オルロフ編 第4節 彼らはもう死んでいる
そこに人が居た。
いや、正確には人ではない。
人の形をした鉱石である。
「なんじゃこりゃ……」
私がひどい顔をしていたのか、ベネットが「大丈夫かい、ラズベリー」と声を掛けてくる。
「何かあったのかい?」
「これ……」
私が指し示すと、ベネットの表情があからさまに曇るのがわかった。
人の姿をした魔力鉱石の像。
それは髪の毛の一本一本さえも、精密に再現している。
歴史的な美術品でも、ここまで精密に人間を再現しているものはないかもしれない。
そう思わせるほどのリアリティ。
私たちの様子に他のメンバーも気がついたのか、像を見て「うぉっ!?」とか「わっ!」とか小さく声を上げる。
シャオユウに至っては「きゃああああ!」と大仰に叫び声を上げていた。
その声にビビるわい。
「作り物にしては……精密過ぎますよね」
「あぁ、これは多分、もともとは人間だったものだ」
「人……?」
驚きと恐れで一歩後ずさる。
ベネットはと言うと、まるで予期していたように落ち着き払っていた。
「変だと思っていた。ここに来てから、全然あるべきものがなかったから」
「あるべきもの?」
「死体だよ。人間のね」
死体、という言葉に、その場の全員が息を呑む。
私たちが来ているのは被災地なのだ。
それも、被災以来、今まで誰も足を踏み入れていない土地。
国民が全滅したと言われているこの土地では、本来そこら中に死体が転がっていてもおかしくはないのだ。
頭ではわかっていたのに、全然自覚出来ていなかったのだと気付かされる。
「ラズベリー、君も今まで魔力に汚染された人々を見てきたならわかるだろう。高濃度の魔力で汚染された都市。魔力に汚染された人々が死を遂げていてもおかしくないはずだ」
「確かに……」
魔力は私たちの体の中に当たり前に流れるものだ。
だがそれが何らかの以上で飽和状態になると、魔力は体を侵食し始める。
いわゆる魔力汚染と言われる状態に陥る。
そうなると、人の体は変異を始める。
魔物のように異形の姿をとることもあれば、体が壊死し始めることだってある。
汚染が脳に至れば死亡の可能性はもちろんあるし、錯乱し、暴徒と化すケースも見てきた。
「オルロフは超高濃度の魔力で汚染されていた。にもかかわらず、ここには人の気配形跡がぼとんどない。その理由をずっと僕は考えていたんだ」
――何かここ、全然人の姿が見当たりませんね。
――そうだね。
調査を開始した時、ベネットとした会話を思い出す。
あの時、ベネットが妙に浮かない表情をしていた理由はこれだったんだ。
彼はずっと、死体がないことを不思議に思っていたのだろう。
「人の肉体の許容量を遥かに凌駕する超高濃度の魔力に汚染された時、人の体は侵食されることなく結晶化する。それが、オルロフを襲った災厄だったんだ」
ゴクリと、自分の唾を飲む音がした。
「じゃあ、街中にこんな像があるってことですか?」
「だろうね。ほら、あそこにも」
ベネットが指差した方向に、今度は地面に倒れた女性の像があった。
瓦礫に潰されたらしく、下半身が粉々に砕け散っている。
それが元々人間だったと考えると、酷く気分が悪い。
シャオユウが「うっ」と口元を抑え、物陰で嘔吐した。
アボサムとオズが彼女を支える。
「彼女はこれ以上無理そうだな……。アボサム、ヨーゼフ、すまないが、シャオユウをベースキャンプに連れて行って上げてくれてないか」
「わかりました」
「仕方ないな……。おい、立てるか小娘」
「うぇぇぇ、もうぢょっとまっで……うげっ、気持ぢ悪い……」
見かねて私はそっとカーバンクルに手をやる。
言葉にせずとも、カーバンクルは私の手先から地面にジャンプし、シャオユウの元に駆けていった。
ペロペロとカーバンクルがシャオユウの頬を舐めると、少しだけ彼女の表情が和らぐ。
「シャオちゃん、ちょっとだけその子預けとくね。そばに置いといてあげてよ」
「うん……ありがと」
その様子を見て、ベネットは何だか優しい表情を浮かべていた。
「ラズベリーは進めそうだね?」
「もちろん。ここまで来たんですから、何があっても行きまっせ」
「頼もしいね。オズも行けるかい? ここでは地質に長けた君の知恵を借りたい」
「大丈夫だよぉ」
「リーは……」
ベネットの視線に釣られてリーくんを見る。
彼は酷く青い顔をしていた。
ここは少し寒いくらいなのに、額に汗もかいている。
「リーくん、大丈夫?」
私が声を掛けると、彼はハッとして私の顔を見た。
目が泳いでいる。
明らかに動揺していた。
「だ、大丈夫です」
それは、今まであまり感情を見せてこなかった彼が初めて見せた、人間らしい反応だった。
アボサム、ヨーゼフ、シャオユウと別れ、私たちは死んだ街オルロフを歩く。
街中に入ると、人間の像の数は露骨に増えた。
必死な顔で逃げ惑う人の姿もあれば、諦めて座り込んでいる人もいる。
屋内に入れば、アパートの一室で寄り添うように結晶化する夫婦の姿もあった。
当時の状況をそのまま切り取ったかのように、街中に結晶化された人々が存在している。
「助けて……」
歩いていると、不意にそんな声が聞こえた気がした。
私はハッとして、周囲を見渡す。
「まただ……。今なんか声がしませんでした?」
「声?」
その場に居る全員で耳を澄ませる。
街は死んだような静寂に満ちており、私たち意外の生物の気配は愚か、物音すらしない。
「誰も居ないみたいだね」
「あれぇ? おっかしいなぁ……」
そこで、ふと目の前の女性の像に目が向いた。
逃げている途中で力尽きたのか、壁にもたれかかった状態で結晶化している。
「さっきの声、ひょっとしてここから……?」
ジッと、魔力鉱石となった女性を見つめる。
何だか吸い込まれそうになる感覚を覚えた。
目があっているような気がするのだ。
「ねぇ、ベネット。この人たちが、生きている可能性って……」
「わからない。その辺りの判断はジャックにも意見を聞きたいところだね。だけど、体が魔力鉱石になっていると言うことは、肉体もすでに変質していると言うことだ。生きている可能性は、極めて低いと思う」
「そうですよね……」
私が目にしているこの人は、もうこの世の人ではないはずだ。
じゃあ、私が耳にした声は何なのだろう。
心の中にモヤモヤだけが残ったまま、私たちは更に奥へと進んだ。
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