんな負の感情は感じない。


それはきっと、私が魔女でなければ出会えなかった人が沢山いたからだ。

少なくとも私は、自分が過ごしてきたこれまでの人生に感謝していた。



街の奥に進むと、工房のような建物が増えてきた。

金属加工用の機器が置かれており、作業場のような大きな台も設けられている。


かつてここで、職人たちが装飾品を作ったりしていたのだろうか。

なんとなく、情景が思い浮かぶ気がした。


何気なく中に入って、作業台にそっと手を添えてみる。



ふと、目の前に人の気配がした。



顔を上げると、知らないメガネをかけたおじさんが立っていてギョッとした。

作業台を挟んだ対面で、彼は何か作業している。


「えっと、えっ? あれ?」


意味がわからず思わず声が出る。

そんな私を意にも介さず、彼は金属に加工を施している。

ネックレスを作っているらしい。


辺りを見渡す。

私が居るのは、確かに先ほどの工房だ。

だが、情景が全然違う。


耳に街の喧騒や人々のざわめきが飛び込んでくる。

かすみがかっていたオルロフの情景は、打って変わって明るい日差しに包まれていた。


ボロボロだった建物は、まるで何事もなかったかのようにかつての美しさを取り戻し。

中から見える街並みも、災厄などなかったかのような賑わいを見せていた。


まるで、かつてのオルロフのように。


何だこれは。

私は、夢でも見てるのか?

訳がわからず頬をつねると、確かに痛かった。

夢じゃない。


「あのー、すいません、ちょっと聞きたいんですけど……」


声を掛けるも、返事はない。

おじさんは私の存在に気づいていないように、目の前の作業に没頭している。


「やぁマルコフ、例の指輪、もう出来てるかい」


見ると、入り口から白髪の老人が入ってきていた。

マルコフと呼ばれた目の前のおじさんは作業の手を止め、立ち上がる。


「あぁ、そこに飾ってあるよ」


彼はそう言って、手袋をはめて飾られた指輪を手にのせた。

指輪を見た老人は、「ほぅ」と感心したように声を上げる。


「見事なもんだ。すまないな、急ぎの仕事で」

「構わんさ。大事な嫁のためだろう」


「あぁ。明日は記念日なんだが、どうにもプレゼントが思いつかなくてな。この指輪なら喜んでくれる。お前さんが居てくれて助かったよ」

「良い時間を」


それは、何事もないかのような日常の一画。

ささやかな街の情景を、私は黙って見つめていた。



ポンッと不意に背後から肩を叩かれ、思わずハッとした。



「大丈夫かい? ラズベリー」


ベネットだった。

心配そうにこちらを見ている。


見ると、先程までの平穏な街の風景は消えていた。

元のオルロフに戻ってしまっている。

災厄に遭い、滅びたオルロフに。


「どうしたんだい、夢でも見たような顔をして」

「さっきここにおじさんが居て……」

「おじさん?」


ベネットが不思議そうに首を傾げる。


「おかしいな、今、たしかにおじさんがお客さんと話してたんだけど」

「幻を見たのかい?」

「いや、どうなんだろう。魔力鉱石って、幻覚作用とかないですよね?」

「無い、とは言い切れないね。ただ……」


ベネットはそう言って、何かを考えるように顎に手を当てた。

そして、私の顔をジッと見てくる。


「君が見たのは、記憶なのかもしれない」

「記憶?」


「あぁ。街で何度か、人の声を聞いたって言っていたから、気になっていたんだ。この街に今の所、生存者は居ない。そして、声を聞いたのはラズベリーだけだ。だから、ある可能性が思い浮かんだ」


「人の想い……感情を私が感じ取った?」


私が呟くと、彼は静かに頷いた。


「オルロフは、平穏に生きた人たちの日常が突如として崩れ、わずか三日で滅んだ。だからここには、沢山の人たちの想いや記憶が、魔力鉱石となった人たちの中や、色んな場所に、残されたままなのかもしれない」


「その想いや記憶に、私が気づいたってことですか?」


「この旅で、君は沢山の人の感情に触れてきた。感情を掴む感覚が、どんどん鋭くなっていたと言っていたね。今のラズベリーなら、可能性はあるじゃないかい?」


「そんなこと……」


無い、とは言い切れなかった。


南アジアや、中東を旅する中で、何度も人の記憶や、かつての情景を見ることがあったからだ。


私が記憶の世界に迷い込んだのは、この作業台に触れた時だった。

もし、この作業台に、職人マルコフの記憶が宿っていたのだとしたら。


私が見たのは、かつてのマルコフの記憶だったのかもしれない。


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