オルロフ編 第3節 パンドラの街

「おはようラズベリー、よく眠れたかい」

「無理でしょ……」

「みたいだね」


私が眠気眼をこすりながら大きな欠伸あくびをすると、釣られてカーバンクルとシロフクロウも欠伸した。

そんな私たちの様子に、ベネットは苦笑する。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「おはよう、リー」


いつの間にか横にリーくんが居て、ベネットに頭を下げていた。

リーくんの顔は……いつもと変わりない。


前々から思っていたが、まるでロボットみたいな人だな。

何を考えているのかわからない彼の顔を見て、何となくそんなことを思った。




こうして、私たちのオルロフ調査は開始された。


まず私たち魔法チームが先行調査を行う。

次に医療チームが私たちの調査経路に沿って、近辺の生存者の確認を行っていく。


私たちは安全なルートを確保しつつ、魔力鉱石の採集や、土地の状態などを記録していくのだ。


初日は、ベースキャンプのある近辺を中心に調べることにした。


この辺りは住宅街であったらしく、変わった施設は見当たらない。

崩れた建物と、怪しく輝く魔力鉱石の塊だけが、ひたすら街に満ちあふれている。


「何かここ、全然人の姿が見当たりませんね」


私が言うと、「そうだね」とベネットが意味深な表情を浮かべていた。

どうしたんだろう。


「みんなにも言っておくけど、もし野生動物や生存者を見つけても、すぐに近づいちゃダメだ」

「どうしてです?」


私が尋ねると、シャオユウが「バカね」と肩をすくめた。


「魔力汚染で狂ってるかもしれないからに決まってるでしょ」

「あ、そうか」


一週間しか滞在できないと言われた場所に、人や動物が正常で居られる可能性は限りなく低いんだ。

すると「それだけじゃない」とベネットが付け加える。


「この辺りは異界の門ゲートが自然発生してる可能性がある。にやってきているかもしれないんだ。小動物でも油断しないほうが良い」


「えぇ……? あんなもんが自然発生しているんですか?」

「可能性は低いけどね」


ラピスでは毎年『異界祭り』と称して異界の住民を招き入れたりしていたが。

それは事前準備を兼ねた大魔法を用いたから出来たことだ。


そんな大魔法と同じ現象が、として生じる可能性があるらしい。


結界を張っていない異界の門ゲートは、いわばパンドラボックスだ。

何が出てくるかわからないし、何が起こるかもわからない。

凶悪な魔獣が出ることもあれば、病原菌が発生するカビをばらまくことだってある。


ベネットの言葉に、その場に要る全員が息を呑むのがわかった。


結界のない異界の門ゲート

その危険性を知らないものは、この場には居ない。



街を歩いているだけなのに、酷く緊張感があった。


使い魔であるシロフクロウとカーバンクルも、ずっとソワソワしている。

街の妙な空気が、落ち着かないのだろう。

私も、何だか肌がざわつくような、妙な寒気と気配を感じていた。


そう、まるで――


「まるで心霊スポットね、ここ……」


シャオユウが私の心の声を呼んだかのように代弁する。


「シャオちゃん怖いの?」

「ん、んなわけないじゃん。魔導師がオバケ怖がってどどどうすんのよよよ」

「落ち着いて」


どうやら怖いらしい。

すると後ろにいたオズがクスクスと笑う。


「オズは平気そうだね?」

「まぁ、僕はオバケとかは信じてないからねぇ」


げんなりした顔でシャオユウが「うわ、信じてなさそー」と睨みつける。


「あんたみたいなやつが、冒涜的なことをして死者を怒らせるのよ……」

「僕、死んでる人より生きてる人間の方が強いと思うなぁ」

「死者のほうが強いに決まってるでしょ! だってあいつら触れられないのよ!? 無敵よ無敵!」


横で言い合いを始めた二人を微笑ましく眺めていると、ふとリーくんが視界に入った。


彼はずいぶん真剣な表情で、街の様子をスマホのカメラで撮影していた。


ジッと見つめすぎたのか、目があってしまった。


「メグ、何か用ですか」

「あ、いや。何か真剣だなぁって……」


「遊びで来てるわけじゃないんで」

「そうだよね、ごめん」


彼はあまり無駄な会話をしないタイプだ。


話す言葉も端的だし、それ故に何だかキツイ印象を受ける。

心を閉ざされている感覚がして、距離を感じるのだ。


それがどうにも気まずい。


その時。


「……おーい」

「……おーい……こっちだ」


不意に、どこからか声がした気がした。

不思議に思い、辺りを見渡す。

特に何か変わったものはない。


「ねぇ、今、何か声しなかった?」

「声? しませんが」


するとシャオユウが「ちょっと、やめてよ」と体を震わせる。


「怖がってる人をビビらせるのはよくないわよ」

「そういうわけじゃないんだけど……。シャオちゃんやっぱビビってんだね」


「びびび、ビビってなんかないわよ。ビビ、ビビビビビビってなんかかか!!」

「落ち着いて」


おかしいな。

確かに人の声がしたはずなのに。


奇妙に思っていると、不意に頭上のシロフクロウが「ホウ」と鳴き声を上げて何か知らせてきた。


「どったの? 何かあった?」

「ホウホウ」


シロフクロウが指し示す方に、何気なく視線を寄せる。


瓦礫の中に、隠れるように大きな魔力鉱石があった。

それは、人の形をしていた。

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